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まるで相撲部屋? ベンチャーキャピタルの仕事について佐俣アンリさんに聞いてみた

2015年06月06日 01時31分 JST | 更新 2015年06月12日 18時47分 JST

スタートアップの動きが日本でも盛り上がるにつれて、「VC」という単語を目にする機会が増えてきたのではないだろうか。もちろんベンチャーキャピタルの略称なのだが、実際はどんな仕事なんだろう。そんなぼんやりとした印象を持っている人のために、今回は学生時代からVCの仕事を志し、数年前に自らのファンドを立ち上げた佐俣アンリ氏に話を聞いた。

ベンチャーキャピタルと編集者は似ている

-「ベンチャー投資」とひとことで言っても、実際どんなことをしているんでしょうか。アンリさんの場合、日々、起業家と会って何をしているんですか。

極端に言うと、「お前は絶対成功するから」って話をして、あとは死なないようにさせてあげる仕事(笑)具体的には飯をおごったりとか、買い出ししてご飯を食べさせたりとか。あとは、結果が出るまで長い時間がかかるチームに対し、「大丈夫だから」「これだけイケてるから大丈夫だから」と言い続けること。

-声をかけるのって大事なんですか?

そうですね。たとえば編集者とベンチャーキャピタルってとても似てると思っています。著者は自分がこれから書こうとしている本が売れるか不安じゃないですか。そこで担当編集者が「大丈夫、これはニーズがありますから」って言ってくれると嬉しいですよね。

僕はコルクの編集者・柿内芳文さんが大好きなんですけど、あの人が著者の能力を見出して、この方向に才能を伸ばそうと考えるところは、VCが人と市場を見る感覚と同じだと思っています。「嫌われる勇気」という本は、普通だったらあまり見向きもされないアドラー心理学の話を、「こう切り出したらめっちゃ売れる」みたいな市場を見ているなと。

-編集者。なるほど、わかりやすいですね。

編集の人と感覚はとても近い。それに、なりたいと言っている人と、向いている人が違うっていうのも同じでしょうね。よく例えているのが、秋元康さんとか、つんくさんがやっていることにも似ていると思っています。地方から「売れたいんです!」って出てきた子を見つける。それで競争の中心地である東京に呼んで、「お前は歌手がいい」とか「俳優がいい」と、適切な方向を一緒に見つけてあげる。あとは、売れるまで「お前は大丈夫だから」って言い続ける。言い続けると売れるんですよ。

会社の雰囲気やばい→お菓子を差し入れ

-逆に、言わないと折れちゃいますか。

基本、折れない仲間を選ぶんですけど、「お前は大丈夫だから」って言い続けるのは大事な仕事だなって思っています。そうするとローカルアイドルだって世界に挑戦できるようになりますから。僕、BABYMETALって凄いなって思うんですけど、アイドルグループから派生したユニットですよね。いまは世界でレディーガガのオープニングアクトとかしてる。素晴らしい舞台ってのは人間を成長させますよね。そこに導いてあげれば勝手に成長すると思っています。

ファンドも同じで、すばらしい成長機会に恵まれれば、勝手に成長していくんですよ。そのジェットストリームに乗っけるまでを一緒にやる。乗った瞬間は楽しいですよ。素晴らしい舞台というのは例えば、すごい成長産業のこと。基本的にはインターネット産業はこれから100年ぐらいイノベーションが続くと思うんですよね。こんなに風が吹いているんだから、優秀なやつが挑戦したら、なかなか失敗はしないはずなんですよ。

-ところで、差し入れというのはどんなものを持っていくんですか。

チームによりますね。基本的には食い物が多くて、ペロリは投資した金額よりも、僕がポケットマネーで差し入れた金額のほうが多い気がします(笑)とにかくお菓子をいっぱい買っていく。ペロリが運営する「MERY」は女の子メディアです。女子大生のインターンがいっぱいいるので、お菓子をずっと食べてる楽しい会社にしたかったんですよね。ペロリは素晴らしいチームで、いっさい無駄なものにお金を使わないんです。だから呼ばれたらケーキを買って持って行くんです(笑)「アンリさん、チームの雰囲気がやばいんです」って社長に言われて、すぐにケーキを買って、北参道のオフィスまで持って行きました。

-ケーキで空気がよくなる。

なるんです(笑)なんか盛り上げ役みたいな感じです。オンライン学習サービスを提供するスクーも、初期はまったくお金がなかったので、よく食べ放題に連れて行ってました。「食え食え食えー」って。極端な話、インターネット起業家ってのは、食って寝てれば死なないんです。

一緒に買い出し、死なないために面倒みる

-なんか相撲部屋みたいですね。

近いかもしれません(笑)でも、本当にそうだと思っていて、サーバ代も昔ほどかからないし、MacBook Airさえあれば、飯さえ食っていれば無限に働けるんです、彼らは。でも食わなくなるやつもいるから、「死ぬぞ、食えー」って強制する。

投資したばかりの学生チームがいるんですけど、仕事しすぎて徹夜して、飯も食わなすぎてやばくなってました。「疲れたと思ってソファーで寝るんですよ。ふと目が覚めると動けないんですよ。なのでソファーから転がって落ちた衝撃で起きるんです」みたいなこと言ってまして、そういうやつらにはガンガン飯を食わせないといけない。

-投資を受けているわけだから、お金がないわけではないですよね。

プロダクト以外に使う気がないんですよ。それは創業期は良いことだと思っていて、お金は無駄に使うんじゃなくて、使うときに使うべき。特に若いやつらには「無駄グセを作るな、戻れないから。とことんケチれ」と伝えています。「その分、最低限の食い物は俺が食わしちゃる」って。米、パスタ、炊飯器も買ってやるから自炊しろと。

いま、渋谷のあるマンションに投資先をどんどん入居させてるんですけど、そのマンションは坪単価9000円くらいで激安なんです。すぐ近くにスーパーがあるので、みんなで買い出しに行きます。Facebookグループに投資先グループを作って、「今日は学生起業家向けマナー研修します」とかやり取りしてるんですけど、「いまから買い出しに行く人集まれ~」ってやっています。でもみんな、こんなのカッコいいわけないってわかっています。カッコ悪いことだけど、ちゃんと来る限りは死なないんですよ。

Yコンビネーターの「死なないために」ってエントリーあるじゃないですか。「毎週水曜のごはん会に来るやつは死なない」っていう内容なんですが、まったく同じ。来る限りは死なない。来なくなるとヤバいです。来るやつらに「大丈夫だからやり続けなよ」って声をかけて、それで飯を買わせて帰らせる。これの繰り返し。

人間の成長を、相撲の砂かぶりの席で見る権利

-投資する方も受ける方も、お互い泥臭い。

一見するとギャグですよね。こんなのインターネットじゃないですもん(笑)「売れるまでみんなでがんばろー」ですよ。食堂のおばちゃんとやってること変わらなくて、「あんたちゃんと食べてんのー?」ってノリです。みんなやる気あるんですよ。でもそれがうまく発芽してないだけで。

「大丈夫だから」って言うのも最近は楽になってきて、僕が何人か成功した起業家を手伝わせてもらって実績も出てきたので、「(ペロリ社長の)中川綾太郎もこれくらいやってたから」って言えるようになった。それで向こうも信じられるんですよ。「今は大丈夫だから」「綾太郎がこれくらいやったから、お前らもこれくらい頑張ればいける」って言えるのでよかった。

-アンリさんが投資されるのは、創業したばかりのシード期、若い人が中心ですか。

基本的に創業期が多いですが、年齢で一番上が52歳、一番下が21歳。50歳でも気持ちがスタートアップであれば一緒にやる。主にシード期に投資するのは、ファンド設立当初はこれしかできなかったんですが、今は純粋に好きだからですね。シード期の投資って全然わけがわからないし、怖いじゃないですか。中途半端な時期が怖いんですよね。6〜7年とか発芽しないと結構しんどいですよ。でもそれを応援できる人は日本であんまりいないから楽しいなと。

-仕事の楽しさやモチベーションってどこにあるんでしょう。

人によると思うんですけど、僕は自分と一緒に戦っている仲間が成功して、人間的に成長する様子を見るのがすごく楽しいんですよね。中川綾太郎は40人くらいの組織を率いて事業を伸ばすなかで言動も変わるし、責任感も変わってきた。尊敬する起業家であり経営者です。そういう成長をいっぱい見させてもらうのが超楽しくて。

「人間の成長を、相撲の砂かぶりの席で見る権利」って呼んでます。才能が適切に解放される瞬間に立ち会える。全パラメーターを捨てさせて、ここだけ突き抜けて突撃だ!って。そこは楽しいですよ。

業界1位のベンチャーキャピタルに内定得るも、"中二病"で辞退

-昔の話を伺いたいです。学生の頃からVC志望でしたか?

はじめは金融志望だったんです。そもそも大学の経済学部で東南アジアの文化人類学を専攻していましたが、リクナビで「アジア」で検索するとヒットするのは、日本アジア投資といった企業だけでした。この日本アジア投資というのが、独立系で当時国内3位のベンチャーキャピタルだったんです。

それで業界1位から3位までのベンチャーキャピタルを受けたら、受かったのが業界1位の会社だけで......。でも結局、その会社には入らなかったんです。理由は"中二病"のようなものです。バンドとかされてました? バンドやり始めると邦楽聞かなくなるじゃないですか。「邦楽なんてだせー」って。それと同じです。僕は内定後に(インキュベーション事業の)インスプラウトでインターンしたんですね。そこで紹介してもらっていろいろなベンチャー企業に出入りしてたんです。

中二病をこじらせていたのと、ベンチャーでインターンしてたのとで、「もう1年くらい遊んでもいいかな」って思ってしまった。そんな感じで内定を蹴って、結局、「事業を知らないといけない」という気持ちになり、翌年リクルートに行きました。

リクルートを退社し、師匠のもとへ

-リクルートでは何をされてたんですか。

1年目は超営業。その後、希望してたメディアテクノロジーラボに異動して、1年半の間、新規事業をひたすら作りました。何の脈略もなくソーシャルゲームを作ったりもしました。数千万円かけて作ったアプリは2000円の売り上げを記録して終わりました(笑)いま結構いろいろなベンチャーに投資してるんですけど、ゲームはありません。トラウマなんですかね(笑)

リクルートには合計2年半お世話になりました。ふと、「やっぱりベンチャーキャピタルをやりたいな」って思って、非常に楽しかったんですけど退職しました。

辞めてそのまま、投資家の松山太河さんのところへ転がり込みました。辞める直前に相談したんですよね。そうしたら「丁稚奉公的に来る?」って言われまして。なので、籍としては太河さんのファンドであるクロノスファンドおよびイーストベンチャーズに所属しました。太河さんは完全に師匠ですね。正直、今も太河さんのモノマネをしてるなんとか頑張っているのが7割ぐらいな気分です。

それで僕の退職の次の日に、イーストベンチャーズの出資先であるフリークアウトが立ち上がったので、「この会社の立ち上げやってきて」って言われて、見ず知らずの10歳上のオジサン(創業者の本田謙氏)を紹介されて行ってきました。本田さんと2人で新橋の日が当たらないシェアオフィス、漫喫のカップルシートみたいなところで仕事をする毎日です。隣では社員1人の会社がテレアポしてるんですよね。本田さんは10歳上で、ずっと気持ちよさそうにプログラミングしてるし、「なんかすごいところに来ちゃったなぁ」みたいな(笑)

雑務をやったり、1号社員を引っ張ってきたりしました。あとは、千葉県印西市で登記してたので、「何なんだこれはー!」って思いながら、印西法務局に片道2時間半かけて行ってました。印西から30分に1本しかないバスで、さらに20分かかる。本田さんの実家の近くだったんです(笑)

-しばらく勉強して、独立したんですね。

独立のきっかけをくれたのは、オプト元会長の海老根智仁さん。廃人だった僕を呼んでくれて、「どうすんだお前。選択肢3つやるよ」って。俺の関係している会社の社長やるか、インドネシアで事業作るか、独立するか、選べと。背中をポンと押してくれて、じゃあ独立しますと。海老根さんは「俺も(資金を)出してやるから」と言ってくれて。それでスタートしたのが始まりなんです。

-人から預かったお金をいろんな会社に投資するわけですよね。若い人ほどお金を集めるのが大変じゃないですか。

実際に?