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文化で世界と渡り合うために

2015年05月21日 00時35分 JST | 更新 2015年05月21日 00時35分 JST
時事通信社

駿府城公園で行われた『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』の公演を観てきた。昨夏、フランスのアヴィニオンでの演劇祭で激賞された演劇。昨秋行われた神奈川での凱旋公演に大いに感動し、旧知の宮城聰総監督に、静岡県内、それも屋外でやるべきだと私が強く勧めたことがきっかけで実現したのが今回の公演。日本で唯一の県立劇団であるSPACの素晴らしさを共有してもらいたいと思い、榛葉賀津也参議院議員をはじめ友人に声をかけた。

駿府城跡に設置された円形劇場に入ると、打楽器の独特のリズムと、園内の木々に映し出される役者の影によって、幽玄の世界に一気に引き込まれる。目の肥えたアヴィニオンの観客を唸らせた野外劇場ならではの演出。いよいよ、待望の舞台が始まる。

観客の目を引き付けるのが神々の姿。面をかぶって登場する4人の神々が一様に動く様は、一体の芸術作品そのもの。その動きは、歌舞伎か能のシテか。天下を取った徳川家康が国中ににらみを利かせた駿府城。家康は、死後、神(東照大権現)となる。400年の月日を経て、この場所に王と神々が蘇った。

緊迫感が高まる舞台にあって、ナラ王に取りつく悪魔の存在が、能における合狂言のごとく観客の心を和らげる。静岡バーションに変えて、観客と対話する演出は心憎い。日本の神々は時に悪魔に変ずる。善悪二分論に立たない悪魔の描き方は、日本流(宮城流)と言うべきか。

圧巻は阿部一徳氏の語り。ナラ王やダマヤンティ姫など、劇中の台詞の多くは、阿部氏によって語られる。その手法は、文楽の義太夫や能の地謡(じうたい)に近い。2時間にわたって、緩急をつけて謡い尽くす能力は圧倒的。一緒に観劇した能楽師の安田登氏(私の謡の先生)も高く評価する芸術的な謡は、最後まで観客を圧倒した。

演題は『ナラ王の冒険』とあるが、劇中の主役はダマヤンティ姫。美しい所作の中に、女性の強さと健気さが際立つ。ナラ王が悪魔、すなわち自分の弱さを追い払い、彼女の元に帰って来ることができたのは、姫の大きな愛ゆえ。『マクベス』に代表されるように、逆のパターンを繰り返し見てきただけに、救われる思いがする。古今東西、変わらぬ夫婦の永遠のドラマがここにある。

インドの叙事詩である『マハーバーラタ』と言えば、演劇界の巨匠ピーターブルック。その演目の一部を切り取り、日本文化で演出した宮城聰氏の勇気に敬意を表したい。文化芸術作品を見るときに常に意識から離れないのは、「いかにして世界と渡り合うか」ということ。能、狂言、歌舞伎、文楽。いずれも日本に興味を持っている外国人は強い関心を示す。しかし、そこまでたどり着かない外国人も多い。そうした圧倒的多数に対しては、西洋の様式や演目に乗せて日本文化を見せるのが近道になるのではないか。2020年のオリンピック・パラリンピックにおいて世界に日本文化をどう見せるか。宮城聰氏は重要なヒントを提供してくれたように思う。