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小池百合子氏の経歴は? 「相当の野心家であり、手だれだ」と過去の評【東京都知事選】

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YURIKO KOIKE
記者会見に臨む自民党の小池百合子元防衛相。この後、東京都知事選挙への出馬を表明した=29日、東京・永田町の衆院第1議員会館(2016年6月29日) | 時事通信社
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7月31日投開票の東京都知事選をめぐり、元防衛相で自民党の小池百合子衆院議員=東京10区=は5日に党都連会長の石原伸晃経済再生担当相と会談して推薦を要請する。ただし、自民党都議団は3日に増田寛也元総務相の擁立を目指す方針を決めているのに対して、小池氏は推薦が得られない場合でも立候補する意向を既に表明しており、同党は分裂選挙含みの情勢だ。

小池氏はどういった人なのか。「度胸と行動力で人生を切り拓いてきた」(2007年12月15日付朝日新聞朝刊)とも言われる。本人の公式サイトや過去の新聞報道などで紹介する。

小池氏は1952年、兵庫県芦屋市生まれの63歳。甲南女子高校時代の夢は外交官だった。関西学院大学を中退し、エジプトのカイロ大学社会学科を卒業、その後はアラビア語の通訳となった。2007年12月15日付の朝日新聞朝刊は、当時の様子を次のように伝えている。

学生だった小池は、エジプトのサダト大統領、サウジアラビアのヤマニ石油相らと間近に接する。この経験から「私の辞書に『物おじ』はなくなった」という。

カイロ大を卒業し、76年に帰国した小池は、日テレから、リビアのカダフィ大佐と会見できないか持ちかけられる。「ダメもと」でリビアに乗り込んだが、3週間余りで取材を実現させただけでなく、大佐から「私への中傷はプロパガンダ。家族を見てもらえばわかる」との言質を引き出す。スタッフは遊牧民の父母の映像を撮り、世界的なスクープもものにした。

その後、79年からは日本テレビ「竹村健一の世相講談」のアシスタントとなり、88年にテレビ東京のニュース番組「ワールド・ビジネスサテライト」のキャスターに抜擢されて全国に知られるようになる。

92年に細川護熙氏が率いた「日本新党」の結党に参加し、参院選で初当選を果たして政界に転身する。93年には衆院議員となり、その後、新進党、自由党、保守党を経て2002年に自民党に転じた。現在まで衆院議員に8期連続当選している。

03年9月に環境相に就任、「クールビズ」の旗振り役を担った。05年9月の衆院選では、郵政民営化反対派への「刺客」第一号となって兵庫から東京の選挙区にくら替えした。07年には女性初の防衛相となり、防衛官僚トップとして4年間君臨した守屋武昌次官(当時)と対立した。

■「懐深く入りこみ、政界に渦をつくる」

毎日新聞記者で政治評論家の故・岩見隆夫氏は、07月8月18日付の毎日新聞朝刊のコラムで、小池氏について「細川護煕、小泉純一郎、安倍晋三の3首相と小沢一郎の側近に収まった」として、「懐深く入りこみ、政界に渦をつくる。相当の野心家であり、手だれだ」と評した。

防衛相時代の07年8月にはアメリカでの公演で、ライス国務長官(当時)の名前をもじって「私を『マダム・スシ』と呼んでください」とライス氏を持ち上げた。パレスチナ自治政府の故・アラファト議長と親交があったほか、元台湾総統の李登輝氏とパイプがある。

小池氏のサイトによると、「『大義』を国民が『共感』できる政治を心がけている」という。座右の銘は「備えよ常に」。カラオケ十八番は「涙そうそう」。


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