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アイドルを夢見て上京した10代の女性、「ただ働き」と「脅し」の実態を告発

元アイドル訴訟で提出された陳述書から

2017年11月15日 17時28分 JST | 更新 2017年11月15日 17時40分 JST

女性アイドルグループの元メンバーらが所属事務所に未払い賃金の支払いなどを求めた訴訟では、原告の1人が一つの陳述書を提出した。そこから浮かび上がるのは、アイドルを夢見て上京した10代の女性が、事務所側の不当な待遇で疲弊し、不本意な形でグループを「卒業」せざるを得なかった実態だった。

陳述書を提出したのは、4人いる原告のうち、10代の女性。4人は7人組のアイドルグループで活動してきたが、約2年間にわたって賃金が支払われず、グループを辞めても不当に芸能活動を制限されたことから、民事提訴に踏み切った。

Kazuhiro Sekine
提訴後、記者会見に応じる原告の10代の女性=11月14日、東京地裁

陳述書では、アイドルに憧れた彼女が、所属事務所のオーディションに応募するところからつづられている。

オーディションに応募

平成25年夏頃、私が中学三年生の時、インターネットでオーディションサイトを知り、1年以内にメジャーデビュー確約という内容に魅かれ株式会社デートピアが主催するオーディションに応募しました。

3次審査をへて、所属事務所から声がかかった。

事務所の方から「残念ながらグランプリにはなれなかったけど、可能性を感じるので事務所のレッスン生として所属してみないか」と言われました。

女性は事務所側の提案を受け、自宅のある地方都市から夜行バスで約9時間かけて上京していた。年間約30万円かかるレッスン費と、上京にかかる交通費は自己負担だった。

レッスンを始めてから3カ月後の2014年7月、事務所側からすでにデビューしているアイドルグループの2期生候補になることを提案された。8月からレッスンの回数が月10回にまで増えた。

火曜日の夜に1人夜行バスに乗り、水曜日の朝に東京に到着。水曜、木曜とレッスンを受け、木曜の夜には再び夜行バスに乗って、金曜の朝に地元に帰る、というのが当時の週間スケジュールで、こんな生活が5カ月くらい続いたという。

当時、高校1年生の15歳だった私には精神的、体力的にも物凄く負担のあるものでした。この時の宿泊費、交通費は自己負担です。

レッスンのほかに、15分の路上ライブを5回やり、その動画を提出するよう指示されたという。期限は1週間以内だった。

特に許可を得ることなく路上でライブを行うわけですから警察の方に注意されることも何度もありましたが、事務所からは「警察に止められても、動画を提出できない理由にはならない」と言われてしまいました。

レッスンのたびに体重測定もあったという。目標体重は身長によって違うが、どの候補生も5キロ以上の減量を求められたという。

少しでも体重が増えていると怒られていました。候補生の中には脱落していくメンバーもいました。私は怒られるのが嫌だったので、体重測定の前は水も飲みませんでした。

2014年11月ごろ、事務所側から東京に住むように言われた。

私は本当に悩んだのですが、一度しかない人生だからと思い高校を退学し上京しました。親からは家賃相当額は仕送りをしてもらい、生活費は朝9時から夜までバイトをして生計を立てていました。私は、すごく大変で不安な気持ちもありましたが、夢のために頑張れました。

契約を結ぶ

2015年6月ごろ、既存グループの2期生ではなく、7人組の新グループを結成することが決まった。デビューに先立ち、報酬などが規定された専属マネジメント契約を事務所と結んだ。

女性は未成年だったため、契約時には母親も同席。2人が書面に署名した。

実はこの時、母は、契約の期間が少し長いのではないかと思ったそうなのですが、これまで約2年間という時間と、レッスン費、交通費、宿泊費をかけ、学校を辞めてまで東京で一人暮らしをしていたので、この時点で引き下がることはできなかたったと後で言っていました。

賃金については月額3万8000円となっていたが、レッスン費が同額の3万8000円かかるため、差し引かれると事務所側から説明されたという。

仕事をしてもお金がもらえないのはおかしいと思いましたが、私は高校を辞めて上京までしてきたのにここで契約しないという選択はありませんでした。

この時、歩合給についても説明を受けたが、その後、グループの活動によって十分な売り上げが生じても歩合給が支払われたことは一度もなかった。

Kazuhiro Sekine

デビュー

10月末にデビューを果たした。当時の衣装のうち、オリジナルTシャツと靴が事務所からの支給品で、スカートは自腹で購入した。

月末になると事務所から一方的にLineで翌月のスケジュールが送られてきた。それを拒否することはできなかった。仕事内容は月平均8回あったコンサートやその後の物販、インターネットを通じたライブ動画への出演などだった。

物販では、コンサート1回につき平均5万円程度の売り上げがあったが、ファンと「チェキ」を撮影しても、CDを販売してもメンバーに還元される金はなかった。商品は自分たちでスーツケースに入れて運んだ。

私たちは事務所に対して何度も、「CDやチェキの売り上げを月毎に提示してほしい。そしてどのくらいの枚数のCDが売れれば私達に給料が支給されるのか教えてほしい。」と、お願いしてきました。しかし、事務所が答えてくれたことはありませんでした。

配信業務も利益の「還元」はなかった。SHOWROOMという動画配信サイトに、メンバーらが毎日交代で出演した。1日の出演は平均1.5時間、メンバーによっては3時間も配信したという。

私達には一銭も支払われることはなく、SHOWROOMによる売上は事務所が独占していました。それにもかかわらず、私達は配信のための通信量を自分達で支払い、更に撮影、配信のために使用するカラオケボックスの使用料金も自分達で負担していました。

幻のヨーヨーユニット

2016年7月になると、メンバーらは事務所から新たな提案を受けた。「ヨーヨーを使ったユニットを作る」という内容だった。デビュー時期は2017年3月とされた。

女性と別のメンバーが選ばれ、2人で新ユニットの準備を始めたが、ヨーヨーの習得は困難を極めた。

ヨーヨーをあまりしたことがなく、ほぼ初心者だったのですが、とても難易度が高い技、クオリティの高い演技を求められました。

唯一の収入源であるアルバイトの時間を削り、家での個人練習も毎日深夜まで行っていました。

ところが突如、2人は事務所側からより難易度の高い技を要求。その直後には、ユニット自体の企画がなくなるとも言われた。

このヨーヨーの企画の件があってから、私は、マネージャーさんのことも事務所のことも全く信頼できなくなってしまいました。

「辞めたい」

女性はこのまま事務所にいても先が見えないと考え、5月になってマネージャーに「別の事務所に行きたい」と伝えた。だが、マネジャーの反応は冷たかった。

「契約書をよく読め。契約書に書いてあることは絶対で、契約時から7年間は辞められないよ。この期間はどんな芸能活動も行なってはいけない。」

ほかのメンバーも自己プロデュースを認めてもらうよう事務所側に伝えた。それが難しいなら解散を願い出たが、いずれも却下されたという。

別のメンバーがマネージャーに事務所を辞めたいと言うと、マネージャーから次のように言われた。

「絶対芸能やるなよ。全力で潰すぞ。」

卒業ライブ

2017年9月。メンバーらはマネージャーからこう言われた。

「辞めるメンバーはファンに対して『就職するので辞めます』と言うように。」

そしてほどなく、「卒業」ライブがあった。

この時のコンサートでは、実際、事務所に何か言われることを恐れ、就職するわけでもないのに辞める理由を「就職するため。」と言ったメンバーもいたのですが、私は芸術活動を続けたかったので、就職するとは言いませんでした。

女性は陳述書の最後、悲痛な思いを吐露している。

もう精神的に限界と追い詰められ、この状況が続くならいっそ死んでしまおうと何度も思いました。

私達と同じ状況になる人をこれ以上増やしたくないです。アイドルや歌手になることを夢に見て頑張っている人達に悲しい思いをしてほしくないです。