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引き寄せの法則は、いつも起こっている。

2014年01月28日 21時49分 JST | 更新 2014年03月30日 18時12分 JST

評価とは、基準点がハッキリ共有されて初めて、お互いに共通認識として意味を成すものなのではないか?そこの視点をしっかり認識しないでいると、自己評価と他者評価の間には、簡単に混乱が起こるのではないか?ということ感じつつ、前回の記事を書かせていただきました。

とは言え、当時わたしには、そういう俯瞰した視点はありませんでした。現実は混乱を極め、何が問題で、何をどうしたら現状が解決するのかも、見当がつかなかったのです。自分自身で、自分なりの解答を生み出すことも限界になり、事実関係を問いただす勇気もなく、相談相手も持てず、とうとうわたしはそれまで培って来た「わたしにとってこれが正解」という、「自己基準」を手放す選択をするに至るのです。

以下は、実体験ですが、ひとつの物語として読んでいただけたら幸いです。ご自身の経験と照らし合せながら、この事例に起こっていることは、一体何なのかを、検証していただけたらと思います。

そのまま数年を生きると、わたしに待っていたのは「辛い恋愛」と「心身の極端な疲弊」でした。ある日、冷汗と震えのため、降りた電車のホームで倒れ込み、駅員室に担ぎ込まれるという事態が起こりました。異動した部署の上司と庶務さんに付き添われてタクシーで実家へ送り届けられ、そのまましばらくの自宅療養を言い渡されたのです。わたしは「自分は出来ない」ということを、ことさら強く感じました。父からもその直後に「そんなことくらいで倒れるなんて!」と言われましたから、本当に自己評価も他者評価も最悪でした。

ところが不思議なことに、わたしはボロボロになった心と身体を抱えながら...でも、気持ちはどこか晴れ晴れとしていたのです。部屋で一人横たわり、青空を見上げながらホッとしたのは、「わたしはダメである」という自己評価と「お前はダメだ」という他者評価の一致から来るものでした。

非常に皮肉な状況でしたが、評価のギャップからやってくる苦しみは、解消されたのです。「出来ない」ことへの必死の抵抗が、つまり「出来るようになろう」という必死の取り組みが、「もうこれ以上出来ない」状況へ追い込まれたことによって、ある意味一段落したのです。

内面と外側の評価が一致するというのは、それがどんなものであっても、ある種の気持ちよさを伴うものなのかもしれません。

これは辛い恋愛を思い出しても、わたしが長年そこを離れられなかった理由だろうと思います。自分はダメだと思っているわたしと、お前はダメだと言ってくれる相手。その内側と外側の一致は、どこか安心感に繋がっていたのでしょう。わたしは明らかに安心を求めていましたが...でも、本当にこれが望んだ「安心」であり「心の平穏」だったのか? と問われると答えようがありません。

冷静に考えてみれば、自分よりそれが出来る人も、自分よりそれが出来ない人もいて当たり前です。誰にだって初めて取り組むことがあり、最初から結果が出るということは、稀なことです。いきなり出来る必要はなかったのに、「今、出来ていない」ことばかりに目が行っていたのでしょう。自己評価は常に低く、他者からの低い評価ばかりに意識を向けていたと思います。

わたしは、自分が自分を苦しめる「負のスパイラル」に陥っていることに気がついていませんでした。視野が狭くなって、状況を冷静にみることも、判断することも、難しくなっていたのです。

引き寄せの法則とは良く言ったものです。そこにはどうやら、無意識の選択が大きく反映されているのです。ポジティブなものばかりではなく、無意識に強く思っているネガティブなことも、同時に引き寄せていたのです。

大学時代に、デザインの授業を担当されていた教授から、恋愛指南を受ける不思議な時間がありました。その時先生にお話ししたのは、「わたしは自分のことが嫌いなので、その自分を好きな人は、嫌いです」ということでした。先生は「君、それは幸せになれないよ」とお話しされていました。そうです。自分を嫌いでいるというのは、自ら「不幸の選択肢を引く、準備をしていたようなもの」でした。

「嫌いな自分を好きになる人は、嫌い」。とてもシンプルです。「嫌いな自分を嫌いになってくれる人」には、安心感を覚えるのです。

自己否定がもたらすそれは、無意識に深く食い込んでいました。「嫌いになってくれる人」を好きなのですから、対人関係は、上手くいく訳がありません。具体的に言うと、恋愛ならば「お前はダメだ」と言ってくれる人を振り向かせようと躍起になるのですから。

「自分の好き嫌いをシンプルに伝える」という意味では、わたしは自分に素直に生きていました。「そのわたし」を好きになってくれた人を大事にさえ出来れば、どんどん「自分に心地よい」人が引き寄せられたはずなのですが、わたしが実際にやっていたのは、真逆の選択だったのです。

しかも、ほとんど無意識だったのです。これでは手のうちようがありません。

7年前に大きな病気をして、1度社会からドロップアウトした経験があります。それは仕事も人間関係もリセット出来る大きな機会でした。

わたしは「これは自分の選択を、意識的に全て再調整出来る、またとないチャンスだ」とも捉えました。「ストレスをかけないように」ということが病状悪化を防ぐ「唯一の対処可能なこと」だったのも大きかったと思います。ストレスを減らすためには、否定的な感情を引き起こすあらゆるものを、心から減らしていく必要があったのです。

「自分を好きになることが大事!」と言われても、当時それは余りにも遠い言葉過ぎて、何をやっていいのか判りませんでした。でも「今既にある否定的な感情を減らしていくこと」は、自分でも出来ることに気がついたのです。

それは、練習さえすれば、簡単なことでした。

わたしは頭の中で起こっていることに以前よりも意識を向けてみました。すると、多くの時間、わたしはわたしに「だからダメなんだよ!」と言っていたのです。この自分を否定する感情に気がつくこと。そしてそれに「本当に?」と問いかけることは、意識改善を劇的に早めました。

「ああ、〜だからわたしはダメだ!」ときたら、「...本当に?」と問いかける。問いかけたことで、状況を客観視することが出来るように、意識は変わっていきました。「本当に本当に、この状況でわたしはダメなのか?」と疑問を持った場合は、最初は恐る恐る、周囲に訊いてみることも試すようになりました。

そうやって現状認識を「空想的な」ものから、「現実的に」していきました。無意識のボックスへ、条件反射のように「自分はダメだ」として放り込んでいた様々な出来事や感情を、「本当に?」という問いかけをキッカケに丁寧に再定義していったのです。

こういう地道な作業によって自己評価が上がってくると、人間関係はどんどん改善していきました。明らかに笑う時間が増え、自分にとって心地よい人が集まりやすくなり、目の前にあるものの中から、自分にとって本当に気持ちよいものを選び取る力がついて来たのです。そして、この経験を整理し「心の骨組み」をロジックとしてまとめることも出来ました。今はメンタルブロックの解除を求めていらっしゃる方々へ、セッションとしてご提供出来るまでになっています。

引き寄せの法則は、特別なことではなく、誰にでも毎日起こっているように感じています。何を引き寄せているかは、その時頭の中に思い描いている1番強いビジョンが決めています。言葉よりも、ビジョンなのです。例えば「失敗したくない」と言う時に、わたし達は頭の中に失敗した姿を思い描いています。これでは「失敗」が引き寄せられ、叶うのです。

わたし達は、意識的にせよ、無意識にせよ、日々常に選択をしています。そこで自分が何を選択しているのかに気がつくことは、自分を笑顔にするための最短コースのように思えます。 「引き寄せの法則」とは、無意識の選択について語る、表現のひとつなのだと思うのでした。