「慰安婦は軍属」――辻政信が明言

旧日本陸軍参謀、辻政信(1902~68?)が慰安婦について「身分は軍属」と明言していたことを最近、その著書『潜行三千里』を読んで初めて知った。

旧日本陸軍参謀、辻政信(1902~68?)が慰安婦について「身分は軍属」と明言していたことを最近、その著書『潜行三千里』を読んで初めて知った。

旧日本軍の慰安婦や慰安所をめぐっては1993年、当時の河野洋平官房長官が「河野談話」で、設置、管理に日本軍が関与していたことを認める一方で、一部には「民間業者が戦地に設置、運営した公娼」との主張もいぜん根強い。

辻政信は陸軍大学卒の超エリート軍人。ノモンハン事件で作戦指導にあたったほか、第二次大戦ではガダルカナル島の攻防戦やビルマ作戦などを指導したことでも広く知られている。そうした旧陸軍の核心人物が自ら、慰安婦は軍に所属する存在だったことを認めていたというわけである。

『潜行三千里』は、タイ・バンコクで敗戦を迎えた辻が、戦犯追及のイギリス軍の探索をかいくぐってベトナム経由で中国へ亡命、そこで国民党政府の国防部に勤務するなどして48年に上海経由で日本に帰ってくるまでのことを書いている。

1950年に出版されると、ベストセラーになった。私がこの夏に読んだのは2008年1月に毎日ワンズから出された復刊版。

物語は1945年初夏、ビルマ戦線で負傷した辻が空路バンコクに入るところから始まっている。当時バンコクに駐屯していた日本軍の中村明人司令官らにあいさつに出向いた時のことを記述したあと、次のように続けている。

…軍司令官官邸の裏に小さい神社があった。『大義神社』と墨痕鮮やかな標柱が立っている。おもしろい名前だ。『小義神社』というのがどこかにあるような気がする。

六月八日、初の月例祭に参拝した。司令部の将兵全員とバンコクの居留民代表が朝早くからお詣りする。 神籬(かみがき)の内に、拝殿に向かって右側に将校が、左側には居留民代表が居並び下士官や兵は鳥居の外で並んだ。 召集将校の中に本職の神官がいる。白装束、烏帽子の謹厳な姿で祝詞(のりと)をあげている際に、前に向き合っている一群の若い女性たちがしきりに対面の将校にモーションをかけている。神域に不似合な光景であった。 帰ってから調べてみると、この若い女たちは将校慰安所の女であり、偕行社の給仕であった。 彼女らもある意味において、それぞれの役割を果たしているのであろう。身分も軍属である。…

• ◇

辻が慰安婦に触れているのは、これがすべてである。ただ「将校慰安所の若い女」とするだけで、国籍などはいっさい記述していない。「一群の…」とあるので、相当な人数だったのだろう。「将校慰安所」とあるから、これとは別に、下士官や兵卒の慰安所もあったのだろうか。

そして彼女らは「偕行社の給仕」でもあったとしている。

偕行社(かいこうしゃ)とは何なのか。たとえば、ブリタニカ国際大百科事典は次のように説明している。

<旧日本陸軍の全将校の社交、研究団体。1877年創立。1924年に財団法人。酒保、宿舎の経営のほか、図書の出版、死亡者への義助などの便益を行った…>

彼女らは、その偕行社で給仕をする一方で、「ある意味において、それぞれの役割を果たしているのだろう」と、辻は書いているのである。

私の頭に浮かんできたのは、朝日新聞が最近報じた京都大学大学院の永井和教授(日本近現代史)とのインタビュー記事である。「慰安婦問題を考える」と題して1ページ全面を埋めた2015年7月2日付のこの特集記事は、当時の警察や軍の公文書などをもとに「慰安所は軍の施設として設置された」とする永井教授の明快で、説得力ある研究成果を分かりやすく簡潔に整理してくれていた。

ここで、永井教授は「慰安所を軍の施設とする根拠は?」との記者の問いに次のように答えている。

「陸軍大臣が日中戦争開始後の37年9月に『野戦酒保規程』という規則を改定した記録を04年、防衛庁防衛研究所(当時)の所蔵資料から見つけました。軍隊内の物品販売所『酒保』に『慰安施設を作ることができる』との項目を付け加える内容です。上海派遣軍参謀長は12月、『慰安施設の件方面軍より書類来り』『迅速に女郎屋を設ける』と日記に記しました。派遣軍が『慰安施設』として『女郎屋』を設けたことを意味しています」

辻政信が1945年6月、つまり日本の敗戦間際のバンコクで目撃した「将校慰安所の女であり、偕行社の給仕」で「身分も軍属」だったこの女性たちこそ、永井教授が掘り起こした1937年9月改定の「野戦酒保規程」によって軍隊内の酒保での設置が認められた慰安施設の女性たちではなかったか。

「慰安所は戦地における民間の売春施設で、慰安婦は公娼だった」とする一部の主張は、旧陸軍の核心人物であった辻政信が書き残した著書によっても明確に否定されているといえるのである。

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