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インタビュー:カンディダ・ヘーファーが語る、日本の都市空間

2014年03月02日 15時29分 JST | 更新 2014年05月01日 18時12分 JST

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カンディダ・ヘーファー 《Palazzo Ducale Mantova I》2011年、180×246.4cm

(© Candida Höfer, Köln / VG Bild-Kunst, Bonn)

東京 -- ドイツの現代写真を代表するアーティスト、カンディダ・ヘーファーの個展が、ユカ・ツルノギャラリーにて3月8日から開催される。

かつてデュッセルドルフ美術アカデミーに在籍し、現在アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルート、トーマス・ルフに並びベッヒャー派の一人として世界的に知られるカンディダ。今回東京アートフェアと同時期に日本初となる個展を開催する彼女に、BLOUIN ARTINFOがインタビューを行った。

これまでに発表してきた作品、特に初期のものでは駅の構内や博物館、庭園などヨーロッパ特有の重厚感溢れるシンメトリックな公共の建造物を多く捉えていますが、今回初めての個展を開催される東京ではこれらのようにジオメトリックな構造を持つ建物がさほど多くありません。日本の建築や公共空間について、気付かれたこと、感じられたことなどはありますか?

確かに日本では、西洋に見られるような公共の建築物などが、あまり見られないと感じました。ヨーロッパや、その影響を受けて文化を形成したアメリカ大陸などではこういった公共の建築物はパワーの象徴として、政治的、宗教的、もしくは経済的な意図とともに造られてきました。これらの建築物の多くはシンメトリーな構造が特徴ですが、日本にある建造物でそれに近しきものといえば、公園や神社といったところでしょうか。中国の影響を受けているお寺も、シンメトリーな構造が特徴ですね。

この数年、日本には毎年足を伸ばしていますが、海外との建築物の違いに強い印象を受けるとともに、困惑している一面もあります。もちろん日本人建築家として、西洋の様式に乗っ取った図書館や博物館を手がける方も多くいますが、どちらかというと有機的なイメージを連想させる、作為的ではない自然なフォルムが広く好まれる日本で、自分の撮りたい被写体が見つからず窮屈な思いをしたこともあります。

しかし最近では、特にある博物館の要望で、河原温(かわら・おん)氏の個人所有作品を撮影したことをきっかけに、これまでの自分のスタイルとは異なるアプローチで日本の建築物と向き合うようになりました。河原氏の作品は日本中に点在しており、それらを探し求めて日本を旅する機会が増えました。

この時撮影された写真は全て一つの本として出版されましたが、これを境に自分の写真に対するアプローチにも変化がありました。建築そのものに加え、それらの狭間に存在するディティールに目を置くということです。

ご自身の作品のいくつかには、公共施設という時代を経て積み重ねられたヨーロッパの歴史的背景を切り取って記録しようという意図が見受けられます。日本やもっと広範に言うならアジアでは、急速に再開発、都市化が進められ、そのような歴史的背景とシティスケープが乖離していますが、そのことについてはどのように感じていますか?

歴史的背景と都市開発の不一致は、日本に住む多くの人が感じているものだと思われます。しかし連続性の無い建築が軒を連ねる日本のような国は、建造物に対してより実用的な認識を持っているのではないでしょうか。古い寺院などはある一定の期間を過ぎると改修が行われ、その横には全く時代背景の異なる近代的な建物が建ち並ぶというような光景が日本で珍しいものではありません。

それとは対照的に、ベルリンのNeues Museumでは歴史的背景が一つの建物の中に集約されています。チッパーフィールドによって改修されたこの博物館では、19世紀の創立当初の姿、そして戦争によって損傷を受けた箇所、そして現代的な展示スペースなど、一つの建物が時代を物語っています。

もちろん、ドイツも歴史を遡れば政治的な不一致が社会に影響を与えた時代もあります。加えて第二次世界大戦では建築物も大きな損傷を受けました。そのことにより、多くの建物は戦後大々的な改修が行われており、一例として戦時中に東ドイツが建てたPalast der Republikによってその姿が失われたBerliner Schlossを再建しようという声も挙がりました。しかしこれらは全て、政治的な意図によって、半ば無理矢理行われたもので、本来ドイツの文化では伝統を重んじる風潮があります。

普段写真に収めたいと感じる被写体を見つけた際、どのようにして一つの作品に仕上げるのでしょう?

普段私は、建築物など実際にその場に赴いて撮影するという第一段階、そしてそれによって生まれた二次元的なイメージへの作業という第二段階を経て作品を制作しています。第一段階は、ほぼ直感でシャッターを切っているので比較的短い時間で行います。そして第二段階については、そのものを撮影したときの記憶や、現像された写真との対比によってバランスを考えながら作業するので時間をかけて行います。この時重要となってくるのは、光のバランスとフォームです。

二つの異なる制作段階を通して、オーディエンスに被写体の異なる一面を訴えかけているということでしょうか?

特にオーディエンスに何かを訴えかけるために制作をしているという思いはありません。ただ、実際にオーディエンスが、被写体であるその場所、ないし完成した作品を観たその場所で感じた想いを反映させたいと思っています。結果的に、普段慣れ親しんだ場所を映した作品を見て、それだと気付かない観客もいるかもしれませんが、私にとってそれは意図的に計画したものではありません。

デュッセルドルフ美術アカデミーはこれまでに、杉本博司や畠山直哉、松江泰治などベルントとヘラ・ベッヒャー夫妻という巨匠のもとで学んだ日本人フォトグラファーも多く輩出しています。これらの日本人フォトグラファーに影響を受けたことはありますか?

ケルンに住んでいたこともあり、Galerie Priska Pasquerをはじめ日本人フォトグラファーの作品を多く納めたギャラリーなどに慣れ親しんで育ちました。加えてケルンとデュッセルドルフにはどちらも、日本人のコミュニティがありました。そのことから、私自身日本人フォトグラファーの作品には昔から親しみがありました。

しかし私がこれまでに影響を受けてきたのは、日本人フォトグラファーの作品、もしくは写真作品のみではなく、その他多種多様なジャンルを含めた多くのアート作品です。逆に言うと、絶対的な影響を受けた作品やアーティストを挙げるのが難しいのですが、言葉で表すとしたら「バランスのとれた制約」もしくは「厳格さのなかにある美しさ」といったところでしょうか。それには、もちろん日本人の作品も含まれています。

「カンディダ・ヘーファー個展」はユカ・ツルノギャラリーにて3月7日から5月10日まで開催。

(2014年2月27日「Aritinfo」より転載)