プログラマ35歳定年説は覆せる | 米マイクロソフトの開発者となった河野通宗の働き方

2014年04月20日 22時44分 JST | 更新 2015年09月04日 15時52分 JST

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40代にして現役デベロッパーの河野氏。米国MSで、Windows Azure Web Sitesの開発に携わっている。同社には、70歳を過ぎたデベロッパーもいるという。プログラマ35歳定年説を覆した実例に迫る。日米の考え方・環境による違いがあるとしたら、その解決方法は?

■『プログラマ35歳定年説』を覆した実例に迫る

働き方が多様化した現代において、『プログラマ35歳定年説 』は過去の話と一蹴することはできる。しかし依然として、通説が健在しているケースもあるだろう。

そもそも『35歳定年説』には、「体力が落ちて、激務についていけなくなる」「記憶力が落ちて、新技術の習得についていけなくなる」などの理由を推す声が多い。しかし言語自体の利便性向上やフレームワークの進化など、過去と比べコードを書く量は減らすことができるようになった。体力勝負ではなく、知力と経験で通説を吹き飛ばせるという声もある。

一部では過去の話であり、また一部では根強く残る、都市伝説のようなものか。

今回、海外で開発者として働き続ける人物に話を伺ってみた。マイクロソフト コーポレーション(以下「 米マイクロソフト 」)で、 Windows Azure Web Sites の開発に携わっている河野通宗氏だ。氏がサービスを提供する側の開発者になったのは、35歳のときだという。それから8年が経過した今でも、ワシントン州レドモンドにある米マイクロソフトでプログラミングを続けている。

『35歳定年説』を覆す根拠と断定はできないが、氏の考えや働き方と環境を知ることで、ヒントを得ることができるだろう。日本から約8000km離れた地で働くベテラン・デベロッパーに聞く。

■マイクロソフト コーポレーションで働くまで

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米国より一時帰国中の河野通宗氏 | 日本マイクロソフト本社にて

― 現在はアメリカで勤務なさっているわけですが、それ以前のお話を聞かせてください。河野さんの歩んできたキャリアについて。

大学院を出て、ソニーの研究所に勤務したのがキャリアスタートです。そこでは、UIとネットワークの研究に没頭していました。いわゆるプロトタイプの開発ですね。今では東大の教授を務めていらっしゃる暦本純一さんが上司で、いろんなことを学ばせていただきました。

数年間、研究にのめり込んだ後、自分の志向が変わってきたところがあって。プロトタイプばかりじゃなく製品をつくりたいと思うようになったんです。それが35歳のとき。そう思っているときに転職エージェントから電話をもらい、日本にあるマイクロソフトの開発側(マイクロソフト ディベロップメント株式会社)に転職しました。

最初に携わったのは、Windows Media Centerで地デジを視聴できるように対応させる開発。具体的な仕事は、テスト用のコードを書くことでした。テストをすることが、これまでのプロトタイプ開発との一番の違いだったように感じます。前職では、他人が使うことを想定しませんでしたからね。

― まさに望んでいた体験ですね。

はい。何億人というWindowsユーザーが使ってくれるわけですから、すごい充実感がありましたよ。同時に、バグがあったら数億人に迷惑をかけるという、責任も感じていました。

実際の地デジのテストは、人が操作するわけじゃないんですね。僕たちがテストをするためのプログラムを書く。テストコードをパスすることで、製品用のコードとしてチェックインすることができるんですが、テストコードがまともじゃないと、テスト自体が機能しないわけです。そのためには、前提となるシナリオを企画する。何億人というユーザーの使い方を想定して、テストパターンを何通りも考えるっていう、とてもクリエイティブな仕事でした。

5年くらい勤務した頃、ちょうどWindows 7を出荷した後ですね、組織の変更があって、別のチームに移ることに決めたんです。マイクロソフトのプロジェクトメンバーのアサイン方法って面白くて、人事のWebサイトでメンバー募集しているプロジェクトが可視化されているんですね。その募集要項と自分のスキルセットを照らし合わせて、希望のプロジェクトに応募する。各プロジェクトチームのHiring Managerに採用権限があるので、直接やり取りするわけです。

そこでWindows Azureのプロジェクトを見つけて、「クラウドって面白そうだな」くらいの軽い気持ちで担当のマネージャーにメールを書きました(笑)。すぐに返事が返ってきて、その日のうちにMessengerでインタビューを受けて、ホワイトボードにコードを書いてレビューを受けて。最終的にはチームの全員からインタビューとコードレビューを受けて、アサインされることになりました。

■日本と米国における働き方の違い

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― いよいよアメリカ勤務の話になるわけですが、簡単に馴染めました?やっぱり、習慣や文化の違いに戸惑いがあったんでしょうか。

戸惑いましたよ(笑)。仕事の仕方がガラっと変わって。例えばそれまでは、クライアントOSを3年かけて出荷するみたいな仕事だったんですが、Windows Azureのサーバーサイドではドキュメントが一切ないアジャイル型の進め方になった。

個人の働き方も大きく異なっていて。アメリカ人は長時間労働しないイメージってありませんか?でも実際はそうじゃないんです。まず、勤務時間中の集中力がものすごく高い。一気に仕事をして、定時に退社するんです。で、家族との時間を過ごして、夜中に仕事をする。昼休みに一度帰宅して、昼食をとってから仕事に戻るなんてことも普通にあります。会社が自宅と近かったりという、環境によるところも大きいとは思いますけど。

面白かったのは、アメリカでも日本の通勤ラッシュがすごいってのは有名で。みんな驚きますよ、すし詰め状態の電車の話をすると(笑)。通勤に何時間もかけるなら、その間にプログラミングできちゃいますもんね。

― 土地の問題を含めて、環境の違いは大きいですね。日本でも少しずつ、東京じゃなくて地方で...みたいな働き方をする人が出てきましたけど。

続いて、現在の仕事内容についても聞かせてください。

Windows AzureのWeb Sitesという機能を、立ち上げ段階から担当しています。レンタルサーバーより簡単に利用できる、ユーザー志向のWebサイト・Webアプリ用のPaaSですね。まだまだ発展を続けるサービスなので、日々、問題が見つかります。それをチームで考えながら解決していくのがすごく楽しい。

元々わたしは、6歳のときにプログラミングに触れたんですね。それ以来、コードに触れているのが楽しくて仕方ない。何らかの理由で違う仕事をすることになったとしても、趣味で夜中にひっそりプログラミングするんじゃないですかね(笑)。

■日本人開発者の優秀さを広めるために貢献したい

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― 『プログラマ35歳定年説』なんて言われますが、実際にはどうなんでしょう。アメリカではずっとコードを書くというキャリアが成り立っているのは普通のことなんでしょうか。

普通のことですよ。僕なんて大したレベルじゃなくて、もっとすごい人が大勢いますから。例えばチームには、それまでまったく予定していなかったFTPS(SSLを使ったセキュアなファイル転送プロトコル)をWindows Azure Web Sitesで対応することになったとき、RFC(インターネットに関する技術の標準を定める団体であるIETFが正式に発行する文書)を読み込んで翌日にはプログラミングを終わらせてしまった人物がいました。たった一晩で、新しい機能のコードを書き上げてしまうんですからね。あとWindows NTの開発者であるデーブ・カトラーは、70歳を過ぎてもバリバリのデベロッパーですよ。

― 70歳は驚きですね。プログラマとしてキャリアを積んでいけるのは、アメリカだから可能なんでしょうか。日本で難しいとしたら、その理由はどこにあるんでしょう?

僕自身が日本のシステムインテグレータなどで働いたわけではないので、推測しての話になってしまいますが...。下請け構造や役所の発注構造などに問題はあるかもしれませんね。仕事を出す側が変わらないといけないのかも...とは思います。

― 仕事を受ける側、開発者個人の問題はいかがでしょうか。

日本のプログラマって優秀だと思いますよ。それは一緒に働いている現地の人からの評価もそう。日本人に対して「すごく一生懸命やる」「丁寧で正確だ」というイメージがあるみたいです。

実際にマイクロソフト主催の「 学生向けITコンテスト Imagine Cup 」で、日本の学生が準優勝や入賞したりと、輝かしい実績を上げています。優秀な若手を受け入れる環境が、日本企業にあればいいんですけどね。最近のスタートアップ系企業なら、比較的そうなってるのかもしれません。

ただ、危機感もいくつかあります。例えば印象の問題ですね。米マイクロソフト 前CEOのスティーブ バルマーが日米両国における、学生のコンピュータサイエンスに対する興味に詳しいんですが、日米どちらの国においても、興味関心が下がっている。ただ米国は世界中から人が集まる分、日本よりマシだと言うんですね。つまり、印象として日本人に対する期待が薄くなっているということ。これは将来的にすごく損なんですよ。

また、現役エンジニアに対して思うこともありますね。僕の携わるWindows Azureもそうですが、クラウドサービス全盛時代になってきました。開発側としては、weeklyどころかdailyで機能追加や改修をしている。生き物みたいなものです。つまりWEBサービスを提供するエンジニアは、ホスト先の環境が変化し続けるという前提でプログラミングする必要があるということ。そういう変化に敏感であるべきかなと思います。

とはいえ日本の開発者は優秀ですし、学生も期待ができる。そういった事実を、しっかり発信していけたらいいですよね。僕は日本が大好きですから、何かしらのカタチで、日本の開発者の価値向上に役立ちたいです。また米国がそうなっているように、日本でも、ソフトウェアエンジニアが憧れの職業になったらいいなと思っています。この2014年2月には日本国内にもデータセンターが新設されましたし、Windows Azureの使い勝手はますます良くなると思っていますので、是非活用していただきたいですね。

― 是非、日本人の価値向上のための取り組みをお願いしたいです。貴重なお話をありがとうございました。

[取材・文]  城戸内大介

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