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大相撲ファン感無量、大関稀勢の里初優勝!!

2017年01月23日 15時41分 JST | 更新 2017年01月23日 23時15分 JST

■将来を嘱望されて十数年

大関稀勢の里が30歳6か月で悲願の初優勝を成し遂げた。

おめでとう。

私は約10年前からこの日を待っていたので、感慨深いものがある。

稀勢の里はまだ10代だった幕下上位の頃から「将来の横綱候補」と嘱望され、2004年に17歳9か月で関取に昇進すると、3場所で十両を通過し、18歳3か月で幕内に昇進した(いずれも貴花田に次ぐ史上2位の年少記録)。

また、19歳11か月で新三役に昇進し、ここまでは順風満帆で、大相撲ファンの多くは"20代前半で頂点まで上り詰める"と思っていただろう。

その後は伸び悩んでいたが、2011年九州場所後、25歳4か月で大関に昇進。何度も優勝のチャンスはあったが、大一番で取りこぼしていた。

それでも優勝次点の成績で本場所を終えると、北の湖前理事長(第55代横綱)、現在の八角理事長(第61代横綱北勝海)は翌場所を"綱取り場所"と明言していたが、優勝を逃していた。

■この1年の変化

稀勢の里は以前から前に出る相撲が多く、投げ技や引き技などが少ない半面、「突き押し」、「四つ相撲」のどちらでもとれる器用さが災いし、"絶対的な型"を確立していない印象があった。

2016年に入ると、「四つ相撲」に決めた感があり、取り口も次第に安定してきた。

それ結果に表れ、惜しくも優勝は逃したが、3場所連続優勝次点及び、年間最多勝(69勝21敗)につながったといえよう。

そして、一時土俵下で謎の微笑みを浮かべていたが、今場所については、土俵上での表情がいい意味でふてぶてしくなった。

四つ相撲に対する絶対的な自信、"優勝したい"という強い想いが、心の変化につながったと思う。

さて、稀勢の里の優勝で一番ホッとしているのは、師匠を務める田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)だろう。

稀勢の里の大関昇進直前に先代師匠の第59代横綱隆の里が急逝し、急きょ鳴門部屋(当時)を継承。その後、諸事情で年寄名跡が田子ノ浦に変わり、部屋も移転を余儀なくされた。

田子ノ浦親方も耐え忍ぶ日々を過ごしていたと思うが、現役時代は弟弟子、現在は弟子の稀勢の里が優勝したことで、今までの苦労が報われた。

先代師匠も天空から目を細めているに違いない。

■春場所は4横綱2大関? 

今場所は3横綱4大関だが、琴奨菊の大関陥落が決まり、次の春場所では関脇に下がる。

仮に稀勢の里が初場所後、第72代横綱に推挙されると、4横綱2大関となり、"横綱の数が大関を上回る"という、珍しい展開となる。ただ、失礼ながら照ノ富士以外の横綱・大関陣が全員30代なので、"次の時代を担う"若い横綱・大関の出現が望まれる。

現時点、高安、御嶽海、正代などが力をつけており、大きなケガがなければ、年内の大関昇進も夢ではない。