「今の日本は、崖に向かって突進する羊の集団」精神科医・名越康文さんに聞く、群れない生きかた #だからひとりが好き

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「群れから離れ、ひとりぼっちで過ごす。そのときだけ人は孤独から解放される」

精神科医の名越康文さんは、最新の著書『SOLO TIME 「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』」(夜間飛行)でそう語る。なぜ「群れ」から離れることが孤独から解放されることになるのか? 逆説的とも思える「ひとり論」について名越さんに聞いた。


(c)Kaori Sasagawa

孤独な人の頭の中は「他人の声」で騒がしい

――まず、名越さんが考える「孤独」とはどんなものでしょう。

孤独って頭の中が「他人の声」でいっぱいの状態のことなんですよ。「あの人にどう思われてるのかな」「LINEチェックしなきゃ」「なぜわかってもらえないんだろう」、そんな風に心に棲みついた他人の声と会話している。他人の声に頭が占拠されている状態こそが、本当の意味での「孤独」だと僕は考えます。

たとえば、「私はひとりで過ごすことが好き。喫茶店で2時間過ごしました」という人がいて、じゃあその2時間のうち「何回スマホ見てた?」っていう話ですよ。1時間以上は画面を見ていた、と答える人が今はほとんどかも知れない(笑)。

自分がどう思われているか気になって仕方ない。何が起きているのか知らないと不安になる。それはつまり、今身を置いている「群れ」の所属を失うことに強い不安と恐怖を覚えているからということにもなるんです。だから頭の中が他人の声に占拠されてしまう。

没入しているときだけ、人は孤独でなくなる

――物理的にはひとりでも、頭の中は他人や「群れ」の価値観に支配されている。

そう。一寸先は闇かもしれないと脅える不安、それが僕の定義する「孤独」です。

私たちが暮らす社会には、家族、友人や恋人、会社、国といったたくさんの「群れ」がありますよね。個人の自由な意志で行動しているつもりでも、実は所属する群れのルールに従って行動していることがとても多い。

でもね、ちょっと考えてみてください。

マンガ好きの人なら、大好きなマンガを読み耽っている時間ってすごく楽しいですよね? そんなときに話しかけられたら「ちょっとひとりにして!」と言いたくなりません? 没入って「ひとり」じゃないとできないんですよ。そんな風に対象に没入しているときは寂しくないし、人は孤独から解放される。

僕が提案する「ソロタイム」は、そういうことなんですよ。自分の頭の中から他人の声や群れの価値観を完全に追い払って、対象に没入する時間を持つ。そういう習慣を身につけることが、生きていく上での大きな力になる。

「ひとりぼっち」になって充足できる時間があれば、私たちはもっと人に親切になれる。本当の意味でお互いを大切にして、愛し合い、慈しみ合える準備が完了したということになるんです。

nakoshi

孤独な人は愛に「駆け引き」を持ち出す

――孤独なままでいる限り、愛し合うことは難しい?

孤独な人は、必ず駆け引きをしてしまうんですね。愛情を秤にかけて「これだけあげるから、私にこれだけ返してちょうだい」ということを無意識に行ってしまう。

――傷ついたときに「誰かに慰めてほしい」と思うのは自然なことに思えますが。

もちろんそうです。でも当たり前の心の状態のままでオッケーならば、みんなこんなに対人関係で悩まないはずです。冷静に観察してみると分かるのですが、心の隙間を他人に埋めてもらおうとする試みは必ずと言っていいほど失敗します。群れの中で傷ついた心を群れの中で癒そうとしても、真の意味での癒やしにはならない。

なぜなら「群れ」「群れの中の居場所」は、ちょっとしたライフステージの変化でたやすく、しかも大きく変化してしまうからです。環境の変化によって「群れ」から出ていかざるをえないときもあれば、自分自身の成長によって群れに居場所がなくなることもある。

結局、群れの中で失われた人生の活力は、群れの外で充電するしかない。いや、そのほうが確実に回復するんです。

だからこそ、とにかく少しの時間でもいいから、群れを離れて、ひとりで過ごす時間をつくってください。それが傷を癒やし、エネルギーを充電して、人生を充実させることにつながります。

羊の群れに1匹のヤギを混ぜるとどうなるか?

――「群れ」の中は安全で平和なばかりではないんですね。

羊の群れの中に1匹のヤギを入れておく、という話を知っていますか? 羊の群れにヤギを1匹混ぜると、ヤギがリーダーの役割を果たして羊がついていくので、散り散りにならない。ヤギが「あっちへ行こう」「狼から逃げよう」と判断するから羊たちはそれについていく、ということでしょうか。どちらにせよ羊って、常に誰かのお尻を追いかけていく習性があるらしいんです。

「群れ」の中で生きる私たち現代人も、羊と同じ。誰かに着いていけば良いからそれほど勇気は必要ないけれど、群れの中はぎゅうぎゅうで息苦しい、誰かに足を踏まれて痛い、「でも人生こんなもんだ」と諦めて自分を慰めながら生きている。その一方で、他の羊を見下してお尻でボンッと押しのけたり、「あいつよりは自分のほうがマシ」と思ったりしながらストレスを発散している。

誰かを見下すことって、典型的な「群れ」の思考なんですよ。他人と自分を比べていないと、自分という存在を確認できないことの表れなんです。

nakoshi

――誰かを見下す人は、脅えている人? 羊とヤギの違いは?

そう、誰かを見下すのは「羊」だけです。自分で思考して判断して生きる「ヤギ」は誰のことも見下さない。集団の中で臆病になっている人を、バカにしたり攻撃したりする人っていますよね? あれは自分の中の認めたくない自分、弱い自分をそこに発見しているからなんです。

平和そうに見える羊の群れこそが、実は最もストレスが高く、怒りが大きく、誰かを見下す、危険な集団なんです。

これまでの日本社会は、自分を圧し殺して「群れ」に馴染むことが社会人になることであり、自立することだと考えられていましたよね。でもね、人間の心って本来はそんなふうにはできていないんですよ。私たちの心はもっと広大な領域を持っているし、自分の足で立つことができる。

おこがましい言い方かもしれませんが、誰しもがそのことを自覚しない限り、「羊」が量産され続ける未成熟な社会が続いていく一方だと僕は思うんです。

もしかすると今の日本社会は、崖に向かって突進している羊の集団かもしれない。

そうならないためにも、それぞれが「ひとりぼっち」の時間を大切にして、主体的に人生を選択していきましょうよ。そういう生き方のほうがに絶対に幸せになれる。それはおこがましいですが、僕が精神科医として保障します。

後編》日本人には、欧米の個人主義とは違う自立がある。精神科医・名越康文さんに聞く、"ひとりぼっち"の効能

(取材・文 阿部花恵
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ハフポスト日本版は、自立した個人の生きかたを特集する企画『#だからひとりが好き』を始めました。

学校や職場などでみんなと一緒でなければいけないという同調圧力に悩んだり、過度にみんなとつながろうとして疲弊したり...。繋がることが奨励され、ひとりで過ごす人は「ぼっち」「非リア」などという言葉とともに、否定的なイメージで語られる風潮もあります。

企画ではみんなと過ごすことと同様に、ひとりで過ごす大切さ(と楽しさ)を伝えていきます。

読者との双方向コミュニケーションを通して「ひとりを肯定する社会」について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

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