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LGBTが暮らしやすい社会――東小雪さん、増原裕子さんと同性婚を考える「やっぱり日本で結婚したい」

2015年06月13日 22時31分 JST | 更新 2015年06月15日 01時09分 JST

アメリカ連邦最高裁判所は6月、アメリカ全土で同性婚の権利を認めるかについて最終判断を下す。アイルランドは5月、国民投票によって同性婚を認める憲法改正を決めた。欧米ではLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどの性的マイノリティ)に関する法整備が進められている。

日本も2015年に入り、東京都渋谷区の同性パートナーシップ条例をきっかけに、LGBTに対する世間の関心が高まっている。4月に行われた「東京レインボープライド2015」には2日間で約5万5000人が来場した

電通ダイバーシティ・ラボの発表によれば、日本のLGBT当事者は7.6%に上るという。LGBTの暮らしやすい社会にするには、どうすればいいのか。支援者にできることは何か。同性カップルでLGBTアクティビストの東小雪(ひがし・こゆき)さんと増原裕子(ますはら・ひろこ)さんに、これまでの歩みと合わせて聞いた。

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(左)増原裕子さん(右)東小雪さん

■東京ディズニーシーで同性結婚式

——LGBTアクティビストとして活動されていますが2人の出会いは? 以前は東京ディズニーシーでの同性結婚式も大きな話題になりました。

増原さん:2011年春のLGBTのシンポジウムが出会いです。そのとき私はスタッフで、小雪さんがトークイベントのゲストでした。

最初からオープンに結婚式をしようとしていたわけではなくて、まずは個人的に「結婚式をしたいね」というところから始まったんです。2012年の4月に、東京ディズニーリゾートに問い合わせたことをTwitterで呟いたらとても反響があって。それがきっかけでメディアの方にも取材していただくことになりました。

東さん:一緒に住んでいたんですけど、やっぱり法的な「結婚」という選択肢がないものですから、なかなか式を挙げるきっかけがなくて。ディズニーさんに「ドレス同士でもできますよ」と言っていただいて、これはもう絶対にやりたい、と結婚式を決めました。

私も、(高校時代は)金沢で生きづらさを抱えていたレズビアンの女の子だったので、自分たちらしい衣装で結婚式を挙げるところを、たくさんの人に見てもらうことができたら――例えば、新聞やテレビに載ったりしたものを、地方に住んでいる若い人が目に触れる機会になったら、とてもうれしいなと思いました。

■誰にも言えずに1人で悩んでいた

——以前は2人もLGBTであることで生きづらさを感じていた?

増原さん:そうですね。すごく長かったです。セクシュアリティについては小学校4年生で気づいてから、友だちにも家族にも、誰にも言えずに1人で悩んでいました。12年間ずっと言えずにいて、大学4年生で卒業する頃になって初めて、ようやく少しずつ周りの人に言えるようになった感じです。

そのときは、もう我慢できないというか、本当にすごく苦しくて。1人で秘密を抱えているのが苦しかったので言いたくて。まずは身近な友だちにカミングアウトしたんですね。

私もそうでしたけど、好きな人はいても基本的に言えない、友だちにも相談できないし家族にも言えない――そうやって思春期に1人で悩んでしまうLGBTの人は、日本にとても多いと思います。今私は37歳ですが、悩んでいたときはインターネットも普及していない時代で、正しい情報やポジティブな情報がなくて、テレビでもネガティブな情報が多くて大変でしたね。

——東さんは、いかがでしたか?

東さん:私は16歳のとき、高校2年生の春に、初めて女の子が好きだと気がつきました。金沢の女子高生で、親や学校の先生や友だちとか、周りの人には「言ってはいけない」って反射的に思いました。

地方にはポジティブな情報がなくて、誰に相談していいかもわからなくて悩みましたね。裕子さんより8歳下ですが、当時はインターネットの環境も、家庭に1台あるお父さんのパソコンという状況で。たまに検索して、掲示板とかを見ても、名前もハンドルネームだったりして顔が見えなくて、どうも同じような人たちがいるらしい、くらいの情報しかわかりませんでした。学校の図書館に、ゲイの男性が書かれた同性愛の本があって、借りられなくて隅っこの方で読んでいた覚えがあります。

■カミングアウトしてから10年間はタブーだった

——その後、両親にカミングアウトをされたのでしょうか。

増原さん:22歳のとき、パリ留学中に母親にカミングアウトしました。そのときは受け入れてもらえなくて、お互いに傷つけ合ってしまいました。結局それから10年は家族の間ではタブーとなってしまいました。ですが、私が顔と名前を出してLGBTの活動をしたいと思いはじめて、10年後にふたたび親に話をしたんですね。そうしたら意外とあっさりと「良いよ」と。2010年秋のことです。

親が歩み寄ってくれた部分、私も成長した部分、両方あると思います。ただ、10年の間にセクシュアリティについて話すことはなかったですが、お互いに時を経て、とくに親の方が学んでくれたのかな、と。父親がリベラルな人間で、母親を支えていろんなことを教えてくれていたようです。

——パリ留学中に、何か感じたことはありましたか?

私が留学していたのは2000年から1年間なんですけど、初めて同性愛者のサークルを見つけて、そこに出入りするようになりました。ちょうどフランスで事実婚のPACS(民事連帯契約)ができた頃でした。

そのときは、まずは自分が自分を受け入れる、肯定する、という時期だったので、LGBT事情のリサーチというよりは自分のことで精一杯でしたね。でもやっぱり当事者や仲間との出会い、それが大きかったです。

■LGBTとアライの居場所づくり、オンラインサロンを運営

——仲間との出会いが大きかったんですね。今運営されているオンラインの「こゆひろサロン」はLGBTの人たちのコミュニティなのでしょうか。

東さん:こゆひろサロン」はFacebookの秘密のグループを利用したオンラインサロンです。近くに住んでいる人を探したり、LGBTのニュースを共有したり、プレゼント企画があったりとか、いろいろあり、メンバー同士が交流できるようになっています。私が講演などでいろいろな地域にうかがう際に、集まれる方たちとオフ会も開いたりします。2014年は福井や名古屋、大阪、札幌などで開催しました。

日本全国いろいろなところで自発的にオフ会が開かれていますね。特徴的なのは、レズビアンカップルが主催しているので、レズビアンの方が多いんですけれども、それ以外の方も参加されているところです。LGBT当事者ではないけれど支援したい気持ちがあるアライの方もいますし、ゲイやトランスジェンダーや、アセクシャル(無性愛者)など、様々なセクシュアリティの方がいます。緩やかな繋がりで、今は170人以上が参加しています。

——当事者じゃなくても参加できるんですね。

増原さん:はい。LGBTとアライのためのオンラインの居場所として運営しています。SNSが普及して、いろいろなメディアがLGBTについて発信するようになっても、やっぱり当事者や仲間との出会いが少ないことは、大きな課題です。そういうことを解決する1つのプラットフォームにしたいと思っています。

東さん:ITを使って繋がりを作りたいのは、私自身が金沢で困った体験があるから。東京には、新宿2丁目があったり神宮前2丁目にカラフルステーションがあったり、ピアフレンズというNPOがあったり、少しは繋がりやすいんですね。だけど地方はまだまだ難しい現状があります。だから「こゆひろサロン」では、東京のオフ会でもGoogleハングアウトを使って、遠くにお住まいの方とも交流しています。

増原さん:メンバーは北海道から沖縄まで、日本中にいますね。10代から60代まで、年齢も幅広いです。カミングアウトをしていない人もたくさんいますし、「こゆひろサロン」はFacebookのプロフィールにも出ないようにしています。

■渋谷区の同性パートナーシップ証明書、早く発行したい

——渋谷区の同性パートナーシップ条例によって、世間のLGBTへの関心も高まりました。2人は今、渋谷区に住んでいるのでしょうか?

東さん:3年前に渋谷区議会議員だった長谷部健さん(現渋谷区長)が、LGBTについて議会で質問をしてくださっているのを知っていて。仕事が忙しくなって、少し都心に引っ越したいなと思ったときに、LGBTフレンドリーな議員がいるところがいいと思って2014年に渋谷区に引っ越しました。

渋谷区の条例をきっかけに、メディアの動きもどんどん変わりました。1年前は「欧米ではLGBTの取り組みが進んでいるけど、日本はまだまだ」という論調が主でしたが、この数カ月の動きは本当に大きかったですね。

増原さん:行政が取り組むことによって、こんなにもメディアとか世論が動くんだってびっくりしました。うれしい驚きです。

——今後、同性パートナーシップ証明書を取得する予定ですか?

東さん:もちろんです。証明書が発行されることになったら、すぐにでも取りに行きたいですね。

■LGBTの暮らしやすい社会とは

——今はLGBTに関する取り組みが、法務省や文部科学省などでも進められています。ターニングポイントを迎えていると思います。LGBTが暮らしやすい社会に望むことは?

増原さん:法務省のLGBTの啓発動画を見ましたが、すごくいい動きだと思っています。渋谷区の条例が「婚姻法制と矛盾、抵触するものではない」と法務大臣が公式な見解を出されていましたし、性的マイノリティの人権擁護を積極的に進めていくことは素晴らしいことです。

東さん:法務省の人権課題のなかには性自認だけじゃなく、性的指向によって差別をしないということも入っています。しかし実行レベルでは課題が多いですね。

渋谷区の条例は、同性パートナーシップ証明書の発行を盛り込んでいますが、それだけではなくて、いじめや自殺などの深刻な課題がありますから、やはり全国的にしっかりと人権課題として取り組みを進めてほしいと思っています。

——国が運営する「寄り添いホットライン」にはLGBTに関する相談が年間約64万件寄せられていて、相談者の約3分の2が自殺を考えるほど追い込まれている、と。

増原さん:渋谷区の条例は画期的でしたが、生きづらさを抱えている人たちの状況が、一足飛びに良くなるわけではありません。私たちが今いる環境やカミングアウトできる環境の人は、すごく恵まれています。自分も乗り越えてきたんですけど、見えないところで悩みを抱えている人が本当にたくさんいます。

東さん:地域と世代によっても差があると思います。東京ではLGBT当事者と顔を合わせる機会が多くありますけど、地方に住んでいるサロンメンバーのなかには、「誰にも言えない」という人たちもたくさんいます。まだまだ日本はそういう環境にいる人がほとんど。苦しんでいる人たちはたくさんいます。

でも確実に変化してきています。私たちの結婚式のときは、カップルで顔を出せる人はほとんどいなかったと思いますが、今は多くなってきています。ゲイのカップルもカミングアウトする人が増えてきました。

■アライができる2つのこと

――当事者でなくても、アライとしてできることは何でしょうか?

東さん:よくお話するのは2つあります。ひとつは、SNSを使っている人はLGBTに関する記事や、LGBTフレンドリーな記事をシェアしてほしいということです。

当事者じゃなくてもLGBTの情報を発信していくことで、例えば会社の人や友だちに、この人はLGBTに関心がある人だと伝わります。ポジティブに発信していると、この人だったらカミングアウトしても大丈夫かなとか、そういうふうに思ってもらえるきっかけになるので、積極的にシェアしてほしいですね。

もう1つは、会社や学校でもそうですが、もし誰かがいわゆる“オネエネタ”を言ったきに、「そういうのはやめようよ」とか、アライの人がサッと言ってくださるといいですね。当事者はなかなか言いづらいことなので、カミングアウトしていなくても、その場が居やすいものになるんじゃないかなと思います。

■カミングアウトされたら「話してくれてありがとう」

——身近な人にカミングアウトされたときは、どうすればいいでしょうか?

東さん:当事者は本当に勇気を出してカミングアウトしているので、まずは「話してくれてありがとう」って言ってほしいですね。

LGBTについてよく知らなかったとしても、「ちょっとよく知らないから、これから聞くけどいいかな?」と伝えてみるとか。それから先は、お互いにちょっとずつ学んでいけばいい。理解し合っていくきっかけなので、カミングアウトを受けたら「ありがとう」と言って、そこから新しい関係性を築いていってほしいと思います。

増原さん:私はアライの人には