「藤井聡太が敗れる」は、藤井が弱かったという意味ではない。藤井四段vs三枚堂四段【観戦記】

中学生棋士の藤井聡太四段が三枚堂達也四段に敗れ、デビュー以来2度目の黒星を喫した。藤井四段が公式戦で敗れたのは、2日の対局で佐々木勇気六段に敗れて以来。公式戦での成績は31勝2敗となった。

中学生棋士の藤井聡太四段(15)が7月21日、トーナメント制の大会「上州YAMADAチャレンジ杯」の4回戦で三枚堂達也四段(24)に敗れ、デビュー以来2度目の黒星を喫した。藤井四段が公式戦で敗れたのは、2日の対局で佐々木勇気六段に敗れて以来。公式戦での成績は31勝2敗となった。

国民的スターとなった藤井四段の近況は? 対戦相手の三枚堂四段の実力とは? この日の対局の様子と合わせて、将棋ライターの松本博文氏がレポートする。

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将棋も、進学先も、ネクタイも「最善の選択」を

藤井聡太四段(2017年7月21日、松本博文撮影)

「藤井くんのネクタイは、誕生日プレゼントでもらったものなのでしょうか?」

筆者は最近、メディアの皆さんから、そんなことを尋ねられる機会が多くなった。

「すみません、大変申し訳ないのですが、よくわかりません」

そう答えながら、将棋ライターである筆者は、本当に申し訳ない気持ちになる。藤井聡太四段が盤上で採用している戦法や、それを採用している理由ならば、ある程度は分類し、推測して答えることができるだろう。しかしネクタイまでは、よく把握していなかった。

これまで藤井四段が対局室に持ってきた、リュックサックや財布などが、ニュースやワイドショーなどで、詳細に紹介されていた。おそらくそのうち、ネクタイの特集もあるだろう。

2017年7月19日。将棋の藤井聡太四段は、15回目の誕生日を迎えた。史上最年少の14歳2か月で棋士となり、デビュー以来無敗のまま、史上最多の29連勝を成し遂げたのは、よく知られている通りである。7月2日に佐々木勇気五段(現六段)に敗れて連勝は止まったものの、その後は再び勝っている。藤井は14歳の10か月のうちに32局の公式戦を戦い、31勝1敗という、恐るべき成績を残していた。

ちなみに将棋界の年間最高勝率記録は、今からちょうど50年前の1967年度、中原誠五段(現16世名人、引退)が達成した、0.855(47勝8敗)。藤井には、この記録の更新もまた、期待がかかっている。

15歳の藤井は、現在まだ中学3年生。現在は夏休みを迎えているところだ。現在の将棋界では、対局は通常、平日におこなわれている。愛知県瀬戸市在住で、将棋連盟の関西本部に所属している藤井は、大阪か、あるいは東京の将棋会館に遠征する。大阪であれば朝早く、東京であれば前日に泊まって、対局に臨む。対局と学業の両立という、ハードスケジュールが続いてきた中、夏休みで、少しほっとできているところだろうか。

藤井がどんなネクタイをしてくるのか、という以上に取り沙汰されているのは、藤井の進学問題である。このまま高校に進むか、どうか。藤井は迷っているという。

もし進学するのであれば、現在は中高一貫校に在籍しているため、改めて受験をしなければならない、という心配はない。しかし一方で進学となれば、これまで通りに時間的な制約はある。

藤井はいまや、国民的なスターである。報道する側があれこれと詮索してしまうのは、ある程度は仕方がないのもしれない。しかし、その点に関しては、できるだけそっとしておいてもらいたいというのが、藤井の親しい人々の本音のようだ。もちろん、何が最善の選択なのか、判断して決めることができるのは、本人だけである。それは将棋と同様だ。

対戦相手は若手実力者の三枚堂達也四段

三枚堂達也四段(2017年7月21日、松本博文撮影)

7月21日。藤井は15歳となって、初めての対局を迎えた。棋戦は、上州YAMADAチャレンジ杯。五段以下の若手棋士(プロ入り15年以下)が参加できる、登竜門である。持ち時間は20分で、切れたら30秒。スリリングな早指しであることも特徴だ。

ベスト8に勝ち進んだ藤井の対戦相手は、三枚堂達也四段。24歳の若手実力者である。三枚堂四段は、藤井の連勝を29でストップさせ、世間に一躍名を知られた、佐々木勇気六段の幼い頃からのライバルとしても知られる。両者は石田和雄九段が経営する柏将棋センターに通いつめ、何度となく対戦して、切磋琢磨してきた。その関係については、かつて石田九段に取材したことがある。拙著より引用したい。

石田は将棋センターで数多くの少年たちを見てきたが、中でも幼稚園の時から通っていた三枚堂と佐々木の才能はずば抜けていた。石田は彼らのことを、「たっちゃん」「勇気君」と呼んで目を細める。

「たっちゃんがね、勇気君を連れてきたんだ。それからずっとライバルでね。もう何千番やってるかわからない。親友なんだ。相手がいて、お互いに強くなった。勇気君は毎日、学校が終わってから、タタタタターッと、走ってくる。5時5分に来る。火曜日だけ休みで、あとは毎日来る」

石田にとっては孫のような彼らの成長が生き甲斐となった。

石田の元には、柏将棋センターに通ってくる子供たちだけではなく、多くの奨励会入会希望者が紹介されてやってきた。かつては、断っていたこともある。意地悪をしているわけではない。石田はどれほど有望な少年であっても、自分から奨励会入会を勧めたことはない。石田には将棋界の厳しさが、よくわかっていた。

(松本博文『ドキュメント コンピュータ将棋』[角川新書]2015年3月刊)

将棋の強い、有望な少年・少女たちは、幼い時から、全国各地で、真剣勝負を始めている。さらに進んで、選抜され、棋士の養成機関である奨励会に入っても、気が遠くなるような、長く厳しい競争を勝ち抜かねばらならない。佐々木勇気も、三枚堂達也も、そして藤井聡太も、その難関をくぐり抜けて、現在の舞台に立っている。

対局がおこなわれるのは、東京・千駄ヶ谷の将棋会館。藤井にとっては、いつも通りの遠征となる。将棋会館隣りの鳩森神社ではちょうど、夏祭りの準備がされているところだった。筆者はこの日ちょうど、鳩森神社の前で、長沢千和子女流四段とすれ違った。長沢さんは将棋界随一の歌い手として知られている。聞けば明日は、鳩森神社境内のステージで、歌を披露するのだという。

藤井四段のリュックサックは「青」から「黒」へ

日差しが照りつける鳩森八幡神社(2017年7月21日、松本博文撮影)

夏の暑い盛りではあるが、将棋界は、クールビズとは縁遠い。ほとんどの棋士が、夏も変わらずに、スーツを着て、ネクタイをしめて、対局に臨む。

将棋会館の対局室には、序列がつけられている。渡辺明竜王、佐藤天彦名人、羽生善治三冠ら、タイトルホルダーの対局がおこなわれるのは、最上位の4階「特別対局室」である。この日、三枚堂-藤井戦が配されたのは、5階「香雲」の間。そちらでは、若手同士の対局がおこなわれることが多い。

対局開始は13時。そのずいぶん前から、報道陣は対局室に入り、対局者が登場するのを待っている。報道陣の数がピークだったのは、藤井が29連勝の新記録を達成した、増田康宏四段戦(6月26日、竜王戦決勝トーナメント)。この時は、40社・100人の報道陣が将棋会館に駆けつけていた。藤井の連勝が止まって、やや減りはしたが、それでも依然、報道陣の数は多い。

対局規定では、対局者は定刻までに対局室に到着しなければならない。そうでなければ遅刻扱いとなる。交通機関の遅延など、特段の事情がない限りは、ペナルティとして、遅刻した時間の3倍を、持ち時間から引かれる。

対局室に入った藤井四段と三枚堂四段(2017年7月21日、松本博文撮影)

定刻の15分ほど前に、まず藤井が姿を表した。そして下座にすわる。どちらかといえば、序列下位の棋士が、先に対局室に現れる場合が多いようだ。藤井が持参するリュックサックは、以前は青色だった。現在ではそれが、黒色に変わった。そこからペットボトルのお茶(セブンイレブンで売られている「国産烏龍茶」)を取り出して、お盆の上に置く。湯呑みに注いで、ゆっくりとした仕種で飲む。

続いて三枚堂が、床の間を背にして、上座にすわる。床の間の掛け軸には、

「日々是好日」

と書かれているが、報道陣が多いため、その字の全部は見えない。もし掛け軸の書が見えていれば、上座にすわる棋士の斜め後ろに配して撮影するのが、カメラマンの定跡である。

上位者の三枚堂が駒箱から駒袋を取り出し、ひもをほどいて、盤上に駒をおく。上位者の三枚堂が「王将」、下位者の藤井が「玉将」を所定の位置に置き、あとは「大橋流」の作法通りに、駒を並べていく。

「振り駒」の様子(2017年7月21日、松本博文撮影)

その後で、記録係が三枚堂側の歩を5枚取り、振り駒をする。両手のひらの中でよくシェイクして、放り投げる。畳の上には「歩」が3枚、「と」が2枚。歩が多いので、上位者の三枚堂が先手と決まった。将棋は先手の勝率が約52%と、わずかに先手がよい。実力者同士ならば、先手番の勝率は、さらにアップするとも言われる。ちなみに先日、藤井が佐々木に敗れた際には、藤井は後手番だった。

対局開始直前、佐々木勇気六段が、対局室の入口から、一瞬中をのぞいていたという。佐々木といえば、藤井の対局の様子を観戦し続け、その雰囲気を見慣れることで、本番での結果につなげたことが、話題となった。

13時。記録係が定刻になったことを告げる。

「お願いします」

と言いながら、両者が一礼。持ち時間20分、切れたら30秒の秒読みの、早指しの対局が始まった。

戦型は両者の得意戦法「角換わり」に

持ち時間は20分。切れたら30秒の秒読みの早指し戦がはじまった(2017年7月21日、松本博文撮影)

先手番の三枚堂は、▲2六歩と指した。

飛車の筋を伸ばす、オーソドックスな初手である。対して藤井は、それほど間を空けることもなく、すぐに応じた。やはり飛車先の歩を伸ばす、△8四歩である。

ここで報道陣は退出。対局室には、対局者2人と、記録係だけが残された。

テレビ局や雑誌などの報道陣は、将棋会館2階の研修室が、控え室となっている。対局の模様やその解説を、大きなモニターなどで見られるわけではない。しかし手元のスマホにアプリをインストールしておけば、中継で、対局の推移はわかる。

対局は、後手の藤井が角を交換して、互いに持ち駒とする「角換わり」となった。両者の得意戦法である。先手の三枚堂が、手早く桂を跳ねて、中盤の戦いが始まった。

将棋を初めて間もない、初心者というテレビ局の女性記者が、やはりアプリで対局の模様を見つめていた。ただし盤面を見ても、形勢はよくわからない、という。そこで、女性記者が注目しているのは、以下の2点だという。

一つは持ち時間。

「たくさん使っている方が苦しいのではないかな・・・と思っています」(女性記者)

もちろん、一概にそうとも言い切れないところもある。しかし、当たっている場合も多い。本局の場合は、後手の藤井が先に持ち時間を使い切る展開となった。終局後の藤井の感想は、「終始自信がなかった」というものだった。

あともう一つは、持ち駒の数。

「持ち駒が、たくさんある方が有利なのかな・・・?」(女性記者)

これもある程度は、当たっているところがある。将棋は駒を得することが重要だからだ。さらにつけ加えるとすれば、一番大切な駒である玉の周りに、自分の駒がたくさんあって、相手の駒が少ない方がいいかもしれない。以上はもちろん、ざっくりとした指針の一つに過ぎない。

最近のコンピュータ将棋ソフトは、たちどころのうちに、形勢評価を数字にして表す。たとえば500点ならばかなり優勢、1000点を超えれば勝ちに近い、などとわかる。インターネット上の生放送では、ソフトの評価値を画面の上部に、終始示しておくことも多い。するとかなりの精度で、たちどころに形勢がわかる。

「もし藤井さんが決勝まで進んだら、反対の山からは、佐々木勇気さんが出てくるかもしれませんね」(女性記者)

ならば連勝を止められたリベンジということで、それは盛り上がるだろう。一方で同様に、三枚堂達也と佐々木勇気の決勝となっても、両者の関係をよく知る将棋ファンの間では、やはり盛り上がるだろう。

藤井四段との対局直前の佐々木勇気六段(7月2日、松本博文撮影)

恐ろしく高度な中盤戦に 「一手指した方がよく見える」

対局は、三枚堂、藤井の両者が実力を発揮して、見応えのある、目のくらむような中終盤が、長い間続いた。大駒の飛角が互いに向かい合い、ダイナミックで華麗な筋が飛び出すこともあれば、互いの玉の周辺で、細かくきわどい押し引きもある。

持ち時間の20分を使い切れば、あとは30秒以内に指さなければならない。しかしそれでも、恐ろしいまでに高度な応酬が続く。

「一手指した方がよく見える」

という常套句がある。まさにそういう展開である。もちろん後で冷静に見返せば、中には両者ともに、疑問と判定される手もあっただろう。しかし形勢不明の中、高いレベルの攻防が長く続き、観戦者が手に汗握る対局を「名局」であるとするならば、本局は間違いなく、名局だった。

どちらの勝ちで終わるのかわからないまま、対局は続いていく。その間、報道陣は、5階に続く階段で、長い間、待ち続けた。

将棋の一局は、おおよそ百手と少しで終わることが多い。それが本局では、二百手を超えた。手数が長ければ名局、とも一概には言えない。とはいえ、名局となる可能性は、非常に高い。

「藤井が敗れる」は「藤井が弱かった」という意味ではない

219手目、三枚堂四段の「△3五銀」で藤井四段が投了(2017年7月21日、松本博文撮影)

219手目、△3五銀と、自玉にかけられた王手を見て、藤井が頭を下げた。終了時刻は、14時46分。長く続いた大熱戦に、終止符が打たれた。

勝った三枚堂はベスト4に進出。群馬県高崎市でおこなわれる準決勝へと駒を進めた。

一方の藤井は、これで通算成績は31勝2敗(勝率0.939)。敗れたものの、依然、おそるべきハイアベレージであることに変わりはない。

対局終了後の様子(2017年7月21日、松本博文撮影)

終局後、対局室には、どっと報道陣が押し寄せる。両対局者にインタビューがおこなわれた。三枚堂四段は、藤井四段との対局が楽しみだったという。

人一倍負けず嫌いだという藤井四段は、負けて悔しくないことはなかっただろう。それでもいつも通り淡々と、今は力をつける時期と、これまで通りのコメントを繰り返した。

インタビューが終わった後は、対局者が一局を振り返る、「感想戦」がおこなわれる。敗れた側である藤井が、屈託のない笑顔を見せる。そのたびに、シャッター音が激しくなった。

感想戦で笑顔を見せる藤井四段(2017年7月21日、松本博文撮影)

「感想戦って、いいよな。スポーツでもやれば面白いのに」

テレビ局のカメラマンが、そう感心していた。

「私が見に来ると、藤井さんは負けちゃうんですよね」

女性記者は、そう嘆いていた。そうは言っても、おそらくこの先、何度も藤井は負けることになるだろう。

三枚堂四段が藤井四段に勝っても、将棋界では、誰も不思議とも思わない。藤井が29連勝という記録を作る中で、藤井が強いということは、よくわかった。その強さについては、さまざまな角度で検証され、多くの棋士が絶賛の言葉を送った。

その藤井が敗れるということは、藤井が弱かった、ということを意味しない。藤井に勝つ棋士が、やはり強い、と言うよりない。つまりは現代の将棋界が、いかに層が厚いか、ということになるだろう。

■松本博文氏のプロフィール

mtmt
フリーライター、将棋中継記者。1973年、山口県生まれ。93年、東京大学に入学。東大将棋部に所属し、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、「名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力し、「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。コンピュータ将棋の進化を描いたデビュー作『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)が話題となり、第27回将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)を受賞。近著に『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)『東大駒場寮物語』(KADOKAWA)、『藤井聡太四段 14歳プロは羽生を超えるか』(文春e-Books)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)。

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