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イスラム教徒として言おう。「言論の自由」原理主義者の偽善にはもう、うんざりだ

2015年01月15日 18時24分 JST | 更新 2015年03月16日 18時12分 JST
FRED TANNEAU via Getty Images
Guingamp's supporter hold signs reading 'Je suis Charlie' (I am Charlie) to pay tribute to the victims of the Charlie Hebdo attack during the French L1 football match between Guingamp and Lens at the Roudourou stadium in Guingamp, western France, on January 10, 2015. AFP PHOTO / FRED TANNEAU (Photo credit should read FRED TANNEAU/AFP/Getty Images)

リベラル論者のあなたへ

あなたも私もジョージ・W・ブッシュが嫌いだった。9.11の後、「我々の味方か、それともテロリストの味方か」という幼稚な宣言を覚えているだろうか? けれども今、新たな恐ろしいテロ攻撃を受けて、あなたはブッシュのスローガンを焼き直したようにみえる。言論の自由に賛成か、反対か。「シャルリー・エブド」でないなら、自由を憎悪する狂信者だと。

私があなたにこれを書いているのは、簡単なお願いをするためだ。そんなことはやめてほしい。テロリストに立ち向かっているつもりなのだろうが、実際には、あなたは分断と悪魔化という、テロリストの血塗られた術中にはまっている。啓蒙されたリベラルな西洋と、遅れた野蛮なイスラム教徒。1月7日にパリで起きた殺戮は、言論の自由への攻撃だと、あなたは繰り返し言う。保守派の元フランス大統領、ニコラ・サルコジもこれに賛同し、「文明に対する宣戦布告」と呼んだ。またリベラル左派の旗印、ジョン・スノーも、「文明の衝突」と品のないツイートをして、「ヨーロッパの言論の自由への信念」に言及した。

パリ事件後の悲しみの中、偽善と大言壮語が蔓延している。もちろん、あの攻撃は計り知れない悪のなせる業であり、無辜の人々を無慈悲に殺したことは決して許されない。しかし、あれは本当に(ITVのマーク・オースティンいわく)「言論の自由を暗殺する企て」や、(スティーブン・フライいわく)「思想の自由の神聖性を冒す」行為だったのだろうか? あの犯罪(戦争行為ではない)は、不満を抱えた若者が実行したものだ。そして彼らの過激化の原因は、2006年と2011年にヨーロッパで予言者の風刺画が描かれたことではなく、2004年のイラクでのアメリカ軍による拷問を知ったことだった。

どうか冷静に考えてほしい。無制限の言論の自由を信じる者など誰もいない。私たちはみな、法と秩序のために越えてはならない一線があり、分別と慎みのために越えるべきでない一線もあることに合意している。私たちの唯一の違いは、どこでその線引きをするかなのだ。

あなた方は、例えば、ホロコーストを嘲る漫画を出版したことがあるだろうか? ない? では9/11の犠牲者たちがツインタワーから落ちる風刺画はどうだろう? なかったと思う(そう思うし、なくてよかった)。あるいは、オックスフォード大学の哲学者ブライアン・クラッグによる「思考実験」を考えてみよう。彼はこう書いている:1月11日のパリでの「団結の行進」に、『私はシェリフ』と書いたバッジをつけた一人の男が参加したとしよう。シェリフは「シャルリー・エブド」襲撃犯の一人のファーストネームだ。彼はさらに、殺されたジャーナリストを嘲る風刺画を描いたプラカードを掲げていたとしよう。「群集はどんな反応をするだろう? この孤独な男を、言論の自由のために立ち上がったヒーローとみるだろうか? あるいは心から怒りを覚えるのだろうか?」。彼が「生きて出られれば幸運」だとするクラッグの結論に、異論はあるだろうか?

はっきりさせておこう。ジャーナリストや漫画家を撃ち殺すことに正当性は一切ない。それは私も同意する。だが、人の神経を逆撫でする権利に責任が伴わないという主張には、私は同意できない。神経を逆撫でする権利は、逆撫でする義務になるわけではないのだ。

あなたが「私はシャルリー」と言うのは、シャルリー・エブドが黒人であるフランス司法大臣のクリスチャーヌ・トビラを猿として描くことの是認なのか? それとも、エドワード・サイードが草葉の陰で嘆きそうな、団子鼻のアラブ人の下品な風刺画の是認か?

レイシズムを風刺で攻撃するために、恥知らずな差別的イメージを生み出すのは、風刺の手法としてはかなり危うい。それに、元「シャルリー・エブド」のジャーナリスト、オリヴィエ・シランが2013年に述べているように、9/11以降あの雑誌は「徐々にイスラム嫌悪のノイローゼに支配され」、それが「権力中枢に何の影響力もない少数派の宗教信者」への攻撃を促進した。

これが、私がシャルリーになれないし、なりたくもない理由だ。むしろ私たちは、アフメドでありたいと思うべきだ。雑誌の存在の権利を守って殺害された、あのイスラム教徒の警察官に。小説家テユ・コールが言うように、「不道徳な言論の権利を、その内容に賛同したり、それを支援することなく、守ることは可能」なのだ。

それに、なぜあなたは明白なダブルスタンダードに沈黙を保っているのだろう? 2008年、「シャルリー・エブド」がベテランのフランス人漫画家モーリス・シネを、反ユダヤ的とされる発言を理由に解雇したのはご存知だろうか? デンマークの新聞ユランズ・ポステンは、2005年に予言者の風刺画を掲載したが、キリストを嘲った風刺画は「非難を呼ぶ」として没にしたとされ、また「いかなる理由であれホロコーストの漫画は掲載しない」と堂々と宣言したことにはお気づきだろうか?

イスラム教徒は、どうもキリスト教徒やユダヤ教徒の同胞たちよりも鈍感でなければいけないらしい。背景も重要だ。あなたは私たちに、予言者の風刺画を笑うよう求めながら、ヨーロッパ中のイスラム教徒への中傷や(最近ドイツに行ったことは?)、教育・雇用・公共生活に蔓延するイスラム教徒差別(フランスは特にひどい)を無視している。あなたはイスラム教徒に、一握りの過激派を言論の自由への実在する脅威として非難するよう求めながら、選挙で選ばれた政治指導者たちが言論の自由に遥かに大きな脅威を与えていることからは目を背けている。

あなたは気にならないのだろうか? 

アメリカのバラク・オバマは、ドローン攻撃に反対するジャーナリストのアブドゥレラ・ハイデル・シャイエが不当な裁判でテロに関与したとされ有罪判決を受けたとき、彼を収監し続けるようイエメンに要求していながら、言論の自由の流行に便乗しているではないか。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフは、2014年にガザで7人のジャーナリストを殺した国の首相だ。彼がパリの「団結の行進」に参加したことに、あなたは吐き気を催さないのだろうか? 

ネタニヤフと共に参加したドイツのアンゲラ・メルケルは、ホロコーストを否定すると5年以下の懲役刑を受ける国の首相ではないか。

イギリスのデビッド・キャメロンは、「民主主義の転覆」に加担したとして暴力に訴えていない「過激派」のテレビ出演を禁止しようとしているではないか。

あなたには読者がいる。彼ら読者に何かコメントはないのか? 2011年に行われた世論調査会社「YouGov」の投票では、戦没者追悼のポピーに火をつけた抗議者たちを起訴することに、82%が賛成している。

どうやら、腹を立てるのはイスラム教徒だけではないようだ。

敬具

メフディ

メフディ・ハサンはハフィントン・ポストUKの政治担当ディレクター、ニュー・ステーツマン誌の寄稿ライター。この記事はニュー・ステーツマン誌にも投稿されている。

この記事はハフポストUK版に掲載されたものを翻訳しました。