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対ギリシャ「情報工作」を強化するロシアの狙い

2015年08月01日 15時03分 JST | 更新 2016年07月29日 18時12分 JST
Dennis Grombkowski via Getty Images
SAINT PETERSBURG, RUSSIA - JULY 25: Vladimir Putin, President of Russia speaks during the Preliminary Draw of the 2018 FIFA World Cup in Russia at The Konstantin Palace on July 25, 2015 in Saint Petersburg, Russia. (Photo by Dennis Grombkowski/Getty Images)

ギリシャの「チェ・ゲバラ」とも、「チャベス」とも呼ばれるアレクシス・チプラス首相。思想的には、明らかに欧州連合(EU)より、ロシアに近い。

多数の旧共産党員らを抱える与党「急進左派連合」。2年前このグループは北大西洋条約機構(NATO)脱退を主張していたが、それ以後NATOへの敵対姿勢をトーンダウンして、現実的側面も見せている。

当面ギリシャは、財政破綻とユーロ圏離脱の危機を回避したが、前途はなお多難だ。

かつて「NATOの柔らかい脇腹」などと呼ばれたギリシャは、西側の前線に位置し、東西冷戦時代から東西の情報機関が相まみえる現場となってきた。

現在は、金融支援をめぐる厳しい交渉の裏で、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の対外部門を引き継いだロシア対外情報局(SVR)やロシア軍参謀本部情報総局(GRU)がギリシャでの活動を増強していると伝えられる。プーチン大統領は一体、何を狙っているのだろうか。

親ロの主要閣僚

2015年1月の総選挙で急進左派連合が政権に就き、一部のNATO諸国は「ギリシャがロシアの掌中に帰する恐れ」があると慌てた。チプラス首相のほか、主要閣僚の外相、国防相らがロシアと非常に緊密な関係にあることが知られていたからだ。

ニコス・コジアス外相やパノス・カメノス国防相は、双方の思想の同質性のせいか、プーチン・ロシア大統領側近らとの関係構築に努めてきた。ピレウス大学教授時代から民族主義的立場を強めてきたコジアス氏は2013年、ロシアの著名な民族主義派哲学者、アレクサンドル・ドゥギン氏を大学の行事に招いた。その際ドゥギン氏はギリシャとロシアを結びつける東方正教会の役割を称賛したという。

ドゥギン氏はプーチン大統領を取り巻く治安機関出身者の理論的支柱のようだ。このほか、フランスの民族主義右派「国民戦線」、オーストリアの自由党など極右政党との接近を図っており、EUの団結を崩す方向を模索しているとみていい。

シンクタンクを隠れ蓑に

西側に対峙する、こうしたプーチン戦略の思想面の柱をドゥギン氏とすれば、資金面を支えるのは、「プーチンのソロス」とも呼ばれる富豪コンスタンティン・マロフェーエフ氏だ。彼は投資ファンドを創設、ロシア最大の通信会社「ロステレコム」最高経営責任者(CEO)も務めた。

カメノス国防相はマロフェーエフ氏の知己を得て、自分が関係するアテネのシンクタンク「地政学研究所」と「ロシア戦略研究所」(RISI)の協力を定めた了解覚書に調印した。

これにより、ギリシャからロシアへの情報の流れが公式に実行される、と言っても過言ではない。ロシアはNATO加盟国内に橋頭堡を築いた形である。

RISIの所長、レオニード・レシェトニコフ氏はギリシャ語にも堪能で、元KGB中将。冷戦後、SVRの分析部長を務めた人物だ。プーチン氏とも近く、かつてSVR付属機関だったRISIは現在では大統領直属となっている。その本部をチプラス首相も訪問したという。

マロフェーエフ氏は、ウクライナにおける親ロ派勢力の軍事活動を資金面で支えてきたこともあり、現在EUと米国への「渡航禁止」の制裁を受け、ウクライナ捜査機関から指名手配されている。

親ロ派「ドネツク人民共和国」のアレクサンドル・ボロダイ前首相も親ロ派部隊のイーゴリ・ストレルコフ元司令官も実は、マロフェーエフ氏が雇用していたというのだ。

CIAの不信

元々、ギリシャ政府情報機関は米中央情報局(CIA)の支援で1953年に創設された。当初の名称は中央情報局で、事実上CIAによって運営されていたが、1986年に現在の国家情報局(NIS)に改称された。

しかし、米国家安全保障局(NSA)分析官や米海軍大学教授を務めたジョン・シンドラー氏によると、戦後のギリシャ政界にはソ連スパイが深く浸透していた。形式的にはNISはNATO側だったが、米情報機関は彼らを信用していなかったという。

1975年のリチャード・ウェルチCIAアテネ支局長殺害事件では、ギリシャ側は事件を徹底捜査しないまま放置した形だった。1988年に起きた米海軍駐在武官テロ殺人事件でも状況は変わらず、米側の不信感はつのっている。

その上政権交代で、現在の状況はさらに悪化しているようだ。

ギリシャのウクライナ化

プーチン政権はこうした米・ギリシャ間の間隙を突いて、水面下で情報工作を強化し、さらにギリシャの左翼政権誕生を奇貨として、協力強化に努めている。

ギリシャとウクライナは、取り巻く状況が異なる。しかし、EUおよびNATOの対ロ制裁網を突き崩すというロシアの目標に変わりはないだろう。

実は旧ソ連構成国だったウクライナの軍隊にも警察、情報機関の幹部にも、ロシアのGRUやKGBの後身・国家保安局(FSB)が浸透していて、情報は事実上ロシアに筒抜け状態といわれる。ウクライナ国内でロシアスパイを摘発すべきウクライナ保安局(SBU)の約30%はロシアのエージェントと推定されているほどだ。

インテリジェンス面でギリシャがウクライナと同様の状況に陥った場合どうなるか。NATO諸国は経済問題だけではなく、そんな状況にも備えなければならない。

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春名幹男
1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授を経て、現在、早稲田大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

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(2015年7月30日フォーサイトより転載)