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集団的自衛権とウィメノミクス――浦島花子が見た日本

2014年07月22日 16時56分 JST | 更新 2014年09月20日 18時12分 JST
朝日新聞社

先日のニュースでみた写真には、なんだかとてもうれしそうな顔をした女性たちが安倍首相を囲む姿が映っていた。「安倍首相、次はウィメノミクス 国際女性シンポ開催へ」というヘッドラインと一緒に並んだあの写真の中の女性たちは、最近よく聞く「女性の活用」とか「輝く女性の活躍推進」という言葉にのせられたサクラなのか、それとも本当にアベノミクスに希望を抱く人たちなのか。

日本の有名人をよく知らない浦島花子は、あの写真の中にも有名人がいたのかいないのかも知る余地はなかったが、とにかく写真の中の女性たちは、みんなとても素敵で華やかに見えた。

私の勝手な想像では、きっと彼女達はものすごい努力をしてそれなりの地位を得てきた人達なのだろうとか、きっと彼女達の中にも、女だからというだけの理由で仕事と家庭の両立を強いられたり、または夫の「協力」を得て家事と子育てをしてきたという人もいただろうということだ。

その思い込みを基にして考えると、どうしてそんな「できる」女性たちが、安倍首相の周りでサクラとなれるのだろうという疑問が浮かぶ。

思い出してほしい。残業代ゼロなど企業のブラック化を斡旋するような対策を打ち出していたことを。対象にされるのは男性だけではないはずだ。また、家事は夫婦で共に担うという概念なくして、外国人を使えば女性も仕事がしやすくなるだろうという浅はかなアイデアの打診者である。どうやったらそんな人の言うことを信じ、その周りで嬉しそうにほほ笑むことができるのだろうか。

それとも、あの写真の中の女性達はお金には困っていないから、お手伝いさんを雇いたくても雇えない家庭や、待機児童となったわが子の預け先を、本質のわからないネットのベビーシッターにすがるしかない一人親家庭の事情がわからないのかもしれない。

どちらにせよ、あの写真の女性達は、アベノミクスを推し進める手段として利用され、首相が意図するところまできたらあとは捨てられるのだろうか。

いつもの手口である。ヤジ議員も、泣き虫議員も、票をもらう前は友達の振りをするが、その後は「あなたのことは知りません」と言わんばかりに、自らの不祥事で支持者の顔に泥を塗る。

漢字に弱い浦島花子は、「集団的自衛権」の読み方が頭にキチンと登録されるまでは「しゅうだんてきじけつけん」と読んでいた。本質的には間違っていなかったと自己肯定しているが、集団的自衛権と同時に「女性の活躍推進」という言葉でもって、既に仕事と家事と育児のトリプルワークの女性を将来もっとこき使うために、今グラウンドワークを始めることには大きな関連があるように思う。

私は子どもの頃、今は亡き祖母からよく戦争中の話を聞いた。そして転校した小学校では、平和教育として原爆のドキュメンタリーや戦争体験者の話を聞くなど、10歳の子どもにはとても恐怖に満ちた平和教育を体験した。おかげで私は、戦争では罪のない人がたくさん殺されることを知り、一部の人の利益のための戦争に、罪のない人々を戦場に送った人々が死なないことも知った。そして、戦後の影響は世代を超えて影響を及ぼすことも。

そんな話の中で印象強いのは、戦場へ駆り出された男性たちに残された家族を必死に守り、「欲しがりません、勝つまでは」というスローガンに打ちのめされながらも一生懸命生きた母親達だ。

歴史は繰り返される傾向がある。今から女性を社会にもっと出して働かせていれば、「緊急事態」で一定の年齢男性に赤紙が届いた時、それまで男性がやっていた仕事も継続していけるというわけだ。召集令状で父親がいなくなった家を、残された母親が守るように。

当然、徴兵制となったら駆り出されるのは元気な18歳から30代くらいだろうか。キャリアもこれからという人々であろう。その穴埋めのために、今から女性が訓練されるとなると、「輝く女性の活躍」とはいうものの、女性の地位はあくまでも管理職男性の下にあると、最初から位置づけられているとも考えられる。

それは2020年までに公務員やその総合職の女性の割合を30%まで増やすという、目標の低さからも伺える。どうして50%ではないのか? もちろん、たった6年間で公務員の半分を女性にするのは不可能かもしれない。それ以前に、男女共に今も日本に根強い「男女の役割」に対する意識改革と社会体制改革が必要なのだから。

この目標の低さは、女性に地位を譲りたくない態度の表れでもあるだろう。女性が政権の半分を占めたらどうなるかが怖いのだ。現在君臨しているおじさん達やその座を目指しているおじさん達にしてみたら、将来の地位を脅かされることになるからだ。

「輝く女性の活躍」のためのウィメノミクスも、根底にあるのは、男性の、いや腹黒い支配者たちの将来の利益の為だけなのだろうと、悲観的な浦島花子は思う。

女性が(男性も)その人らしく活躍することを望む一方、大きなお世話かもしれないが、権力者にチヤホヤされることによって使い捨てされることがないように、今、そしてこれから輝く女性達に、賢くあって欲しいと願う。