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なぜ「富の再分配」は必要なのか?

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社二病の女性が行きたがるような店で、大学時代の友人たちとシャンパンを飲んでいた。インカレサークルで知り合った、私よりもはるかにレベルの高い大学を卒業した人たち。社会の第一線で活躍している彼ら/彼女らは、フォークさばきも鮮やかに皿のうえのテリーヌを片付けていた。

「あなたは社会的に『強い人』でしょう?」

見慣れない料理と格闘しながら、私は(お醤油とマヨネーズが欲しいな......)なんて考えごとをしていた。だから、自分に話しかけられているとは気がつかなかった。

「それなのにブログでは、弱者に優しいというか、再分配的な政策を支持するようなことを書いているよね。どうして?」

「......へ?」

「あなたは社会的強者なのに、どうして富の再分配を支持するの?」

気づけばテーブルの全員が、私のことを見ていた。この場にふさわしい話題でも、楽しい話題でもないと思った。

だから私は、無理やり話題を変えようとした。

「べつに支持してるってわけじゃないよ」と笑ってみせた。「ところで、このスープ美味しいね。まるで太宰治の小説に登場するスウプみたいだ。ハハハ......ハ......」

その場にふさわしい話題でも、楽しい話題でもなかった。

     ◆

「あなたは社会的強者なのに、なぜ富の再分配を支持するのか」

この質問は、3つの誤解をはらんでいる。

1.誰のために格差是正をするのか

まず第1の誤解は「富の再分配は誰のために行われるのか」についてだ。

再分配的な政策とは、税制や社会保障などを通じて、高所得者から低所得者へとカネを流すような政策のことをいう。たとえば所得税、住民税、社会保険料などは、収入の多い人ほどたくさんカネを払わなければならない。一方、たとえば健康保険は、健康で収入の多い若者よりも、収入の少ない老人のほうがたくさん利用するだろう。行政のサービスのほぼすべてが、原理的には再分配的な側面を持っている。

再分配的な政策は、貧乏人にトクをさせ、カネ持ちに損をさせる。だから「格差是正を支持するのは貧乏人だけ」だと考えてしまいがちだ。

しかし、だ。

社会的強者だからといって、再分配的な政策に批判的とは限らない。格差是正を訴えるのが弱者だけとも限らない。

そもそも社会福祉は、ヨーロッパの知識階級が旗を振って拡充してきた。知識階級とは、中流以上の生活を営む人々 ── つまり社会的強者だ。社会的に強い人にもメリットがあるからこそ、所得格差の是正は制度化され、実現されてきた。

格差是正は、低所得者への「施し」ではないし、貧乏人の「略奪」でもない。

富の再分配は、社会全体にメリットをもたらす。でなければ、絶対王政や身分制度のように、とっくの昔に廃止されているだろう。

では、格差是正のメリットとはどんなものだろう。

2.治安の改善

第2の誤解は、身を守るためのコストを見落としていることだ。

社会福祉の歴史は、貧困層の暴動をいかに抑えるかという治安維持上の要請から始まった。中世までは、貧困者の支援はもっぱら宗教団体が行っていた。しかしルネサンスと宗教改革により教会のちからが弱まると、行政は街に溢れ出した貧民の対策に追われることになった。以降、貧困層の暴動とそれを抑えるための社会福祉制度の拡充、中流層の反発と制度の縮小、そして再び貧困層の暴動......というサイクルを繰り返しながら、再分配的な政策は発展してきた。

失業は怠慢の結果であり、貧困はその罰だと見なされがちだ。しかし20世紀の2度の大戦中、失業者は潜在的な労働力だと見なされるようになり、社会福祉制度が世界各地で拡大された。また当時の西側諸国の施政者は、「資本主義は共産主義よりもすばらしい」ことを示す必要に迫られていた。これも社会福祉の充実には追い風になっただろう。格差を放置すればいつ共産主義革命が起きてもおかしくない:当時はそういう時代だった。

現代日本では、暴動や革命が起きるとは考えにくい。

しかし、貧困を放置すれば治安が悪化するのは、いまでも同じだ。これはシムシティでも再現されているぐらい一般的・常識的な現象だ。

貧困者を貧困に押しとどめていると、やがて治安は悪化し、社会情勢は不安定になる。貧乏人は犯罪者予備軍だと言いたいのではない。世の中の犯罪者予備軍たちが、貧困に陥ると顕在化するのだ。

たとえば日本では「高齢犯罪(グレー・クライム)」が増えている。高齢者人口の増加よりもはるかに高い割合で、高齢の犯罪者が増えているのだ。充分な年金を受け取れない貧困者が、万引きやスリといった軽犯罪に手を染める。

高齢者なら、体力的にも軽犯罪が限界だろう。しかし格差が拡大して貧困が広がれば、より若い年代の貧困層が増える。そして、強盗などの凶悪犯罪も増えるはずだ。

貧困は犯罪を生む。しかし、本当は格差が犯罪を生むのだ。なぜなら「貧困」の度合いは、時代や地域が違えば変わるからだ。かつては栄養失調が貧困の象徴だったが、現在の先進国では貧困層のほうが肥満率が高い。治安を悪化させるのは絶対的な貧困ではなく、相対的な貧困:つまり格差だ。

自前の警備員を雇い、防犯カメラで家を囲み、特殊な錠前でドアを固める。外を歩くときはスリやかっぱらいに警戒する。そんな世の中で暮らすのと比べたら、再分配的な政策のための税金なんて安い出費だ。

3.経済情勢の改善

第3の誤解として、再分配的な政策が健全な経済成長に必要なことを見落としている。

たとえば景気が悪化すると、就活生の「大企業志向」が強まるという。将来の生活に不安がある状況では、誰もがリスク回避的な選択をするようになる。起業を増やし、イノベーティブな産業を振興するには、なによりもまず「失敗しても平気だ/なんとかなる」という安心感がなければならない。

私は、ケインズ的な財政出動 ── 大型の公共投資 ── には懐疑的だ。最近では「クールジャパン」のイマイチさがネット上で話題になっていたが、行政は消費者の求めるものを見抜くのが苦手なようだ。自由な市場だけが、私たちの求めるものを提供できる。

したがって、わけのわからない組織や団体に税金を注ぎ込むぐらいなら、再分配的な政策を整備したうえで自由な経済活動を行わせるほうがマシだ。起業を活性化させて、革新的な経済を実現するために、セーフティネットは欠かせない。再分配的な政策は、弱者への施しではない。この世界の将来のための投資だ。

また、格差を放置したまま無理やり経済成長を目指すと、経済は著しく不安定になる。大規模な借金踏み倒し(デフォルト)と突発的な不景気のリスクにさらされる。経済成長をカネの流れの側面から考えてみよう。

経済が成長すると、大雑把に言って、世の中を流れるカネの総量も増える。去年よりもたくさんのカネが使われて、あなたの財布にもたくさんのカネが流れ込んでくる:これが、経済が成長している状態だ。

では、あなたの財布に流れ込んだカネは、いったいどこから来たのだろう?

あなたが得たカネは、誰かの使ったカネでもある。サラリーマンでは実感しづらいが、誰かの消費したカネが巡り巡ってあなたの所得になっている。では、その「誰か」は一体どうやってカネを得たのだろうか。言うまでもなく、また別の誰かから受け取ったのだ。

ここまで考えると、1つの疑問が生じる。

上記の例では、世の中のカネの流量は一定だ。お互いにカネを交換しているだけでは、カネの総量は増えない。したがって、経済は成長しないし、あなたの財布に流れ込むカネも増えない。

ところが現実の世界では、事情が異なる。世の中のカネの流量が増える割合を「インフレ率」と言うが、多くの国では年2%ほどのインフレ率が望ましいとされている。現実には、カネの流量は増えているのだ。

では、このカネはどこから来たのだろう。

答えは、「借金」だ。

たとえばあなたが、銀行に1000万円を預金したとしよう。銀行はこの預金を元手に、誰かに500万円を貸したとしよう。さて、世の中のカネの総額はいくらになるだろうか。銀行が誰にいくら貸そうと、あなたの預金口座の残高は変わらない。1000万円のままだ。しかし一方で、銀行から借り入れをした「誰か」は500万円を自由に使うことができる。つまり、世の中のカネの総額は実質的に1500万円になっている。カネが増えている。

500万円を借りた誰かは、やがて利子をつけて銀行にカネを返すだろう。では、利子のぶんのカネはどこから生まれたのか:ご推察のとおり、ほかの誰かの借金として生み出されたカネが、巡り巡って返済時の利子になる。

世の中を流れるカネのほとんどは、誰かの「借金」によって増える。

つまり経済が成長している状態とは、借金が絶え間なく融資され、絶え間なく返済されている状態だと言える。「カネを借りる→返す」のサイクルが遅滞なく健全に続いている状況こそ、経済が成長している状態であり、望ましい姿だ。

逆にいえば、このサイクルが途絶えるとヤバい。

カネを返せない人が増えれば、経済は成長しなくなり、不況に陥る。

その極端な例が2008年のリーマンショックだった。2005年〜2006年ごろ、米国は空前の好景気に湧いていた。ところが2007年から景気にかげりが見え始め、2008年の秋に大規模な金融危機と世界的な不況をもたらした。この景気動向の背景には、「サブプライムローン」があった。

サブプライムローンとは、米国の低所得者向けの住宅ローンだ。本来なら住宅ローンを組めないほど低所得な人々とって、まさに夢のような金融商品だった。

誰か1人にカネを貸した場合、踏み倒されるリスクが付きまとう。しかし100人にカネを貸した場合、100人全員から踏み倒される確率は低いはずだ。また、誰か1人に対して多数の人からカネを貸せば、借金を踏み倒された場合の貸し手1人当たりのダメージは小さくなる。これがサブプライムローンの基本的な発想だ。債権を細かく切り分けて、混ぜ合わせれば、踏み倒されるリスクは減る。

こうして低所得者層の人でも利用できる住宅ローンが発明され、大々的に販売された。誰もが家を買えるようになったため、住宅価格が高騰した。この住宅価格の値上がりを背景に、米国の格付会社はサブプライムローンに高い評価を与えた。もしも債務者が資金難に陥っても、住宅を転売すれば売却益でローンを返済できたからだ。そして、サブプライムローンはますます積極的に販売され、それが住宅価格を高騰させ......バブルを起こした。

つまりゼロ年代半ばの米国は、低所得者層の借金を財源とした消費によって、好景気を味わっていたのだ。なお、米国の好景気は世界中に波及し、たとえばBRICsの経済を牽引した。乱暴な言い方をすれば、中国人の作った製品をアメリカ人が借金して買っていたのが、この時代だ。

ところが2007年、サブプライムローンが焦げ付きはじめる。

もともと低所得者層向けの債権だ。どんなに細分化してリスクを分散しても、危険なことには変わりなかった。ローンを返せない債務者が続出して、サブプライムローンは次々に不良債権化した。住宅ローンが組みづらくなったため、住宅の価格も下がり始めた。転売しても売却益が出せないため、ローンの返済ができなくなり......ついには2008年のリーマンショックをもたらした。

ゼロ年代半ばの米国の好況を見れば分かるとおり、格差を放置したままでも、経済成長をうながして好景気を達成することは可能だ。しかし、それは極めて不安定な好景気だ。

サブプライムローンは極端な例だが、貧しい人ほど借金を財源とした支出に走りがちだ。生活水準が圧迫されたときはなおさらである。所得格差を放置すれば、信用度の低い人々からの借金によって経済成長は牽引される。そして、大規模なデフォルトと突発的な不景気のリスクにさらされるのだ。

そうしたリスクを抑えて、安定した経済成長を維持するためにも、所得格差の是正は欠かせない。再分配的な政策は、その一助となるだろう。

       ◆

再分配的な政策は、低所得者への「施し」でも、貧乏人の「略奪」でもない。この世界のすべての人に恩恵を与えるものであり、将来への投資だ。

まず治安維持上の観点から、貧困層を貧困のまま放置するのは望ましくない。ここでいう貧困とは、絶対的な貧困ではなく、相対的な貧困:つまり格差だ。また、起業を活性化させ経済を刷新するためにも、再分配的な政策は有効なはずだ。さらに、格差を是正しないまま無理やり好景気を作ろうとすれば、経済は著しく不安定になる。

以上の理由から、再分配的な政策はこの世界にとって必要不可欠なものだと考えられる。現在、「上位1%の人々」が莫大な富を築いているのは、富の再分配を世界規模で行う仕組みがないからだ。そうした仕組みを作りだすことが、21世紀の人類の課題になるだろう。

たしかに再分配的な政策には強い慣性があるため、景気が後退して税収が減る状況では、財政に重たい負担としてのしかかる。これは事実だ。

しかし、だからといって「再分配的な政策は一切いらない」というような暴論を目にすると首をかしげたくなる。適切な政策を行って、格差を適切な水準に収めつづけること。安定した未来を築くためには、それが欠かせない。少なくとも私たちが生きている間は、再分配的な政策が必要なくなることはないだろう。

「あなたは社会的強者なのに、なぜ富の再分配を支持するのか」

以上が、その答えだ。

それからもう一つ、彼女は重大なカン違いをしている。

それは私を「社会的強者」と呼んだことだ。

私は、強くなんかない。

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