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メディアの実験は成功するか - 竹下隆一郎

2013年11月19日 00時04分 JST | 更新 2014年01月18日 19時12分 JST

幅5センチの「新聞」が吐き出されるという少し変わったプリンターが、私の新しい職場、メディアラボで生まれた。長さ20センチ弱のレシート用の感熱紙に印字されるのは、約600字の天声人語。紙でもウエブでもなく、「レシート」を新聞にしようという発想だ。

天声人語は100年以上朝日新聞に書き続けられてきた看板コラム。独特の筆致で世相を斬ったり、花鳥風月を描いたりしてきた。過去の原稿をデータベースとして整理し、毎朝ランダムに各家庭に配信して、自動的に印字されるサービスを作ってみたい。

いつの時代の、どの季節の天声人語が出てくるか分からない。セミが鳴き続ける真夏の朝、ポンと正月の話題が印刷されるかもしれない。あるいは、生活のちょっとしたヒントを30年前の天声人語(あなたの親が読んだかもしれない!)からもらえることだってある。

レシートにつづられた過去の文章と、読者の「いまの日常」とのズレやシンクロを楽しめる。遠い昔の、果物の包み紙として使われたであろう、ゴミとして見向きもされなくなった古新聞の中身が、現代に生きる人に関わるのだ。

朝日新聞社は今年9月、大胆な企業買収や新ビジネスを立ち上げるため「メディアラボ」というオフィスを開いた。記者、デザイナー、エンジニア、編集者、広告担当、新聞社の販売店のコンサルタント――社内の様々な職歴の人が計17人集まり、仕事をしている。レシート天声人語は、そのうちの1人、電子画像処理の技術が専門の田森秀明が3日間でつくった。まだ試作品だ。

メディアラボにはベンチャー、大企業、学者の方々が入れ替わり立ち替わり、やってくる。もちろんメンバーも自ら全国各地へ出向き、情報交換や提携交渉をしている。毎週のように誰かがアジアや米国など海外に飛んでいるのも特徴だ。レシート天声人語のほかにも、様々なアイデアが日々生まれている。

こうした実験工房が生まれたのは新聞ビジネスが危機を迎えているからだ。購読者は減少傾向で、広告収入も今後大きな伸びは期待できない。

ツイッター、LINE、まとめサイト、グノシー、フェイスブック。読者がニュースに接する「窓口」が増え続ける中、ライバルがどこにいるのか、どの業種の企業が競合相手になるのかも予測がつかない。読者にとっての新しい「窓口」を確保して、ニュースを読んでもらわないといけない。さらに、取材活動を続けるための、稼げる新ビジネスの開始も必要だ。

日本と同様に新聞業界が苦境に立たされている米国でも「実験工房」は生まれている。米国の有力紙「ニューヨーク・タイムズ」のR&D(研究開発)部門が特に有名だ。パジャマ姿で歯磨きをしながらニュースを読める「鏡に映し出される記事」や朝ご飯を食べるテーブルにニュース写真を映し出す機械などの試作品をつくっている。同じく米国の名門紙「ボストン・グローブ」も「ラボ」をつくった。

2紙の実験はすぐ収益に結びつくわけではなさそうだ。ただ、「面白いことをあれこれやる」ことでブランドイメージを高め、企業や大学などの関心を集めている。これまで付き合いのなかった企業と結びつきが出来れば、新ビジネスが生まれる可能性がある。大学と一緒に画期的なジャーナリズム研究に取り組むことができるかもしれない。

新聞社のような古い企業は、調査と開発に十分すぎる時間をかけて「完璧な状態を築いてから商品を世の中に出したがる。だが、「とりあえずの試作品」を出して社外の人や企業を巻き込めばスピード感が高まるし、多様な意見が反映されて思わぬ工夫が生まれる。

朝日新聞社は1879年の創刊以来、新技術に挑戦し、新聞記事を書くこと以外のビジネスや企画にも挑戦してきた。1895年には伝書鳩を実用化し取材活動に採り入れて、いまでは記者が日常的に実名ツイッターを使う。1925年に、朝日新聞社機「初風」「東風」が日本初の欧州訪問飛行を成功させたことは、海外のジャーナリストに話すと驚かれるエピソードだ。毎年夏に主催している高校野球はありがたいことに一大イベント(コンテンツ)に育ち、2011年に発売した「天声人語書き写しノート」も200万部売れている。次に続く、さらに大きなビジネスは何か。いや、過去との連続性さえ断ち切った画期的な事業は何か。

メディアラボは新しい形の「報道」にも、「報道」と直接関係ない事業にも取り組む。そのヒントは社内より社外、そして頭でこねくり回した「計画」より「実験」にあると思っている。

【記者プロフィール】

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竹下隆一郎(ツイッター:@ryuichirot Eメール:takeshita-r@asahi.com)

1979年生まれ。幼少期から米国東部コネチカット州やニューメキシコ州に滞在。成蹊高校、慶応義塾大学法学部卒業。2002年朝日新聞社入社。経済部記者としてユニクロなど流通企業取材、金融庁などの経済政策取材を担当。12年12月の衆議院選挙で、日本の大手メディアで初めて、ツイッターを使った選挙の世論観測を実施し、ウエブや紙で報じた。13年9月から朝日新聞メディアラボ。