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デモに参加し、そして引き下がる。失敗?いいえ!

2015年04月08日 23時05分 JST | 更新 2015年04月08日 23時09分 JST

2015年3月、南アの多くの大学で、学生たちの人種差別への抗議活動がかなりの広がりを見せました。

発端は、私の娘も通う、ケープタウン大学に設置されている、セシル・ジョン・ローズ(Cecil John Rhodes、1853年7月5日 - 1902年3月26日)という、イギリスの政治家であり、その後南部アフリカで様々な事業を営み、ダイアモンドと金の採掘などにより巨額の富を得た人物の銅像を大学のキャンパスから撤去しろ、という要求からでした。

セシル・ローズは、"アフリカのナポレオン"と異名を取るほどの権力を有していました。彼の名を冠したローデシアという国もありました。現在、北ローデシアはザンビアに、南ローデシアはジンバブウェと独立し改名しています。ただ、現在も南アの著名大学の一つは、ローズ大学といい、彼の影響力の偉大さは推して知るべし、という感があります。

「神は世界地図が、より多くイギリス領に塗られる事を望んでおられる。できることなら私は、夜空に浮かぶ星さえも併合したい」と自分の著書のなかで豪語したことも有名です。

国際的な知名度としては、アメリカの元大統領、ビル・クリントン氏もその奨学生であったローズ奨学金の創設者でもありました。これは、生涯独身だった彼がその莫大な遺産のほとんどを英国のオックスフォード大学に寄付し、英国領あるいは米国のように英国に関係の深い国々からの優秀な大学院生にオックスフォード大学の大学院で学ぶための奨学金を捻出し続けているのです。彼のビジネスの中には、日本人に馴染みのある、ダイアモンド会社、デビアスもその一つです。

で、その人物の銅像がなぜいまこんな嵐の中にいるのか。

それは、彼が類まれなる人種差別主義者であったため、彼の銅像を自分たちの学んでいる大学のキャンパスに置きたくない、ましてやその名前を大学の名前としているのは、彼に代表される黒人を家畜のように扱った、植民地主義をいまだに肯定している可能性を示唆するからだ、という主張です。

最初、この抗議活動を聞いた多くの南アフリカに住む大人たちは、「なんで今頃?」と思ったのです。が、活動が多くのソーシャルメディアや既存のメディアで詳細を伝えられ始まると、学生たちの抗議活動への評価は、きっぱりと二つに分かれていきました。

多くの黒人系南ア人は、

「そりゃあ、そうだよ。言の発端を考えれば学生たちの主張が正しい」

多くの非黒人系南ア人は、

「彼の銅像を引きおろすんだったら、彼の奨学金の恩恵を受けた人間はそれを全部返還するんだろうな」

娘のショウコは、ケープタウン大学の三年生で舞台芸術を専攻しています。学生の人種の割合は?などという質問には、かなり"きっ"として、

「人種で友達のこと区分けしたことさえないよ。お母さん、それは不愉快な質問」

と言うほど、普段"人種"など意識しないで大学生活を送っている様子です。

が、前回の曾野綾子さんの記事を発端として、日本の新聞などにもインタビューされ、彼女の中にはやはり長い年月差別されてきた非白人系の友人に対する「申し訳ない」と言った気持ちが普段より強かったようなのです。

彼女からこんな電話がかかってきました。

「お母さん、私もRhodes Must Fall(ローズを引きづり落とせ)のデモに加わろうと思う。最初はあまり賛成できない、って思ったけど、やっぱり悪いことをして利益を儲けた人の銅像をそのままにしておくのは間違っている」

私は彼女にこうアドバイスしました。

「そうなんだ。でも、デモといっても暴力にだけは巻き込まれないように。学生の中の数人だとは思うけど、銅像に汚物を塗ったりしたって一般の人の賛同は勝ち得ない。自分の心が何を思うか、よおおおおく耳を澄ませながらデモに参加しておいでね。くれぐれも危険なことはしないように」

デモに参加するのはいいけれども、母として、娘が暴力の被害者になるのも、加害者になるのも避けて欲しいと思いました。

さて、こう送り出したとは言え、内心私は彼女のデモへの参加が本当に彼女の本心から出ているのかどうか、ある種の疑問を持っていました。どうしてかというと、彼女は幼い頃から、"Empathy"という「共感する心」が人並み外れて強く、周りにいる黒人学生の中のかなりラディカルな意見にひっぱられている可能性が高かったからです。

でも、若いうちに衝撃的なパワーの波に乗って、自分の意見をデモという形で表したり、議論をしたり、ということも絶対経験しておいた方がいいです。

同じケープタウン大学生で、将来法律家を目指す男子学生が、自分の将来に不利になるから、と言ってメディアに写真を撮られることを恐れて何日かキャンパスから遠ざかっていたそうです。これ、私からすると、「こじんまりしたヤツだ」と情けなくなります。過激なことを奨励するつもりはないのですが、若い頃から自分の不利有利ばかりを考えて送る生活って、結果はろくなことにならない気がします。

で、ショウコ、デモには二日間参加したようですが、その後、こんな電話がかかってきました。

「お母さん、デモに参加するのはやめた。みんな暴力的過ぎるし、他の意見を聞こうともしていない。これではいい結果はでない。たとえ銅像を撤去しても、幸せになる人なんてでてこないよ」

そうだよね、この電話は結構涙がらみで、彼女の中でこの結論に達するまでに、かなりの葛藤があったことがよく分かりました。

「ショウコ、いいんだよ。ショウコは自分の中で、最初は賛成してデモに参加した。でも、参加して、みんなと議論するうちに自分の中でみんなに賛成できない部分がよくわかって、それで参加するのをやめたんでしょう」

「うん、そうなの」

「でも、きっと、参加しているほかの人たちから非難されているんだよね」

「......そうなの。みんなショウコが何も分かっていないって言う」

「あのね、意見が対立するって、そういうことなのよ。でも、ショウコの心の奥にある"声"って、ショウコが今まで培ってきた経験とか、考え方とか、家族のあり方とか、いろいろなものの集大成だから、それにきちんと耳を傾ける、ってものすごく大切なこと。他の人の意見と違っても、自分が"これは違う"と思ったら、その声を大切にしないとね」

「うん、難しいけど、がんばる。私ね、いま、白いワンピースをずっと着ているんだよ」

「白いワンピース?」

「そう、白いワンピース。これはね、ショウコの願いなの。"PEACE"って意味なの」

ショウコさん、なかなかやります。が、仲間たちから見れば、彼女は"転向"したわけです。彼女がこれから先、どんなことに繋がるか、しっかりと見守っていきたいと思います。

ただ、私の意見も伝えておいた方がいいと思い、私の尊敬する、南アのフリーステート大学の副学長、ジョナサン・ジョンセン教授の書いた手紙を彼女に送りました。彼の手紙には私の考えていたことすべてが反映されていたからです。

ジョンセン教授は、これまでも人種差別の問題が起こるたびに、本当に理性的な判断を表明してくれていて、心が救われます。手紙の英語全文はここから。

手紙の大切な部分を抽出し要約します。

「セシル・ジョン・ローズの銅像を取り除いて、博物館にでも押し込んでおく、ということは、反教育的であり、反進歩的であるだけでなく、自分たちのことを否定すると同じことだ」

「真実は、私たちは全員がこの複雑で苦い過去に絡められている、ということだ。私も米国のレーガン大統領が進めた奨学金の恩恵者だ。レーガン大統領とアパルトヘイト政権の共産主義を打倒する、という目的のものだっただが、結果的には黒人弾圧にもつながっていた」

「これが歴史の持つ問題なんだ。皆がその一部なんだ。自分の祖先の中にさえ、特にメラニン色素が薄い祖先の中にはとんでもない人種差別主義者の汚らわしい人物がいる。そういった祖先のしたことに対して何らかのうっぷんを晴らしたいと思わないことはない、でも、それをするということは自分を否定することにもなる。そして、そいつらからの恩恵を受けていない祖先をも巻き込むことになる」

「そうだ。セシル・ジョン・ローズの銅像は、南アの主要な大学のキャンパスの目立つ場所にあるべきではないかもしれない。が、彼をこの国の歴史から排除すべきではない。彼の残した複雑で混乱した遺産を自分たちとの関係をも含めて、どう再認識していくか、という議論が必要だ」

「そして、この最認識の作業には、別の厄介な疑問に解決しなくてはいけない。それは、21世紀の現在を生きる私たちの価値観で、19世紀に生まれた人を判断することが、正しいかどうか、ということだ」

「100年前英雄たちの中には、女性や少数民族をまったく顧みなかったヒーローたちがいる。100年前はそんな時代だったのだ。アフリカの王の中には自らの手でいくつものコミュニティーを殺戮した王だっている。が、現在、その王は歴史的に輝かしい位置を享受している。おぞましい? その通り。でも、それだけで歴史の記憶から排除されるべきなのか? いや、それも違うんだ」

2015年4月現在、ケープタウン大学は、セシル・ジョン・ローズの銅像を現在の場所から移すことに合意しました。クワズール大学では、キャンパスにある、キングジョージの銅像に白いペンキがかけられ、放置されたままです。ローズ大学では大学名の変更が検討され始めました。

南アフリカはまだまだアパルトヘイトの傷跡を深く深くそのうちに抱える人々が暮し、学び、働き、そして生活している国なのです。

そのまっただ中で青春を送る日本人のショウコです。最初どんなに「これだ!」と思って、動いたとしても、途中でね、心の底の深くて、遠いところにある、「う~ん、なんか変」という声に気がつくことってあるのです。で、それを聞いて、それをまた行動に反映させるって、勇気がいることです。もしかしたら、なかなかできることじゃないのかも知れません。でも、「一度決めたら絶対に変更しちゃいけない」って、ありえないです。人生って、そんなに単純であるわけがないのです。

デモに参加し、そして引き下がる。大丈夫、大丈夫。行動してからする反省の方が、何もしないで批判だけしている人より、ずっと、ずっといい、とラディカルな母親は思い、転びながらでも行動を起こす娘を応援するのです。

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尊敬するジョナサン・ジョンセン教授。南ア人種関連機関の会長でもあります。

(2015年4月8日「空の続きはアフリカ」より転載)