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蜷川幸雄さん死去、日本を代表する演出家 長女の実花さん「娘でいられたことを誇りに思います」

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NINAGAWA
紫綬褒章を受け、笑顔を見せる演出家の蜷川幸雄さん(東京・渋谷区の東急文化村)  撮影日:2001年10月29日 | 時事通信社
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日本を代表する演出家の蜷川幸雄さんが5月12日、都内の病院で死去した。80歳。2015年12月、肺炎のため入院。病気療養を続けていた。共同通信などが報じた。

蜷川さんは1935年、埼玉県で生まれた。開成学園(現・開成高校)を卒業後、1955年に「劇団青俳」に俳優として入団。1969年に清水邦夫作『真情あふるる軽薄さ』で演出家としてデビューした。

1974年に「ロミオとジュリエット」(日生劇場)演出で商業演劇に進出。以降、唐十郎、井上ひさし、野田秀樹、岩松了などの現代劇から、近松門左衛門などの日本の古典、さらにギリシャ悲劇やシェイクスピア、チェーホフなど海外作品まで、幅広く舞台を手がけた。2004年文化功労者、2010年文化勲章。国際的にも評判が高く、“世界のニナガワ”と呼ばれた。

スパルタ稽古や人気アイドルを多く起用したのも特徴。スポニチは下記のように解説している。

人気アイドルを多く起用したのも特徴。1997年には「身毒丸」の主役に当時15歳の藤原竜也(33)を起用。その後、藤原とは「唐版 滝の白糸」「近代能楽集~弱法師~」「ハムレット」「ロミオとジュリエット」「天保十二年のシェイクスピア」「オレステス」「ムサシ」「下谷万年町物語」「日の浦姫物語」「ジュリアス・シーザー」など数多くのタッグを組んだ。

近年は「下谷万年町物語」「盲導犬」「火のようにさみしい姉がいて」「海辺のカフカ」「元禄港歌」など宮沢りえ(43)とのタッグが多く、舞台女優に育て上げた。
 
蜷川幸雄さん 稽古で灰皿投げた アイドル起用 藤原竜也や宮沢りえ育成 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能より 2016/05/12 17:30)

蜷川さんの長女で写真家の蜷川実花さんはこの日、Instagramを更新。「かっこいい父でした。父の娘でいられたことを誇りに思います」などとコメントした。投稿には、蜷川さんが手がけた舞台のワンシーンと思われる桜の写真が添えられていた。


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