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岡田克也元外相の「毒入りギョーザ事件結審」発言について

2013年08月02日 00時06分 JST | 更新 2013年10月01日 18時12分 JST

民主党の岡田克也議員がかつての外相時代を振り返って「毒入りギョーザ事件結審―日中の食の安全のため外相時代に注力」というブログ記事を書かれていたので、これについて少し。

1 記事の紹介

議員は当時の情勢として、「当時の日中関係は比較的良い状況だったと思います」と述べた上で、いわゆる「毒入りギョーザ事件」について、議員は「私が外務大臣として特に力を入れて取り組んだ問題の1つ」としています。

中国外相と議論したときも、「客観的に見て、これは中国で毒が盛られた可能性が高い」ということと、「こういう問題をきちんとしないと、中国の食品に対する日本国民の心配は益々高まって、それは中国にとっても決して良くない。」と述べられたそうです。

「したがって、徹底的な捜査、そして、その捜査結果に基づいた司法的な手順を尽くすべきだ、ということを強調した」ともしています。

「お互いメンツの問題もあって、この問題はなかなか進まなかった」としながらも、「やがて、中国政府が被疑者を逮捕」したこと、「最終的に結審に至ったということは、私は、中国側の努力に対しても多としたいと思います」と述べています。

そして悪いことばかりではなく、「この事件をきっかけに、より前向きな話として、日中間で食品の安全について協議する場もでき、双方向で食品が輸出入される際の安全性の確保について、より厳しいルールが定められたということもありました」としています。

2 意見公表

昔から欧米だと政治家が回顧録を書くことがあり、当時を振り返って、こういう考えで、行動をしたのだという話を後で聞くことがありました。

しかし、現在ではネットの普及により自分から意見を述べることができるようになったので、橋下市長などが典型ですが、現在のことについても自分から説明を行うことが可能となっています(橋下市長の大阪市立桜宮高校の入試中止に関するコメントについて橋下市長が慰安婦問題について会見した意義)。

個人的はこうした傾向は大変良いことだと考えています。というのも、どうしてもマスコミを通すと編集などの問題があり、本人が話した内容をどこまで正確に伝えているのか検証したうえでないと、信用できないとう問題があるからです(パソコン遠隔操作事件容疑者の再逮捕と情報の公開)。

自分から発信したものについてはそうした問題は生じません。むろん誤解を与える書き方という話はあるでしょうが、それは発表した本人の表現の問題であり、自己責任の問題に帰結できるかと考えます。

3 自己主張

ただ、何事にも長所と短所があるように、この問題についても、良いことばかりでないのは言うまでもありません。

おそらく最大の問題は行為者が自分の視点から書いたものなので、どうしても自分に都合の良い話が多くなるということです。

例えば、最近話題になることが多い『終戦のエンペラー』の主要人物マッカーサーが書いた回顧録についても、史実すら変えているところがある等、意図的な改変としか思えないところがあったと記憶しております。

4 対中印象悪化

実際、この「毒入りギョーザ事件」については相手側のあることであったとは言え、正直もう少しうまく交渉ができなかったのかというのが私の偽らざるを得ない思いです。

確かに元記事にあるとおり、「メンツ」の問題もあったでしょうが(今回の「反日デモ」のまとめのようなもの)、頑強に否定する姿は中国に対する印象を悪化させました。それだけでなく、こうした中国に対して強くでることができない民主党政権に対しても批判が強まったと考えています。

こうしたことを見ても、典型的な民主党の政策で、「中途半端」でしかなかったというのが私の印象です。ある程度相手をおだてて融和策をとるか、反対に強硬策をとるかしていれば、少なくとも対中印象、対民主党印象のどちらかはそれほど悪化しなかったと考えます。

5 最後に

政治は結果責任なので、こうした結果をして、「特に力を入れて取り組んだ問題の1つ」と言われても私は評価しません。

何度か書いておりますが民主党は理想を掲げすぎたところがあり、虻蜂取らずになってしまった感が否めないと思っております(細野幹事長と民主党と理想論)。

外交も同じで、全てと仲良くなどというのが無理な以上は、時には切り捨てる分野も出てくるのはやむを得なかったのではないかと考えます。

(※2013年8月2日の「政治学に関係するものらしきもの」より転載しました)