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総合診療医は増やすべきなのか 考えるべき問題点と存在意義

2015年11月02日 15時31分 JST | 更新 2015年11月02日 15時31分 JST

どの診療科に進むべきか。医学生の永遠の悩みだ。このような質問を受けた場合、私は「自分の頭で考えること」と助言している。

メディアやSNSが発達した昨今、「自分の頭で考えること」は容易ではない。何もしなくても、ネットやSNSを通じて大量の情報が押し寄せてくるからだ。医学生も例外ではない。

最近の医学生の中には総合診療医を目指す人が少なくない。厚労省が推奨していることも影響しているだろう。私は、このような医学生に対し考え直すように勧めている。

その際、もっとも強調するのは、「総合診療医を求めているのは誰なのか」ということだ。

もし、医療現場で総合診療医の価値が高いのなら、政府が推進しなくても、希望者が殺到する筈だ。例えば、スマホの使用を政府は推進しない。便利で手頃な価格で、誰もが欲しがるからだ。ところが、現状はそうではない。

政府が特定の施策を推奨するのは、何もしなければ進まない場合だ。多くは、その施策を推進することは何らかのデメリットを伴い、通常では社会的な合意が得にくいケースだ。このような場合、国家は時に強権的になり、国民全体ではなく、自らの利に適う方向に進めようとする。TPPや沖縄基地問題が典型である。

では、厚労省が総合診療医を勧める理由は何だろうか。私は医療費削減だと思う。その歴史を振り返ると、まったく違う側面が見えてくる。

あまり知られていないが、総合診療医の議論が始まったのは80年代だ。当時、医師誘発需要・医療費亡国論が議論されていた。厚生省(当時)は、「一人の医師が複数の専門領域を診ることが出来れば医療費は抑制できる」と考えたようだ。

この頃、医師過剰論が本気で心配されていて、医師不足対策として、総合診療医が検討された訳ではない。その目的はもっぱら医療費抑制だった。

私は、総合医を増やすことが医療費の抑制に貢献する可能性は十分にあると思う。ただ、これはあくまで政府の視点だ。この視点が、国民や医師にとって幸せかどうかわからない。医師にとって医療費を減らすことは、病院や医師個人の収入を減らすことに繋がりかねないからだ。

最近、多くの総合病院の経営が悪化している。知人の病院幹部は「経営が悪化した際、真っ先にリストラの対象になるのは総合診療だ。」と言う。病院経営者にとって、総合診療医は不採算部門で、経営悪化時の緩衝剤になっていることを意味している。

私が、総合診療医を推奨するのに疑問を感じる理由はこれだけではない。私には総合診療医が、患者から支持されているように見えない。これまで私が診察した患者の中に、「何でも標準的に診ることができる医者」を求めた人はいない。患者が求めるのは、常に「自分にとって一番いい医者」である。

私は、東日本大震災以降、福島県浜通りで活動しているが、「総合診療医を待望する」という話を患者から聞いたことがない。医師不足の地域でも、総合診療医は評価されていないことになる。

誤解のないように言っておくが、私は総合診療医が不要だとは思っていない。分野横断的に診察できる医師が必要とされる領域は確かに存在する。それは専門分化が進んだ大学病院や大病院だ。このような病院の多くは医学生や研修医を指導している。彼らにとって専門診療の狭間を埋める総合診療医は有用だ。これこそが総合診療医の存在価値だろう。

 ただ、この様な領域だけでは多くの医師を雇用できない。既に、多くの大学が総合診療を専門とする教授を確保しており、この分野に成長は望めない。

 では、医学生は何を重視すべきだろうか。言い古された言葉だが、患者の声を聞くべきだと思う。患者のニーズは常に変化する。そこに我々の成長のチャンスがある。若き医師が生き残りたければ、厚労省ではなく、現場をみるしかない。

本稿は、「医療タイムス」での連載に加筆修正したものです。