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「東芝」「東電」破綻で見えてくる「経団連」の終焉--大西康之

2017年04月24日 16時25分 JST | 更新 2017年04月24日 16時25分 JST

東芝と東京電力。日本の経済界を牽引してきた2つの名門企業が、軌を一にして国有化されようとしている。そしてそれは、「経団連(日本経済団体連合会)の終わり」も意味する。雇用の受け皿や利益創出の主役がサービス産業に移ったにもかかわらず、日本の政官財は重厚長大産業にしがみついてきた。だが東電、東芝亡き後の「経団連」はもはや、抜け殻に過ぎない。

大難題の「債務超過回避」

2017年3月期に製造業として過去最悪の約1兆円の赤字を計上し、6000億円を超える債務超過に陥る見通しの東芝。半導体メモリ事業の売却で1.5~2兆円の資金を捻出し、2018年3月期の債務超過を回避する計画だが、実現は極めて疑わしい。不確定要素があまりに多いからだ。

2016年4~12月期の決算をPwCあらた監査法人の「意見不表明」のまま発表した。「過去の決算から見直せ」と言っているPwCとの溝が、簡単に埋まるとは思えない。監査法人が認めない決算は、果たして決算と呼べるのか。関東財務局は4~12月期決算を受け取ったが、専門家の間からは「対応が甘すぎる」と批判が上がっている。

4月12日、国会の財務金融委員会で麻生太郎財務大臣が、近藤洋介議員(民進党)の質問に答え、「(東芝の決算について)監査法人が意見不表明というのはよく承知しているが、その理由がよく分からない。そうすると投資家の間にも、よく分からんという見方が広がり、日本の株はいい加減なんじゃないかという憶測が広がって市場が混乱する。そういった状況は避けなくちゃならん」と語った。こうなっては東芝も東証も、横車を押すような決算発表はもうできまい。

一方、世耕弘成経済産業大臣は、「東芝メモリは機微な製品を製造する技術であり、技術流出が懸念される場合は外国為替法の適用も考える」と発言し、中国、台湾、韓国への売却を牽制している。筆者の現地報告(2017年3月1日「速報:『東芝も俺が買う!』吠える鴻海テリー・ゴウ会長。中国から実況生中継!」)通り、1次入札で最高値の札を入れたのは台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業だが、「ホンハイは中国に生産拠点があり、中国共産党に近い」(経産省幹部)。

さらに東芝メモリの売却については、東芝の四日市工場に共同出資している米ウエスタンデジタル(WD)が、「自分たちに優先交渉権がある」と主張している。

東芝は今年度中に売却手続きを終えて資本を増強しないと、2018年3月期が債務超過になる。2期連続の債務超過は自動的に上場廃止であり、今は再建を信じて耐えている地方銀行などのマイナー債権者は、一斉に融資を引き上げるだろう。そうなれば法的整理しか道はなくなる。

指揮官なき再建

東芝再建の一番の不安材料は指揮官がいないことだ。社長の綱川智はキヤノンに売却したメディカル事業を育てた人物だが、再建の肝である原子力発電、半導体については全くの素人だ。記者会見でも原発事業について聞かれると、「私には分かりません」と本音を漏らしてしまうレベルだ。

綱川が社長になったのは原発、半導体、パソコンなどの部門で続いた粉飾決算にかかわっていなかったからに過ぎない。身体検査の結果「彼しかいない」ということになったわけだが、「かかわっていない」のは「知らない」と同義であり、難局で指揮官が務まる人物ではない。

株主の利益を守る立場にある社外取締役も無力をさらけ出している。彼らはウエスチングハウス(WH)会長として同社の暴走を許した志賀重範を東芝会長に指名し、2度目の巨額減損の原因となる米原発建設会社CB&I ストーン&ウェブスター(S&W)の買収も、すんなり認めてしまった。

社外取締役を選んだのは、東芝名誉顧問の西室泰三である。2015年春に粉飾決算が発覚した後、西田厚聰、佐々木則夫、田中久雄の歴代3社長が辞任した東芝で、危機対応の中心にいたのが西室だった。

「東芝を救ってください」と西室に頼まれて社外取締役になったのは、前田新造(資生堂相談役、前経団連審議員会副議長)、小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長、経済同友会代表幹事)、池田弘一(アサヒグループホールディングス相談役、経団連評議員会副議長)。小林以外は経団連人脈であり、いずれも西室の「お友達財界人」である。

「土光」になりたかった「西室」

西室が東芝の会長を退いたのは2005年、今から10年以上も前のことである。財界では経団連副会長、評議会議長を務め、2006年には東京証券取引所会長、2013年には株式上場を控えた日本郵政社長に就任した。

東芝の社長、会長としてはガバナンス改革くらいしか業績を残さなかったが、財界に転じてからは水を得た魚であり、活動のベースは経団連にあった。

「西室さんはね、土光さんになりたかったんですよ」

西室をよく知る財界人の1人は、こう打ち明ける。東芝社長から経団連会長になり、第2次臨時行政調査会(いわゆる「土光臨調」)で快刀乱麻を断った土光敏夫は、「財界人の大勲位」と呼ばれる「勲1等旭日桐花大綬章」をもらっている。経団連会長になり桐花大綬章をもらうことが西室の悲願であったとされる。

叙勲の位を決めるのは官僚である。官僚の覚えをめでたくするためには、財界活動を続けるだけでなく、古巣の東芝にも「国策」を忠実に遂行させる必要があった。西田、佐々木というアクの強い経営者を御せるのは西室だけであり、西室の意を受けて西田、佐々木は原発事業にのめり込んだ。

西室は石坂泰三、土光敏夫に続く、東芝出身で3人目の経団連会長になりたかった。自分が3人目になれば、稲山嘉寛、斎藤英四郎、今井啓と経団連会長を3人輩出している新日本製鉄(現新日鉄住金)に並ぶ。「東芝を名門にする」という西室の野望が東芝を経営破綻の淵に誘った、と見ることもできるのだ。

新体制で解体に向かう「東電」

新日鉄、東芝と並ぶ経団連の主軸企業が東京電力である。経団連会長になったのは元会長の平岩外四1人だが、経団連ナンバーツーの評議会議長は2人輩出している。経団連では「2社会」と呼ばれる非公式の会合で、次期会長を決める。2社とは東電と新日鉄を指す。

だが日本の財界を仕切ってきた東電も、今や解体の危機である。

6月には社内守旧派の反対を押し切る形で、日立製作所元会長の川村隆が会長に就任する。川村は「バリバリの合理主義者」(東電社外取締役)。川村を東電に送り込んだのは、「東電解体」を目論む経産省である。川村と同じタイミングで社長になる、生え抜きの小早川智明も「若手改革派の筆頭」(同)であり、「日本の電力産業を再生するためなら東電の解体をも辞さない」のが経産省の本音だ。

東電解体の準備はすでに始まっている。川村も委員として加わった「東京電力改革・1F問題委員会(東電委員会)」がまとめた「東電改革提言」には、「他の電力会社の信頼と協力を得て早期に再編・統合を目指す」とある。

ここでいう「再編」のお手本は、2015年4月に設立された東電と中部電力の火力発電共同出資会社JERAである。JERA は東電、中電の折半出資で、ゆくゆくは国内にある両社の火力発電事業も継承する方針だ。東電にとっては屈辱的な条件だが、「公的資金で生かされている東電のプライドなど知ったことではない」(社外取締役)のだ。

「経団連」から「生団連」へ

東芝、東電という主軸を失った経団連は、どこへ行くのか――。

次期会長は、現在副会長で日立製作所会長の中西宏明が有力視されている。日立は経団連など財界活動から距離を置く方針を貫いており、今回東電会長になる川村も、経団連会長への就任を打診されたが一蹴した経緯がある。

仮に中西が経団連会長になれば、戦後70年あまり続いてきた東電・新日鉄・東芝による事実上の「経団連支配」に終止符が打たれる。東電、東芝という軸が折れた以上、当然の成り行きである。

そもそも経団連の存在意義はリーマン・ショック以後、急激に小さくなっている。稲山や土光の時代のように、「財界総理」の一喝で政策が変わるなどという場面は絶えて久しい。政策提言といっても日本の将来を見据えたものではなく、「税金を下げてくれ」「補助金をくれ」「規制を緩めてくれ」と、ねだるばかりの陳情団体に堕している。経団連の時代はすでに終わっているのだ。

コンビニエンスストア、外食などの流通サービス産業、食品メーカー、消費者団体などで構成する「国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)」会長の小川賢太郎(ゼンショーホールディングス会長)は、「日本のGDPの74%、雇用の70%、経常利益の65%を支えているのは流通サービス業」と言う。

GDPに占める製造業の割合は、10年以上前に20%を割り込んでいる。製造業に軸足を置く経団連が雇用と納税額を減らし、それを埋めてきたのが流通サービス業、という構図なのだ。

ここまでくると、政策の軸足をどこに置くかは自明だろう。「ものづくりニッポン」のノスタルジーに浸り、東芝再生に公的資金を投じても、雇用や税収は増えない。過去10年、経産省が主導した半導体、液晶パネル産業の再編はことごとく失敗し、数千億円単位の血税が無駄になった。

繰り返すが、経団連はその役割を終えた。もはや重厚長大産業の輸出振興では日本は蘇らない。東電、東芝の事実上の経営破綻がその証明だ。経団連から生団連へ、大企業からベンチャーへと政策の軸を移さなければ、日本経済は東電、東芝とともに沈むことになる。(文中敬称略)

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大西康之

経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)など、そして最新刊に「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)がある。

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(2017年4月24日「フォーサイト」より転載)