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ゴシップ誌の皆さんへ「私は整形していません。どうしたら...」

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RENEE ZELLWEGER
Actress Renee Zellweger arrives at the Metropolitan Museum of Art Costume Institute Benefit celebrating the opening of the "Schiaparelli and Prada: Impossible Conversations" exhibition in New York May 7, 2012. REUTERS/Lucas Jackson (UNITED STATES - Tags: ENTERTAINMENT FASHION) | Lucas Jackson / Reuters
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私は幸運です。クリエイティブな人生を選び、意義を感じられるような、満足のいく仕事をするチャンスに恵まれた存在ですから。

ただそれには、有名人として生活に代償がともなう価値があります。屈辱を甘受する時もあれば、沈黙することでより大きく問題が広がり続ける時もあります。

2014年10月、あるゴシップ誌が、私が眼の手術を受ける予定だと報じました。

報道はどうでもよかったんです。ゴシップが毎日生み出す大量に積み上げられたネタ話がひとつ増えただけ。ゴシップは、搾取的な見出しや、インターネット上の匿名の人々によって加速するものです。

ゴシップ・ジャーナリズムは、その混沌やゴシップを呼び起こして大衆に伝えられるスキャンダル、そして、その結果(著名人が)受ける屈辱によって利益を生み出します。その利益のために、真実はとり残されてしまうのです。

私は、スキャンダルを商売をしている人々に、自分自身を説明することが尊厳がある行動とは思えません。くだらないエンターテイメントで、無意味で……説明する意味が分からないのです。

しかし、現代のカルチャーには、ゴシップがテレビで放送されることで、プライベートと引き換えに注目を得されたい人もいます。一方、プライバシーを大事にしたい人には、不誠実、嘘つきといった目が向けられるようです。『彼女は否定しています』というコメントによって、ゴシップが「暴露した真実」という名の“架空の話”を広めるのです。

もし、取るに足らないゴシップ記事がエンターテインメントとして広まり、主要メディアにおいても、重要なニュースに置き換わったらどうなるでしょう?

今これを書いているのは、誰かに批判されたり、批評家に演技を批判されたりしたからでもありません。彼らの理想的な外見は、16年前に生まれた映画のキャラクターなのでしょう。私は、もはやその基準には合いません。

私が書くのは、抗議するためではありません。外見に関する社会的圧力に屈すると、人の価値や仕事上な貢献はなぜか弱められてしまうのです。しかし理由が何であれ、他人から決められることではありません。自身の体に関する決断は個人の権利だから、これを書いているのではありません。

私は、自分自身に公平でありたいから書いています。自分の人生について、主張しなければならないときもあります。憶測が真実に変化するゴシップを目のあたりにするのは深刻な問題です。例の「目の整形」記事自体は問題ではありませんでしたが、これが自己受容、年の重ねかた、外見についての社会的圧力に屈服する女性の関する報道の過熱したことが私を奮い立たせました。私の考えでは、ゴシップが報道の一部分に発展してしまったことは問題だと思います。

どうでもいいことですが、私は顔の整形や眼の手術はしていません。この事実に意味はありませんが、(私が整形している)可能性がジャーナリストたちに取りざたされること自体が、ニュースとエンターテインメントの混同であり、体に関する社会の固定観念を助長するものです。

女性の価値が外見で測られてきたのは、歴史的にも明らかです。私たちの社会は、女性の社会参画を認めて発展してきましたし、様々な分野で女性がリーダーになることを当然のように考えていますが、私たちの貢献度を小さく見せるダブルスタンダードはいまだに残っています。そのダブルスタンダードはいまもなお広がり続けて、毎日ゴシップ記事となって私たちの目に入ってきます。

痩せすぎ、太りすぎ、年相応の外見、黒髪の方が似合う、太もものセルライト、美容整形のスキャンダル、薄毛になってきた頭、妊娠したのか、ひどい靴、醜い脚、ブスな笑顔、汚い手、変なドレス、下品な笑い方……など。強調する見出しは、人の価値を決めつける力があります。私たちは全員、社会的に受容され、職業的にも価値があると思われるために、つらい冷やかしから逃れようとします。そのメッセージは、若い世代の間で、同調性、偏見、平等、自己の受容、いじめ、そして健康に関する無数の問題を引き起こしています。

女性の価値が外見で測られてきたのは、歴史的に明らかです。

オンラインニュースが繰り返す屈辱的な放送、意地悪な決めつけ、偽の情報は有害です。

ゴシップのせいで、重大な時事ニュースの報道時間はますます削られています。ゴシップは、私たちの文化を飽和させ、浅はかなダブルスタンダードを拡散し続け、社会的・政治的な対話のレベルを低下されるのです。

もし、取るに足らない記事や決めつけ、誤解の数々が、教養のないエンターテインメントとして留まり、主要メディアで報じられるようになったらどうなるでしょう? もし、私たちが何かを選択することや、どの主張を信じるかについて、もっと注意深く考えられるようになったらどうなるでしょうか。

私たちは、もっと次のことを話し合えるのではないでしょうか。

なぜ私たちは、外見やキャラクターを攻撃されて、その人が貶められる瞬間を目のあたりにすることを求めるのでしょうか。その結果、若い世代に悪影響を与え、フィクションを信じる人々にとって深刻な結果を招く危険性があります。

現実の社会問題や、どうしたら人々の生活がより良くなるかについて、私たちはもっと話し合えるのではないでしょうか。

ハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。