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「せたがやYES!」の力で、第2ステージのスタート

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時事通信社
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さきほど、世田谷区長選挙の当選確実の知らせが飛びこんできました。 前回は、東日本大震災と福島第一原発事故直後の区長に4月になって立候補を決断、短期決戦で当選をしました。保守陣営が二陣営に分裂、民主党、共産党も候補を立てる選挙でした。今回、世田谷区長選挙に立候補したのは2人のみ、文字通り一騎討ちの選挙となりました。

自民党は3月中旬に候補者を擁立しました。一昨年の秋から「必ず擁立する」と言われていたにもかかわらず、相手候補不在の時期が続きました。それでも、候補が決まると各種団体を総まとめにして、素早く陣形をつくる点は見事なものです。当初、態度が定まっていなかった公明党が告示日の前日に推薦決定をするなど、短い期間に相手側の体制も出来ていったようです。

私は、「草の根・区民党」を前面に出してたたかいました。たしかに一騎討ちは、「与野党対決」の構図にも見えましたが、政党の枠にとらわれずに幅広く政策を進めてきた以上、あくまでも「4年間の実績とこれまでの政策展開」に対しての区民の信任の可否が争点だと考えていたからです。政党には、推薦や支持を求めませんでしたが、自主的応援をしてもらいました。選挙戦では民主党、日本共産党、世田谷・生活者ネットワーク、社民党の各党に応援してもらいましたし、無所属議員候補もつながってもらいました。

選挙事務所に集まってきたのは、ふだんは顔をあわせることのなかった区民、ボランティアの人たちです。選挙戦前半には、電話がけなどの調査から相手陣営が支持を拡大して、迫ってきているという情報も流れて緊迫しました。ただし、危機感が拡がって事務所に集まるボランティアの皆さんの数も一挙に増えました。

選挙の後半になると、子連れのママたちがどんどん街頭に出てきてくれました。福島第一原発事故直後に放射性物質の計測体制を次々と実施したり、子ども・子育て・教育予算を区の支出の4分の1まで引き上げて、10年前の約350億円から、711億円と予算を倍増させたことや、「子ども・子育て応援都市宣言」をしながら、さらなる充実をはかるとした姿勢に共感してくれたのだと思います。

キャッチコピーは「せたがやYES!」としました。その心を次のようにチラシに書きました。

「『せたがやYES!』には私たちの住んでいる世田谷区を、もっとよくしようという思いをこめています。競争と不信が渦巻く中、地域にホッとできるコミュニティがあることで人生はもっと豊かになると思います。住民による、住民のための自治体運営を育てるために、あなたの力が必要です」

政治とは、社会をよりよく改善する仕事です。そのためには、あれもこれもダメという否定からは、新たなスタートはありません。街頭でも「いいまちをつくろう」「一緒に力をあわせよう」「世界に発信する世田谷をつくろう」と呼びかけました。区民党の共通フレームでした。

 私にとっては、4年間の区政運営の評価・信任を得ることが出来るか、出来ないのかという選挙でした。従って、政策をまとめるのも、世田谷区の長期ビジョンとして作成した「世田谷区基本構想」(2013年9月)、さらに、行政の10年計画である「世田谷区基本計画」(2014年3月) をもう一度ひもといて検証し、再整理をかけました。つくったばかりの計画を土台に、次のように区長選挙に向けた「4年間の政策と実績」をまとめ、さらに「基本政策」をつくりました。

今回は、新たなスタートライン、第2ステージにのぼることが出来ました。朝日新聞デジタルで続けてきた『太陽のまちから』を、ハフィントン・ポストに場を移して継続していきます。今回の特別報告に続けて、また来週お会いしましょう。