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アスペルガー症候群と共に生きる、画家 桐本晶観の制作における集中力について

2013年11月28日 00時47分 JST | 更新 2014年01月27日 19時12分 JST
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画家

桐本 晶観

2013年11月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

先日開催されました現場からの医療改革推進協議会第8回シンポジウムに飛び入りでご参加させて頂きました、画家の桐本晶観と申します。

その折お話させて頂きましたことお伝えさせてくださいませ。

一年半程、声が出ず筆談でしたが、二ヶ月前より、少しずつ話せるようになりました。お聴き苦しいところは、御容赦くださいませ。

私は幼少の頃より、敏感で物心つく頃には、体の震えや、全てを瞬時に感じたり、様々な症状がありました。

忘れもしません。小学2年生の頃、突然ほとんどの勉強が分からなくなり、絵を描くことだけは好きでしたが、人の話していることが早口のように頭を通りすぎて行きました。

何が起きているのか、敏感さや、震え、頭の中に電気が走る感覚、声が出ずらくなったり、体が左に傾いたりと、気が狂わんばかりの思いでした。

学校の先生や両親に分かると 、おかしいとおもわれる。子供心に必死で隠し、震えは息を止めたりして、押さえてました。

時は流れ、数年前当時小学2年生の息子が、4月に突然夜になると、泣いて暴れだし、まるで昔の自分を見ているようで、パニックになりました。

原因は、宿題の多さと、内容についていけないことにありました。

松山日赤病院副院長、小児科小谷信行先生を御紹介頂き、初めての診察の時です。

先生は息子を診るより、私のかすかな震え、所作を御覧になり、

お母さん、今まで辛かったね。よく生きてきた。もう大丈夫だよ。息子さんも、お母さんも大丈夫!

その御言葉に私はその場に泣き崩れました。

様々な御診察を経て、息子と共に、アスペルガー症候群と告げられました。幼き頃よりの苦しみの原因が分かった安堵感と同時にショックでした。

それはまるで、コインの表と裏のようでした。

授かりし我が子に、我がさだめを教えられるとは、思いもよりませんでした。

その頃、私は墨絵の絵本を出版し、関を切ったかのことく。まるで龍が解き放たれたごとく、集中力が増して行くのを感じていました。

障害を受け入れ、人生を歩む時期と重なるように。

ある時、雲母と呼ばれる石の粉に出会い、その石の粉を指先に乗せたとたん、全身が光で包まれるようでした。光に反射して、キラキラ光る世界。まだ何も描いてないのに、新しく生まれる絵が、眉間にまるでフラッシュのように映りました。

それからは、独自の技法で、雲母、水晶、墨絵、和紙を使って作品を制作しています。

和紙を、水に浸し、雲母、水晶、墨を刷毛で何時間もなぞっていきます。

この時の力加減は、研ぎ澄まされた空間の中でしかできません。

フレスコ画も、漆喰が乾くまでが勝負のように、私の技法も、和紙に含まれる水分、雲母、水晶、墨が乾くまでの勝負です。

その為、水分を取り、お手洗いに行く以外は、何時間も刷毛を動かし続けます。その時間の中で、和紙の繊維に、雲母、水晶、墨が入り、まるでこの世界に光が出現するがのごとく、作品が生まれています。

すさまじい集中力で、終わったらへとへとになりますが、涙が溢れ、生かされているという思いになります。

一つの制作の波が来ると一気に、何十点も描いて行くので、一週間から、十日がげんかいです。

作品を 描くときは、こうしよう、ああしよう、という意図はなく、作品に命が宿るごとく完成していきます。

私がどのようにして、集中状態に入っていくのか。

絵を描く前、二時間程、音楽を聴いたり、体を動かしたりしていきます。

しばらくすると、全身全霊で全てと繋がっているような、意識の奥へ、奥へと入る感覚になり、皆さんや、生きとし生ける全てが愛しい。溢れんばかりの思いが、全身からでてまいります。

その波が過ぎ去ると、今度はとても静かで、暖かくも、つめたくもない、何もない場所にいるような、別の空間にいるような感じです。

つかまる物が何もない。ただ一人、凄まじい孤独感が訪れ、まるで刃物の上を歩いているような、ギリギリの生と死の狭間にある、研ぎ澄まされた世界。

その時、まるで合図のように、声なき意識で感じるのは、

晶観、さあ行こう。君の世界へ

その頃には、震えや体のこわばりはなく、安らいだ状態になっています。

そこから、ただ、ただ無心に刷毛を動かし続けます。

これが、私の集中状態です。

障害と呼ぼうが、個性と呼ぼうが、特性と呼ぼうが、このように生まれたことに変わりはありません。

苦しいことも多いですが、喜びも沢山あります。

私は作品を生み出す度に感じます。

障害があっても、なくても、どんなことあっても、この世界の人々はつながっていて、泣いたり、笑ったり、生かされている。

大好きなこと、こだわりのあること、それは、等しく天からの贈り物のように思います。

お一人、お一人、皆様素晴らしい個性を持って、キラキラ輝いている。

私は、絵を描くことを通して、皆様のお心に、何か感じて頂けましたら幸いです。

最後になりましたが、この場に御縁を頂きました、東京大学特任教授の上 昌広様、シアターテレビジョンTV局浜田麻記子社長様、社員の皆様、支えてくださる皆様に、心から感謝をお伝えさせてくださいませ。

本当にありがとうごさいました。

このように皆様の前で、私のお話をご清聴頂き、生まれて初めての貴重な体験をさせて頂きました。

とても緊張しましたが、つたない私のお話を皆様、暖かく見守ってくださり、心より感謝を申し上げます。

<略歴>桐本 晶観(きりもと・しょうかん)

1966年愛媛県松山市生まれ。

受賞歴:第27回パリ国際サロン・ドローイング部門入選、第45回スペイン美術展入選、第2回新エコールドパリ浮世絵パリ展・ドローイング部門入選

作品、ライブパフォーマンスの様子はコチラからご覧いただけます。

(※この記事は2013年11月26日発行のMRICVol.289「アスペルガー症候群と共に生きる、画家 桐本晶観の制作における集中力について」より転載しました)