【生きた化石】カブトガニを絶滅の危機から救え! 岡山で自然繁殖が復活した理由

2015年08月02日 23時58分 JST | 更新 2015年08月03日 14時46分 JST

2億年も前から今と変わらぬ姿で地球上に存在し、「生きた化石」と呼ばれるカブトガニ。また同時に、その血液から抽出された成分は検査薬に使用されるなど、私たち人類にとっても必要不可欠な存在でもある。そんなカブトガニの実物を見たことがある人はどのくらいいるだろうか。それができるのはごく限られた場所だけだ。

絶滅の危機から徐々に回復

全国で唯一、カブトガニの繁殖地として国の天然記念物に指定されている岡山県笠岡市・神島水道一帯。かつては豊かな自然の象徴だったカブトガニだが、環境の変化から絶滅の危機に直面した。水質改善や保護活動など官民一体の地道な取り組みが実を結び、ここ数年で確認できる生息数は増加。徐々に環境が戻りつつある。

「昔のように笠岡の海でカブトガニをいつでも見ることができたらどんなにすばらしいか。人の手がかかわらなくても自然に繁殖していけるようにしたい」と語るのは、笠岡市立カブトガニ博物館の館長、惣路紀通さんだ。

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カブトガニの研究に携わって37年になる惣路紀通さん(59)

母が魚屋でもらってきた「生きた化石」

惣路さんが小学校5年生だったある日、母親が魚屋から珍しい生き物をもらってきた。それがカブトガニだった。図鑑では見たことがあったが、実物は初めて。すぐに学校に持っていき、担任の先生に見せた。先生はその日、1日中、カブトガニに関する授業をしてくれた。「とても興味深く、心に残ったことは今でも覚えている」と惣路さんは言う。

間もなく、父親の転勤で笠岡市に引っ越した。家のそばには海が広がり、潮が引くと干潟に多くのカブトガニが姿を見せ、潮が満ちてくると脱皮殻が大量に浮かんでいた。カブトガニを捕まえたり、脱皮殻を大きさ順に並べたり。惣路さんにとってカブトガニは身近な存在であり、格好の遊び相手だった。この原体験が現在の惜しみない努力に繋がっているのだろう。

未確認だったカブトガニの自然繁殖を発見

その後、惣路さんは大分県の別府大学に進学し、卒業後は研究生として大学の生物学研究室に所属した。研究対象を考えたとき、ふと、子どものころの楽しい記憶がよみがえった。「研究するなら、カブトガニしかない」

当時、大分県内ではカブトガニの生息は確認されておらず、他県での調査を教授に申し出た。すると、「いないと決めつけず、自分の目で確かめろ」と叱咤され、別府湾沿岸各地で聞き取り調査を実施。同県の杵築市(きつきし)の住吉浜で見たという声を頼りに砂浜を調べ、産卵ポイントを推測し、テントで寝泊りを繰り返した。

この予想は的中し、惣路さんの人生を大きく変えることとなった。数日に及ぶ調査の末、自然繁殖を発見したのだ。惣路さんは「そりゃ、見つけたときはパニックになったよ」と興奮気味に語る。全国ニュースとなり、それがきっかけで1982年、博物館の前身である笠岡市立カブトガニ保護センターの学芸員に招かれた。

異臭放つ海、"だまされた"

だが、笠岡に戻ってきてあぜんとした。そこには子どものころに見た美しい海はなかったのだ。

1966年から徐々に始められた笠岡湾の干拓事業によって広大な干潟は埋め立て地へと変わっていた。生活排水が一気に流れ込んだ海はよどみ、異臭を放っていた。「カブトガニが生息できる環境ではなかった。私は何を調査しに来たのだろう。言葉は悪いが"だまされた"と思った」と惣路さんは振り返る。

なんとかしなければ―。

この時の大きなショックが、逆にその後の原動力となった。

産学官連携による浄化と繁殖に力

まず取り組んだのが水質改善だ。下水道整備の促進を担当部署に働きかけ、海に流れ込む水質を変えた。さらに、大学や企業などの協力で海水浄化船による実験を試み、海水をろ過した。アサリが繁殖し始めると、笠岡市は潮干狩りなどでカブトガニの生息環境を乱す行為などを禁止する条例を制定。カブトガニのすみやすい環境が少しずつ戻ってきた。

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カブトガニのはく製を手に体の構造について説明

「次はカブトガニを増やさなくては」と、繁殖にも力を入れた。人工飼育は試行錯誤の連続。ただ、惣路さんは1990年に開館が予定されていた「カブトガニ博物館」のオープン準備作業に追われていたため、共に保護活動に従事してきた同僚にも助けられ、苦心の結果、世界で初めて卵から成体までの人工飼育に成功した。

「量産を可能とする技術を確立してくれた同僚がいたからこそ、今がある」と惣路さん。博物館では1995年度から人工飼育した幼生の放流を本格的に実施。最初は10円玉サイズの5齢幼生から始め、今では前体幅1cm程度の2齢幼生を年間1万匹放流している。

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館内の産卵池ではカブトガニに産卵させ、幼生を放流できる大きさに成長するまで育てている

市民も巻き込み清掃、啓発活動

保護活動の一環として継続的な海岸清掃や啓発活動にも重きを置いた。

「活動当初はカブトガニがまだ昔のようにたくさんいると思い込んでいる人が多かった。現状とのギャップを受け入れてもらうことも大切だった」

毎年7月の海の日には千人規模で取り組み、企業や各種団体と連携しながら繁殖地で潮干狩り客に注意を呼び掛ける。理想を実現するためには、水辺の自然環境を守ることを目的とする「AQUA SOCIAL FES!!」のような活動を実施するトヨタのような企業と連携した取り組みはもちろん、市民の理解や協力は欠かせない。

こうした努力のかいもあって、地元漁師の網にかかるなどして保護された成体数は31匹と10年前の2倍以上に。確認できた産卵場所もほぼゼロから過去最多の21カ所になった。それに付随して、確認できた幼生数も増えている。

「数値だけを見れば大したことがないように思われるかもしれない。でも、これは目視できた一部の結果。形の上では見せられない現状が海には戻ってきている」

カブトガニの生息状況は環境状態のいい指標となる。「生きた化石」の研究一筋37年。いい結果が得られないこともあったが、それを失敗と思ったことは一度もない。「苦労も過程の一つだから」と話す惣路さん。これだけ長い間、研究し続けてもまだまだ謎が多い生物なのだそう。「これぞ私のライフワーク」。最高の仕事にかかわれる幸せをかみしめながら、小学生時代に見たあの日の景色を今日も追い求める。

笠岡市立カブトガニ博物館も共催する「AQUA SOCIAL FES!! Presents~カブトガニの繁殖海を守ろう~」は9月6日(日)に岡山県笠岡市の神島水道で開催します。参加希望の方は、公式サイトの申し込みフォームから必要事項を記入の上、ご応募ください。定員は130人。いただいた個人情報は当イベントの運営のみに使用します。

(取材・執筆:山陽新聞社 上原誠一)

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