あの人のことば

「わりとドス黒いことばかり考えています」。三浦しをんに聞く、日々の怒りを誤魔化さない生きかた

映画「光」インタビュー

2017年12月16日 12時48分 JST | 更新 2017年12月18日 15時52分 JST
Aki Hayashi/HuffPost Japan

直木賞作家の三浦しをん原作の映画「光」(新宿武蔵野館、有楽町スバル座ほか全国ロードショー)は暗いトーンで始まる。

父親から虐待を受けている少年や、東京の離島をほぼ全滅させる津波。生き残った男女はその後の人生でも苦しみ、怒りをあらわにする。

自分や他の人の心の中に、あるいは日常の中にひそむ欺瞞と暴力性に対して、三浦さんは「かなりしょっちゅう憤っている」という。しかも、隠そうとしない。無理にバランスを取ってごまかそうとしない。

私たちは、会社や社会の中で感じる、怒りをうまく押し殺して生きている。その方が「うまく回る」からだ。でも、そういう生き方で良いのだろうか。

フリーアナウンサーの内藤裕子さんとハフポスト日本版の竹下隆一郎編集長が、三浦さんにインタビューをした。

Aki Hayashi/HuffPost Japan
竹下隆一郎編集長(左)、内藤裕子さん(中)とインタビューに応じた三浦しをんさん(右)

「少しずつ内心に溜まった暗黒成分を、たまに小説にしたくなるんです」

内藤:原作は2008年に刊行されていますが、どういうきっかけで、この小説を書いたのですか。

世の中には、まずい料理やお酒ってありますよね。「どうして食の幸せを追求せず、こんなものを作っちゃったんだよ......」という。

でも、いくら頑張っても、まずいモノしか作れない人もいるし、まずいものを食べたことがなければ、おいしいものを本当に「おいしい」とは感じられないんじゃないかな、という気がするんです。

まずい料理や、まずい料理しか作れない人の存在を無視して、美食ばかり求めるのは、なにか違うかな、と。

それと同じで、私はふだんなるべく、人の善良な部分、希望や明るい面について、小説にしたいと心がけているんですが、「人の心って、そんなにいい面ばかりではないよな」という思いも、ぬぐいがたくあります。そこを書きたいなと思って取り組んだのが、小説「光」です。

『光』 11月25日(土)、新宿武蔵野館、有楽町スバル座 ほか全国ロードショー 配給:ファントム・フィルム ©三浦しをん/集英社・©2017『光』製作委員会

内藤:さまざまな暴力が描かれ、息苦しいほどでしたが、読みやめることができませんでした。日常の中の欺瞞や、誰しもの心の奥にある暴力性に対する、三浦さんの怒りがこめられているように感じました。

いやあ、漫画を読むのと睡眠が趣味ですから、のんきなものですよ。でもまあ、めちゃくちゃ根が暗いですね。〆切が迫ってくると、外に出たくないし、人にも会わない。

風呂に入ってないから、外出のためにシャワーを浴びるのが重労働、という理由もありますが。

とにかく誰にも会わずに、延々とドス黒いことばかり考えてます。そうやって抽出された暗黒成分を、たまに小説にしたくなるんですよね......。

だから「光」には、憤りのようなものが充満しているとお感じになったのかもしれません。

AKi Hayashi/HuffPost Japan

内藤 映画「光」は、悪の色気がある作品になっていました。井浦新さん、瑛太さん、橋本マナミさんはじめ、出演者の演技をどう評価されますか。

本当に、「こういう人たちが、この町で実際に生きて暮らしているんだな」と思えましたね。

私は、「光があるから闇がある」といったような二分法が、いまいちピンと来ないんです。

善悪ってもっと渾然一体となっていて、だからこそ日常生活の中で、ものすごく残酷だったり鈍感だったりする言動や感情に直面したり、ものすごく崇高な瞬間に遭遇したりするんだと思います。

その渾然一体となった感じ、残酷と崇高がないまぜになって日常が続き、社会が成り立っているという、ある種のやるせなさと人間のたくましさを、役者さんたちのすさまじい演技が体現していると感じました。

『光』 11月25日(土)、新宿武蔵野館、有楽町スバル座 ほか全国ロードショー 配給:ファントム・フィルム ©三浦しをん/集英社・©2017『光』製作委員会
『光』劇中カット

「暴力はやってくるのではなく帰ってくる」

内藤:「光」では、津波で島の人がほとんど亡くなってから25年後の世界が描かれます。大人になった主人公の男女たちは、それぞれの生活を営んでいますが、過去の「罪」が彼らに再び迫ってくることからストーリーは急展開していきます。

非常に印象的だったのは、小説では、暴力が"返ってくる" という字を使わず"帰る"と表現していることです。"帰"という字を使われた意図をお聞かせください。

暴力とは、天災のようにどこからか降りかかってくるものでなく、人間の心や人間が築き上げてきた社会が生み出すものだと、私は考えます。

暴力も、思いやりも、私たちの心や日常から生み出されたものだから、懐かしい故郷、つまり私たちの心や日常に、帰還してくるのです。

暴力を自分とは全く関係のない、遠いところで起きている事象のように考えていると、いつか、ふいをつかれることになるでしょう。

自分たちが生んだ息子(暴力)なのに、「え、誰?」と慌てふためき、目をそらす。でも、その時にはもう、故郷に帰還してきた暴力を無視することは、どうしたってできないのです。

Aki Hayashi/HuffPost Japan

「悪を描いたとしても、断罪はしない。それがあること、のみを描く」

内藤 「光」では性暴力も描かれますが、登場人物たちが物語内で断罪されることはなく、悪を抱えながら生きているように見えます。

そうですね。確かに、個人的にはいつも何かに怒っていますし、主義主張もそれなりにあるし、もっと世の中がこうだったらいいのに、と思うこともある。

生きていれば「理不尽だな」と感じることもあります。エッセーは基本的に自分のナマの声なので、わりと率直に楽しかったことや怒りを感じたことを書いています。

そういう、日常で感じた諸々の怒りが、小説を書く原動力になっている面はあるのですが、小説の中で社会や人を評価したり、作者の権限を振りかざして登場人物を断罪したりしたいとは思いませんね。

小説はスローガンではないし、そもそも私が「正しい」と感じることが「間違っている」可能性だって高いわけですから(笑)。

世の中の改善策を考えたり、責任の所在をきちんと追究したりするのは、ジャーナリズムや評論の仕事ではないでしょうか。小説は、あくまで「そういう暴力や悪がある」ということを、物語のかたちで追求し表現するものなのかなと思います。

読者は物語の中の登場人物の気持ちや経験について、思いを馳せます。「自分だったらどうするだろう、どう感じるだろう」と、フィクションを通して、自分以外の人の生を生きることができる。

他者に対する「想像の窓口」になるのが、小説や映画なのではないでしょうか。

社会のさまざまな問題について、具体的な対策を講じる人がいて、他者の痛みに対して想像力を発揮する人がいて、と、両輪のようにうまく嚙み合って回り始めればいいんですけどね。

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「わたし、ストッキング履かないと決めました」

インタビュー中、三浦さんは「(暴力や習慣に)無自覚に振る舞っている人を見ると、無性に腹が立つことがある。そのお幸せぶりに」と語った。

確かに世の中には、意味もなく、惰性で続いている慣習が多い。たとえば、突拍子もない例だが、小説家に仕事を依頼したり、原稿料の基準となったりする「原稿用紙」。

パソコン全盛時代なのに、未だに出版社と小説家のビジネス上のやり取りで、「原稿用紙○○枚」という単位が飛び交っている。こういうことにも、腹は立つのでしょうか?

原稿用紙ねえ。おっしゃる通りですけど、私は単位として使っていますよ。逆に「1000字で書いてください」と言われると、「えーと、原稿用紙2枚半でファイナルアンサー?」とちょっと頭が混乱するほど、原稿用紙換算に体が慣らされてます(笑)。

そういえば、翻訳小説で単位が「マイル」のままになっていると、「わかりにくいから、キロメートルに直して訳してくれや!」とは感じますね。

え、マイルに関しては、違和感を覚えない? そっか、単位についての感覚は人それぞれですね。

マイル同様、原稿用紙換算も勘弁したってや(笑)。

でもね、わかります。そういう憤りも「光」に込めたんです。私も含めて多くの人が、多くの局面で、習慣に対して無自覚ですよね。

無自覚だからこそ、習慣なわけですが。でも、習慣に代表されるような無自覚さにこそ、暴力性がひそんでいる気がします。

ちなみに私はストッキングを履かないと決めました。蒸れるだけで、意味ないんじゃないかと思って。もっとデニールの高いタイツのほうが好きだし、あったかい!

とはいえ、一つ一つの習慣を自覚的に考えないからこそ、日常や社会生活はうまくまわっていくとも言えるわけで、バランスが難しいですよね。いちいち考えてたらキリがないし。

私の場合ですか? 私はバランスがとれてない人間として、友人知人のあいだで有名なのです。

バランスなんて、とらなくていいのかもしれませんね。原稿用紙換算に腹が立つ人もいれば、ストッキングにぷんぷんしてる人もいる。

各人のツボがずれてるから、いくらバランスを取ろうと思っても、結局とれない。でも、だからこそ誰かとしゃべったり、誰かを知ったりするのは楽しいし、暴力性を秘めつつも、世界は驚きと輝きにあふれているのだと思います。

『光』 11月25日(土)、新宿武蔵野館、有楽町スバル座 ほか全国ロードショー

配給:ファントム・フィルム ©三浦しをん/集英社・©2017『光』製作委員会

 

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三浦さんの道具:ネタ帳

三浦さんの「ネタ帳」。もともと束見本だったものを気に入って、これまでの作品の構想を書き溜めてきたという。登場人物の年齢や、小説に出てくる部屋の間取りまで書いてある。ところどころ破れたところやテープで補強したところも。

Aki Hayashi/HuffPost Japan
三浦さんの「ネタ張」

三浦さんと飲んだワイン

当日は、六本木にあるフレンチレストラン「KABCO」料理人の立澤夢さんが選んだブルガリアの赤ワイン「ENIRA (エニーラ)2011」を飲みながらインタビュー。

立澤さんのコメント「ブルガリアのワインはあまり知られていませんので、ホームパーティの手土産に持って行くのがオススメです。赤い果実のようであり、チョコレートの風味も感じるようなブルガリアトップクラスのワイン。お値段もお手頃です」。

Aki Hayashi