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「合意があると思っていた」なら「悪質ではない」のか 高畑裕太氏弁護人コメントへの疑問

2016年09月11日 18時27分 JST | 更新 2016年09月11日 22時34分 JST

強姦致傷罪の容疑で逮捕・勾留されていた、俳優の高畑裕太氏が9月9日に釈放され、同日付で弁護人が報道機関にコメントをFAXで送ったという。弁護人のコメントの全文は複数のメディアで報じられた。

この弁護人のコメント内容には疑問を感じる点が複数ある。以下順次述べる。

  



1 コメント発表につき被害申告をした女性の了解は得ていたのか


弁護人のコメントでは、このような内容のコメント発表について、被害申告をした女性の了解を得たかどうか、何も触れられていないが、事前に女性の了解はあったのだろうか。

コメント自体からは不明であるが、①もし了解を得ていれば、「了解を得ていないのではないか」という疑念を抱かれないよう、通常は「了解を得ている」ことを明記するであろうがその記載がないこと、②内容自体が、被害申告をした女性が了解するとは容易に考えづらいものであること  の二つの理由から、女性の了解を得ていなかったことを私は懸念している。

もし、コメント発表について、女性の了解を得ていなかった場合、この弁護人のコメントは、その女性に対し著しく配慮を欠く不適切なものと言わざるを得ない。以下理由を述べる。

まず一般論として、刑事弁護人として行わざるを得ない職務を遂行し、その結果被害者が不快になり傷つくという場面をゼロにすることはなかなか難しいとは思う。刑事弁護人としても無用に被害者とされる方を傷つけるべきではないのはもちろんではあるが、それでも刑事弁護人として言わざるを得ない主張というのもあり、被害者ケアの全てを刑事弁護人に求めるのは到底筋違いである。それは被害者のために動く弁護士や違う機関が担うべき役割である。

しかし、本件のこのようなコメントを報道機関に出すのは、そもそも、刑事弁護人として「行わざるを得ない職務」ではない。被疑者が有名人であったことから報道が過熱した(これ自体大きな問題ではあった)状況を踏まえ、報道機関からの取材殺到に対する事務処理としてコメントを発表せざを得ないとしても、

「本日処分保留として身柄は釈放されました。不起訴処分となることが見込まれますが未定です。身柄釈放に至った経過等詳細は関係者の意向やプライバシーもあり、お伝えできないことをご了承下さい。」

という程度に留めて十分だったのではないか。示談が成立したことは、検察官に伝えるべきではあるが、世間に伝えることは弁護人の仕事ではない。示談に応じたことは女性側のプライバシーでもあり、女性の了解なく第三者に伝えるべきではない。

もし相手の女性の了解を得ずに弁護人がこのようなコメントを発表したとすれば、女性にとってはそれ自体が寝耳に水の衝撃的な事態であったであろう。また、詳細な事実関係が不明なので仮定でしか書くことはできないことを前提に述べるが、もしその女性にとって性暴力被害を受けたと感じることがあったのであれば、一部報道やネット書き込みによる二次被害に加え、弁護人による三次被害を受けた気持ちになったのではないか。そうではなかったことを願う思いである。

なお、犯罪被害者に必ず代理人弁護士が就任しているとは限らない。ネット上で個人を特定され、容姿まで云々されるほどのひどいプライバシー侵害に遭っていた女性の代理人弁護士を名乗る抗議コメントの発表などが今までなかったことからすれば、女性は弁護士を依頼していなかった可能性のほうが高いのではないか。女性が弁護士を依頼せず、従って専門家からの法的助言を得ていなかった可能性もある以上、たとえば「示談において守秘条項(合意内容や示談が成立したこと自体などをお互いに第三者に伝えないことを約束する条項)を入れておけばこのようなコメントを防止することはできたのにしなかったことは女性側のミスである」というような非難は失当である。事実関係もわからないのによく無責任にそのような非難をできるものだと驚くが、そのような非難もネット上で見かけたので念のため指摘しておく。

2 「合意があると思っていた」なら「悪質ではない」のか


(1)弁護人がにおわせた無罪主張の内容は「強姦罪の故意はなかった」というものである

弁護人のコメントで一番ひっかかるのは、「高畑裕太さんの方では合意があると思っていた可能性が高い」「違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし、仮に、起訴されて裁判になっていれば、無罪主張をしたと思われた事件」という点である。

まず大前提として、無罪推定の原則は当然踏まえるべきであり(これを踏まえない報道があまりに多くそれ自体も大問題ではあったが本稿ではこれ以上触れない)、本稿も、高畑氏がなんらかの犯罪に該当する行為を行ったと断定する前提にたつものではない。

ただ、弁護人コメントに「高畑裕太さんの方では合意があるものと思っていた可能性が高く」とあるのは、「合意」の対象となるようななんらかの行為が両名の間であったことは前提にしているので、およそ何らの性的関係もなかったという主張ではないのであろう。

ということは、「裁判になったら無罪を主張したと思われた」というのは、具体的には、「性的関係などなかった」とか「人違いだ」などという客観的事実を争うような無罪主張パターンではなく、「性的関係があったという事実関係は争わないが相手の意思に反していなかかった」というような、故意の存在を争うような無罪主張をしたであろう、という趣旨だろう。

 

(2)「合意があるものと思っていた可能性が高い」ことは「違法性の顕著な悪質な事件ではなかった」ことの理由になるのか

弁護人コメントの「合意があるものと思っていた可能性が高い」という主張は、「仮に起訴されて裁判になっていれば無罪主張をしたと思われた」という主張とあわせ読めば無罪主張をにおわせるものであり、他方において「違法性の顕著な悪質な事件ではなかった」というのは、有罪可能性を前提に「そうはいっても悪質ではない」という主張なので、厳密に読めば、論理的には相容れない。

そういうこともあって、何を言いたいコメントなのかわかりづらいのではあるが、おそらくは「本当は無罪主張をしたいところなのだが、色々な事情から示談で早期に事件を終結させることとした。そもそも性的関係について合意があるものと思っていたのであるから、仮に有罪と認定されるとしても違法性は低く、悪質とはいえない」ということを言いたいのであろう。つまり、「合意があるものと思っていた可能性が高い」という主張は、「無罪」主張の理由でもあり、「仮に有罪と認定されるとしても、違法性は低く悪質ではない」ということの理由でもある、として書かれたものであろう。

 

では一般に、「合意があるものと思っていた可能性が高い」ことは、「無罪である」こと、あるいは「違法性の顕著な悪質な事件ではなかった」ことの理由になるのであろうか。

結論からいえば、これは、個別具体的な事案の経過によるといえ、単純に「合意があると思っていた可能性が高い」から常に「無罪」とか「悪質ではない」とはいえない。このことは、なかなか意識されず、語られてこなかったことであると感じており、問題意識をもっているので、長くなるが以下理由を述べる。

(3)「強姦罪の故意」とは何か

今の日本の刑法の強姦罪の規定には色々問題があるが(注1)、それは長くなり本稿の趣旨から離れるのでさておき、刑法でいう「強姦」とは「暴行や脅迫」を手段として、男性が女性に対し性交を強要すること、つまり女性の意思に反する性交をすることである。

前提として述べておくが、犯罪は原則的に「故意」がなければ成立しない。「故意」というのは、あえて、わざと、その行為をしようとすることなので、強姦罪の「故意」とは、相手が同意していないと認識しつつわざと性交しようとする意思である。従って、「相手も同意があると思って性交した」という場合には、強姦罪の「故意」は無い、という理屈になる。

重大な犯罪では、「故意」がなく、「過失」で結果を生じさせてしまった場合も例外的に犯罪が成立するが、それは過失犯処罰の規定が法律におかれている場合に限られる。たとえば、わざと鋭利な刃物で頸動脈がある首付近を刺したら普通殺人罪の故意が認定されるであろうが、機械の運転中に運転操作を誤って周りにいる人に怪我を負わせてしまい、それにより死という結果が生じた場合には、殺人罪の故意は認められず、成立し得る犯罪は「過失致死罪」、または過失の程度が重いなら「重過失致死罪」ということになる。

この点、日本の刑法には、強姦罪について、過失犯を処罰する規定はない。

従って、理屈上は、「男性としては強姦のつもりじゃなかったのに(実は相手の女性は同意してなかったから)強姦という結果が生じた」という場合には、強姦罪の故意の存在は否定されて同罪は成立しない。そして、「過失強姦罪」という犯罪類型が日本の刑法に存在しない以上、無罪ということになる(事案によりけりだが、刑事責任は負わなくても、民事上の損害賠償の問題は別途生じ得る)。

一般には理解されづらかったのではないかと感じるが、弁護人コメントに「男性の方に女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。伝わっていなければ、故意が無いので犯罪にはなりません」とあるのは、このことを指している。

(4)「相手の合意の有無」「合意がなかったとは知らなかったという言い分の正当性」をどういう理由で判断するかが重要である

そして、強姦罪の場合にはよく、この、「相手の合意があったかどうか」「合意がなかったとして、それを男性側が認識していたのか」が争点になる(注2)。犯罪が成立するか否かの分かれ目である以上当然といえば当然で、やむを得ないことではあるが、しかし「合意があったかどうか」「男性側が認識していたのか」が、どうやって判断されるかが非常に問題だということがしばしばある(注3)。

民事で損害賠償請求するときも同様の問題はよくあり、実務では、「性的関係があったかなかったか」が争点になるより、「確かに性的関係はあったが、合意があったかなかったかが争点だ」ということをしばしば経験する。ひらたくいえば、「あなたから、こちらの意に反する性的関係を強要されたので損害賠償を請求する」と伝えたところ、「性的関係なんてなかった!なんのことだ!」と反論されるかと思いきや「性的関係はありましたが、それが何か?あなたも合意していたではないか」と言われることがよくあるのだ。

たとえば殺人の場合、「頸動脈がある首付近だと認識している部位に鋭利な包丁をあてて、刃物で首を刺そうと思って深く刺したけれど、しかしそれによって相手が死ぬとは思っていなかったから殺人罪の故意は無い」という主張は、理屈上はありうるが、普通はなかなか認められるものではないだろう。なぜなら、ひらたくいえば「いや、それはないよね」「不自然すぎるでしょう」と感じられるからだ。

強姦の場合、加害者とされる人が「性交について相手の合意があると思っていた」という主張をする場合にも、「それはないよね」「不自然」というようなことであれば、強姦の故意は認められることになり、「不自然とはいえない」ということだと故意は認められず、強姦罪は成立しないということになるわけだが、問題は、どういう主張をどういう理由で「不自然ではない」あるいは「それはないよね」と判断するかである。

この判断には、実際問題、起訴するかどうかの場面なら検察官の経験則、裁判で強姦罪の成否や損害賠償責任の有無を判断する場面なら裁判官の経験則、それぞれの立場の代弁をする場面では主張する弁護士の経験則、に基づくところがあり、その経験則は社会の価値観にも左右される。

たとえば最近では、検察審査会申し立てをされて、今、検察審査会にかかっているようだが、大阪で、元警察官が複数の男性と一緒に、一人の女性を縛るなどして複数で強姦したとされた集団強姦疑惑事件については、「女性の合意があった」可能性を排斥できないということで不起訴処分になった経過があるようだ。(朝日新聞デジタルの報道

女性は「そんなことに合意なんてしていなかった」ということで不起訴処分は不当として検察審査会申し立てをした。報道された事実関係を前提にすれば、そんなことで「合意があったという男性側の主張は不自然とはいえない」「合意があったとも考えられる以上、強姦罪成立とは見込まれない」と判断されたらたまらないなと感じた。 

私は「性的関係に合意してなかった」と主張する側の代理人としての仕事をする経験を何度かしているが、「合意してなかった」と主張