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―韓国人の深き孤独―韓国映画「国際市場」

2015年01月13日 17時16分 JST | 更新 2015年03月13日 18時12分 JST

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興南撤収作戦時、迫りくる中国義勇軍を牽制するために埠頭に残した機材を艦砲射撃により一斉爆破する―アメリカ海軍資料より

 昨年末に封切りされた韓国映画「国際市場」が巷の話題となり、映画好きの私も早速劇場に足を運んだ。歴史性を備えたスケールの大きなエンターテイメントで十分に堪能させられたが、色々と考えさせられた部分も多かった。この映画のタイトルとなった「国際市場」(こくさいいちば)は、釜山の内港に面する大きな市場の名である。もともと米軍の放出品を道端に並べた闇市が始まりで、上野のアメ横に似ている。が、現在は人の集まる場所が市の東南の海岸リゾート地へ移りつつあり、国際市場を含む旧中心街はさびれつつある。

 最初「国際市場」というタイトルを聞いて、いわゆる失われつつある都市の庶民コミュニティに対する一種のレクイエムのような内容を想像した。例えば山田洋次の描く柴又の如きものである。韓国の在来市場は今なお「原韓国人」的な庶民の生きる場である。が、私のそんな甘い期待は見事に裏切られた。映画全体がそういった庶民的雰囲気のオブラートにくるまれてはいるが、それは表面的で実際の内容面では主人公がそこで生計の場を得たという以上の積極的な意味はなく、愛する者たちを守るために自己の肉体を切り売りするが如く生きたほぼ孤立無援の一人の男の苛酷極まりない一代記がその主題であった。映画を楽しみつつもそのタイトルと内容の距離感が最後まで違和感としてつきまとった。

 主人公の老人はその国際市場の片隅で小さな輸入雑貨店を営んでいる。老人は地区再開発の変化の中で客のあまり訪れないその店を頑固に守っている。その理由は彼が自分の商売や地域コミュニティに愛着があるからではない。彼は幼少時北朝鮮で別れて来た生死不明の父親がいつか「コップニネ」というその店の名を目印に訪ねてくるのを待っているからなのである。

彼の人生を決定し支配し続けたすべての発端であると同時にこの映画を理解する最大のポイントは少年時代に際会した朝鮮戦争時の出来事にあった。戦争は1950年6月に朝鮮人民軍約10万の兵力が突如38度線を越境し始まった。当初、後退を余儀なくされた韓国軍と国連軍は9月になって人民軍の補給戦を断ち切る仁川上陸作戦の成功により敵を押し返し北上を続け中朝国境まで追い詰めた。しかし、そこへ135万に達する中国義勇軍の大軍が突如参戦し、その圧倒的な人海戦術の前に韓国軍と連合軍はあえなく再び南へ押し返される。まさにアコーディオンのような戦争が続いたのであった。たまったものではないのはその影響をものに受ける民間人たちで、雪のちらつく重い曇天の下、厳冬のさなかに撤収を始めた国連軍のあとを赤軍の統治を嫌った大量の避難民たちが追い縋った。当初、北朝鮮東海岸の玄関口である「興南」の埠頭に蝟集した10万あまりの避難民は国連軍にとって想定外の存在であった。その扱いに苦慮した末に結局装備機材を最小限に押え彼らを海路輸送することを決め、12月中旬に韓国軍と国連軍の輸送船と戦車揚陸艦が動員され避難民の輸送が開始された。そして最終的には埠頭に残された機材を一斉に爆破させることで中国軍の追撃を振り切りつつ定員千人余りのアメリカの貨物船メレディス・ビクトリー号が興南埠頭に残された1万4千人の最後の避難民を乗せて南の地、巨済島に向けて出航し、軍民合わせて20万人の奇跡的な撤収作戦を成功させたのである。映画ではこの辺りの事情がすばらしいCG技術で現実感と迫力に満ちた映像で描かれる。

 少年時代の主人公も両親きょうだいとともに故郷の村を後にしてその避難民の群れの中にいた。中国軍の追撃が目前に迫る大混乱の中で先を争って荒海に漂う艀から、降ろされたロープ・ネットを伝ってメレディス・ビクトリー号の甲板に這い上がる。しかしその際、少年はあやまって背負っていた小さな妹を海中に落としてしまった。その時すでに船は動き出していた。他のきょうだいを抱えて先に甲板に上がっていた父親はそれを知って彼に「長男のお前が家長として家族を守れ」と言い残し娘を探しに船を降り、再び艀に乗り移る。そして、船は動き出し父親と妹は荒海に置き去りにされた。この時、妹を見失い父をも置き去りにしてしまった罪悪感とおのれが家長だという父の言葉の呪縛が彼のその後の人生のすべてを規定したのであった。

一家は釜山の国際市場で商売を営む父の妹夫婦の元に身を寄せ戦後の混乱期を貧困の中で過ごす。主人公も米軍のジープが行き交う市場通りを靴磨き道具を抱えて青空教室で出会った親友とともに走り回りながら成長する。時は移り60年代の軍事政権時代、青春を迎えた彼はそれを謳歌する余裕もなく家族の生存を守るために一身を犠牲にするしかなかった。メレディス・ビクトリー号に救われた経験からか外洋航路の船長を夢見て商船大学進学を志すが、貧困のために挫折し、優秀な弟の進学費用捻出のために軍事政権の外貨獲得のための苦肉の策であったドイツ派遣鉱夫に応募し採用される。ドイツ炭鉱の劣悪な環境での重労働であったがそこで同じように派遣された同胞の看護婦と出会い一生の伴侶を得る。が、その後落盤事故に遭って九死に一生を得た末に帰国する。70年代、叔母の店を手伝い生計を得て結婚生活をしながら商船大学進学を目指すが、末の妹の結婚資金捻出と叔母の死後人手に渡りそうになった店の権利を買うためにまたも進学を諦めベトナム戦に参戦した韓国軍の軍属技術員としてベトナムに渡る。ベトナムでは自己の過去と同じような状況にある避難民の輸送作業時にベトコンの銃撃を受け被弾し片脚に障害を負う。 こうして幼年時代に犯した過失の記憶と父の命から一生涯自由になれずに、長男として家族を支えるために自分の身体を切り売りするような人生を過ごして中年を迎えた主人公だったが、彼にもついに転機がやってくる。 1983年6月に始まった国営放送KBSの「離散家族探し」の特別番組を契機に全国から戦争中に見失った家族を探す人々がKBSのあるソウルの汝矣島に殺到したが、その中に主人公の姿もあった。紆余曲折の末、主人公はあのメレディス・ビクトリー号乗船の時背から海中に落としてしまった妹がなんとアメリカで生きていることを知らされ国際生中継の画像の中で再会する。妹はあの修羅場の中で何者かに救われそのまま孤児としてアメリカへ養子に出されていたのであった。彼の人生を束縛し続けてきた痛恨の念がこれでひとつ洗い流された。しかしその後も今に至っても父親の行方は杳として知れぬままである。父親がいると思われる北朝鮮との統一もついに実現されることはなかった。そして、仮に今後統一の日が来たとしても父親が生きている可能性はもはやないことを悟り、彼は店を手放すことを決心しこの映画は終わる。

 この映画が韓国大衆の大変な好評を持って受け入れられたことは1千万という観客動員数を見ても明らかだが、実際のところ特に進歩的な左派の評論家筋の評はあまり良くないようだ。韓国の芸術評論は作品そのものよりも作品が持つ理念の質を問う。韓国の近来の経済発展をもって過去の軍事政権や反共主義を必要悪だったと捉える右派の政治家の数人(朴槿恵大統領も含めて)がこの映画を絶賛したり、主人公の犠牲的生に対して肯定的に言及したことも彼らの反発を買った。彼らの評を読むとやはり一様に、私がこの映画に接した時感じた奇妙さ、タイトルとなった国際市場という庶民の生活のコミュニティとしての場と、主人公の孤独な人生闘争の間の乖離を指摘している。映画の表面で美化されてシンボル化された「国際市場」は結局のところ主人公の目的ではあり得ず個人的な手段に過ぎなかった、それがこの映画の持つ欺瞞であるという。主人公は確かに時の権力が作った社会矛盾に対抗し自己と自己の家族を守るために我が身を差し出して苛烈な人生を過ごした。しかし、それはあくまで自分や自分の愛する者たちのみが蜘蛛の糸を伝って地獄からはい上がろう(まさにメレディス・ビクトリー号に乗船するあの時のように)とする試みであり、周囲の者たちと手を取り合って権力の横暴に対抗しながら集団の生活と自己実現の場を守る闘いでは決してなかった。要するに左派の言いたいことは主人公は自己目的だけではなく、自己を囲むみんなの幸福のために他人と手を携えて(例えば盧武鉉前大統領がモデルとなった映画「弁護人」のように)人権という道徳を掲げて権力に反旗を翻すべきだったとそういう論理である。しかし、日本人である私の目から見てこうした左派の批判にも権力と人間の関係を二分法的、ゼロサム的にしか考えられない孤立した個人を基本に据えざるを得ない韓国的な限界が感じられる。韓国の人々が志向する大きな動かしようもない権力に対して政治的な主張を持って共同で立ち向かうことはもちろん必要だろう。それは我々日本人が自己を振り返る時もっとも弱い部分でもある。しかし、それも重要だが、その前に自己や自己の家族を超えた組織や地域コミュニティの相互依存と結束を強めることで韓国人たちの深まる孤独を解消することが先決ではないだろうか。いわばプラスサム的な権力観を持ってそうした社会関係資本の力を高めること、例えばJ.K.ガルブレイスがその昔に提唱したような巨大な政治経済権力に対する持続的な拮抗力を市民社会に形成することが必要なのではないか。昨今「甲乙関係問題」と称される韓国社会のパワー・ハラスメントの蔓延の根にもこうした市民社会における韓国人たちの深い孤独にある。そういうところから言えばやはり、映画「国際市場」は国際市場という場が目的であり主人公であるべきじゃなかったのか、それが私の1つの感想である。しかしそこまで行けば結局、歴史的に地域社会や職業集団がどうやら温存された日本とそれが徹底的に破壊された韓国社会の経路依存的な体質の違い、権力観の違いにぶつからざるを得ないだろうし、そういう日本人もまた孤独に落ち込みつつあるのだ。そういった権力観の違いが、互いをやはり牽制しあうパワーとして眺める日韓相互の誤解と軋轢の元にもなっているのではないだろうか。

 この映画の卓抜な表現に私も周囲の観客とともに泣き笑いしカタルシスを味わった。しかし、そうして楽しんだ一方で日本人の私にとってこの映画がどこか根本的に腑に落ちない奇妙さを残したのも事実である。      了

(「鏡の向こう側-The Other Side of the Mirror」より転載)