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ネット選挙の裏テーマは「通信・放送融合選挙」

2013年12月26日 00時12分 JST | 更新 2014年02月24日 19時12分 JST

インターネットを活用した選挙運動の解禁によって、発信手段が増え、爆発的な量の情報が飛び交うようになった。そこで重要となってくるのが情報の「公平性・中立性」だ。従来、マスメディアがそのスタンスを掲げ、時に「偏向報道だ」との批判を受けながらも、客観的視点で有権者に情報を伝えてきた。情報発信の担い手が多様化する中で、「公平・中立」は誰が、どう担うべきなのか。そもそも政治的立場を表明する米国メディアのように、「公平・中立」をやめて、「偏向」を堂々と認めてはいけないのだろうか。

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■ネット選挙と政治的公平性

放送法の番組編集準則では、政治的に公平であることや、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすることが求められているが、ネットが思わぬ影響を及ぼした。EXILEのUSAさんが自民党候補者を応援する写真がネット上に公開されていたため、NHKは急遽EXILEが出ている番組を取りやめたのだ。一方、「しんぶん赤旗」で共産党を応援した渡辺えりさんの出演ドラマは放送された。国立情報学研究所の生貝直人氏がその判断の難しさを解説する。

これまでも著名人が選挙や政治に関わることはありましたが、著名人の政治的背景がネット選挙の解禁によってネットというメディアに顕在化するようになったため、放送メディアとしては難しい判断を迫られることになったわけです。こういった政治的公平性を今後どのように取り扱うべきか、問い直す必要があると考えます。

情報発信の手段が増加したことにより、政治的公平性を放送番組の中だけに閉じ込めておくことが難しくなった。このままだとネット選挙が解禁されたのに、有名人がネットで政治的発言をすることに悪影響を及ぼす可能性もある。さらに、マスメディア自身もネットを積極的に使うようになり、ネットにおける「公平・中立」も問題になってきた。生貝氏によると、

ヨーロッパでは通信と放送の融合に対応するため、メディアごとの縦割りの規制をやめて、社会的影響力という要素を重視し、ネットの動画も、テレビも共通の基準で規制対象にしています。今回の選挙を単に初の「ネット選挙」としてだけではなく、「通信・放送融合選挙」として考えることによって見えてくるものがあると思います。

従来のように、放送や通信といった伝送手段ごとに考えるのではなく、メディア全体の中で、それぞれの影響力を考慮して規制の手段を考えるべき段階に来ているのかもしれない。

■政治的な立場表明を義務づけるべきか

では、メディアをトータルで考える上で、マスメディアが従来掲げてきた「公平・中立」はどうなるのだろうか。法政大学の藤代裕之准教授は、「公平・中立」を掲げることをやめて、立場を明確にすることの義務化を提案する。

マスメディアの客観報道や公平・中立は、ネットで良く批判される部分です。放送法には「政治的に公平であること」との規定がありますが、これを公共放送であるNHKにのみ適用して、他は自由な編集方針で放送するという方向転換が望ましいのではないでしょうか。公平・中立といいながらも、新聞やテレビには政治的なスタンスがあります。選挙報道にしても、自民寄り、民主寄り、という雰囲気は視聴者や読者も感じていると思います。公平という建前をやめて、むしろ自分たちのスタンスを表明することで、視聴者が判断しやすくなるし、「偏向マスゴミ」という批判もなくなるかもしれない。極論かもしれないが、編集方針を明確にしろという法制化も考えてみてはどうか。

「公平・中立」は建前に過ぎないので、思い切って捨て、情報発信者のスタンスを分かりやすくすべきという意見だ。しかし、一律に強制することについては、駒沢大学の山口浩教授が異論を唱える。

公平性を持ちこむかどうかは個々の人、メディアが決めればいいと思います。自分が公平であると思うなら、公平かどうかについての検証を受け入れればいいし、そうでなければ自分の立場を明確にすればいい。メディアは一律に公平であるべきとするのも、一律に公平でないと決めつけるのもどうかと思います。

Yahoo!ニュース編集部の伊藤儀雄氏は、メディア企業の側に政治的な立場表明のインセンティブがないことを指摘する。

メディア側にメリットがありません。完全な中立があり得ないとは言え、大手メディアには「客観報道」「中立・公平

を目指すスタンスが期待されていて、一定の支持を受けている。その状況下で、公平性を積極的に捨てる動機はないでしょう。政治的スタンスを明確にすることで、新たな顧客をつかむよりも既存の顧客が離れてしまうリスクの方が大きいと判断するのではないでしょうか。

弁護士ドットコム編集長の亀松太郎氏は別の角度から、法規制ではなく、メディア同士が相互にチェックしあうことの重要性を指摘する。

法や規制によるのではなく、「メディアを監視し、相対化するメディア」の出現によって、「メディアの立場の顕在化」が果たされるべきでしょう。カウンターメディアが必要なのだと思います。

影響力の大きいメディアを監視する代替メディアが必要と言う考え方だ。お互いがチェックしあえるのであれば、メディア全体として「公平・中立」が担保されるかもしれない。

■オーストラリアは全メディアが共同規制に移行

メディアの側が「公平・中立」を選択する以上は、自画自賛するだけでなく、他者による検証がなければ説得力を持たない。発信手段が多様化する中、検証の対象は、従来のマスメディアだけではなく、インターネットを含めることも議論になるだろう。生貝氏は、海外の新たな規制枠組みを紹介する。

少し極端な例ですが、オーストラリアでは官民で報道規範機構というものを作り、通信・放送問わず一定の基準を満たしたメディアサービス全般に加盟を義務付け、そこで規範を作ろうという新たな共同規制の議論をしています。ルールの形成や実行は極力メディアの側が自主的に行うけれど、政府が法律によってその大枠作りやサポートを行うという形です。

藤代氏も、マスメディアだけでなく、ネットメディアも対象にした韓国の調停制度を紹介する。

韓国には報道によって名誉を傷つけられるなどした場合に対応する「言論仲裁委員会」が設置されています。委員会の資料によると、時間のかかる裁判と異なり、2週間以内に迅速に処理できるとしています。90%が名誉毀損の案件で、判断が下されればメディアは訂正報道や反論報道をしなければならなりません。インターネット新聞として登録していなくても、編集者を3人以上常時的に雇用していたり独自記事を書いたり、ポータルサイトに掲載していたら、対象になります。

日本でも放送業界では、BPO(放送倫理・番組向上機構)のような第三者機関が存在するが、新聞やインターネットなども含めたトータルでの第三者機関は存在しない。生貝氏によると、

一番難しいのは、果たして「誰が」そのルール作りに参加するかということです。大手メディアはもちろん、個人メディア、あるいは消費者の側の関与も視野に入れた、マルチステイクホルダーのルール作りを目指す必要があります。

2006年以降、総務省では「情報通信法」とも呼ばれる、通信、放送をまたがった法体系のあり方が議論されたが、ネットのコンテンツ規制の懸念をめぐって、「表現の自由」の観点から慎重論が起こった。国が全ての利害関係者が納得させる制度を構築するのは容易ではない。さらに問題なのは、Googleなど海外の事業者に対する規制の難しさだ。生貝氏は、

新たなネット企業やプラットフォームは、既存の大手メディアが長い時間をかけて構築してきたような不文律の規範を必ずしも共有しておらず、純粋に自主的な枠組みに収めるのは困難です。多様化するメディア環境の中で、いかにして規範を育て、共有していくかを考える必要があります。

果たして、どこまでが枠組みの対象になるのか。そして誰が枠組みを作るのか。仮に政府がやろうとすれば、コンテンツ規制反対論が起きる可能性が高い。しかし今後、これまで以上に、マスメディアとインターネットの垣根をめぐる矛盾が噴出することが予想される。従来の枠組みにとらわれず、議論を積み重ねる必要はあるだろう。

(編集:新志有裕)

※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第4回討議(13年7月開催)を中心に、記事を構成しています。