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大正時代の美女「三美人」が写真でよみがえる。柳原白蓮の姿も(画像集)

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7月30日は「大正時代」が始まった日だ。今から104年前の1912年7月30日、明治天皇が崩御し皇太子・嘉仁親王が天皇に即位。元号が「大正」となった。

大正時代は、明治以降の元号では最も短い15年間だったが、第一次世界大戦、普通選挙法の公布や政党政治の定着(大正デモクラシー)、関東大震災の発生など、その後の日本の趨勢に大きな影響を与えた時代でもあった。

そんな激動の大正時代には、「大正三美人」と謳われた女性たちが活躍していた。約100年の時を経た今も、大正ロマンに華を添えた彼女たちは写真の中で輝いている。

■九条武子

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京都・西本願寺の浄土真宗本願寺派門主の次女として誕生。1909年に五摂家の公爵・九條道孝の息子、九條良致と結婚した。今の京都女子大学の設立に尽力し、関東大震災後には医療・福祉分野の慈善事業でも活躍。1920年に出した歌集「金鈴」も反響を呼んだ。1928年(昭和3年)に40歳の若さで病死。命日の2月7日は「如月忌」と呼ばれる。

■柳原白蓮

yanagihara


本名は燁子(あきこ)。華族の娘として生まれ、10代で結婚するが破婚。九州の炭坑王・伊藤伝右衛門と再婚、「白蓮」の雅号で短歌を発表し、歌人として活動。30代半ば、編集者で東京帝大生の宮崎龍介と駆け落ちする。夫に対しては新聞紙上で「私は金力を以て女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の袂別を告げます」と公開絶縁状を出した。その後、宮崎と結婚。戦後は平和運動に力を注いだ。1967年(昭和42年)2月22日に81歳で死去。2014年度NHK連続テレビ小説「花子とアン」で仲間由紀恵が演じた葉山蓮子のモデルでもある。

■林きむ子

kimuko

「大正美人伝 林きむ子の生涯」森まゆみ著 文春文庫

1884年、東京・柳橋で義太夫語りの父母の間に生まれた後、芝の料亭「浜の家」の養女となった。10代で代議士の日向輝武と結婚。豪奢な洋風生活を送り、6人の子供を産む。その傍ら、フランス語・神学・油絵を学び、小説や歌集を刊行し、文壇でも活躍した。しかし、のちに夫は収賄事件で逮捕され発狂、後に死去した。夫の死後、9歳下の薬剤師・林照寿と恋に落ちて再婚。さらに子供を2人産み、以後は日本舞踊家として活動。1967年(昭和42年)に亡くなった。

なお「大正三美人」には諸説あり、林きむ子に代わり江木欣々を数える場合もある。

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