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究極の口コミマーケティング/アンバサダー・マーケティング

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■マーケティングは面白い

私のブログでは、何度か『マーケティング』をテーマにしたエントリーを書いて来た。特にブログを書き始めた最初のころは、どの話題を書く時よりも、すらすらと筆が進んだものだ。自らのキャリアの中でも、このマーケティングという職種が大変面白くて、仕事として一生懸命取組んだという個人的な事情もある。だが、それ以上に、この仕事を通して市場や社会、あるいは消費者の行動や心理がとてもリアルに肌感覚で感じられることに、仕事の枠を超えて充実感を感じることができた。そういう実感をブログの読者にも伝えてみたいと思ってきたからだ。

■マーケターは嫌われる?

だが、最近、『インバウンド・マーケティング』のことをテーマとして扱った時にも痛感したのだが、旧来のマーケティングというのは、基本的には世間からは嫌われる職種になってしまっていると言わざるをえない。まあ、それも当然で、マーケターのおかげで、買いたくもないものを買わされ、せっかく盛り上がっているテレビ番組を途中で遮られ、読みたくもないメールを大量に送りつけられる。胡散臭い連中と思われてもしかたがないのかもしれない。しかける側からすれば、社会の現状や未来、あるいは、人の行動の分析等、それはもう深く面白い世界なのだが、『そんな高尚な分析を駆使しても、目的が下劣なら、マッドサイエンティストと同じじゃないか』、という声が聞こえて来そうな気さえする。

■広告宣伝から口コミへ

今や、消費者は、企業がいくら広告宣伝に大枚のお金をはたいても、そんなものは信用しなくなってしまった。何かを買ったりするときには、正確な情報は必要だから、製品情報等は知ろうとするだろうが、企業の広告宣伝など歯牙にもかけない。その代わりに、消費者が信頼してあてにするのが所謂『口コミ』だ。自分の家族や友人、信頼できる情報通等の情報は、決定的な影響力をふるう。しかも、従来は、口コミと言えば、家族や近しい友人等の間だけで流通する、伝播範囲の狭いものという印象が強かったが、現代では、ソーシャルメディア等、インターネットによるツールのおかげで、口コミの意味も範囲も従来より格段に広がった。

■評価者という充実したアイデンティティ

今では、自分が何かを評価してそれを発信/シェアすれば、そいういう評価をする力のある人は、多数の人から本人自身が高い評価を受けることができる。いわゆる『評価者』としてアイデンティティを確立し、充実感を感じることができるような回路が開いて来たと言える。例えば、アマゾンの書籍の評価欄を読むと非常に素晴らしいレビューが沢山並んでいるが、そこには一種のクリエイティビティ/創造性が発揮できる場が出来上がっていることを実感できるはずだ。

評論家の宇野常寛氏編集による『PLANETS vol.8』に掲載された記事である、ライターの川口いしや氏による『「食べログ」の研究』を読むと、食べログという場で、レストランのレビューを書くレビュアー、中でも大量のレビューを書く、ヘビーなレビュアーの生態が描かれていて大変興味深い(私のブログでも、紹介した)。レビュアーは誰か(お店や食べログ等)からお金をもらっているわけでもないのに、自分の身銭を切って食べ歩き、プロに負けない自負心/プライドを持って大量のレビューを書き、レビュアーとそれを読む会員の間にコミュニティさえ出来ているという。

アマゾンでも食べログを運営する価格コムでも、当然そのような優れたレビューを沢山書くレビュアーが大量に発生することは、それぞれのサービスの活性化の鍵であることを充分に理解していて、レビュー記事を書き易いような配慮をし、またレビューが書籍や店の評価として正しく反映されるべく、アルゴリズムを改善し続けている。サービスのユーザーは精度の高い情報(レビュー)を求めており、サービス運営側もそれを必要としていることから、win-winの関係を築くことができている(若干店側が埒外におかれる傾向はある)。

■個別企業では生かせるのか?

このタイプのレビュアーは、アマゾンや楽天のようないわゆるECサイトや、食べログ等の評価サイト、あるいは、音楽やアプリ等をオンラインで販売するアップルのiTunesのような場で発生することはわかるし、場を提供するプラットフォーマーの側がやるべきことは、比較的簡単に理解できる。だが、このような熱心なレビュアーのエネルギーを個別企業のマーケティングの策と結びつけることは意外と難しく見える。レビュアーは良いことばかり書いてくれるとは限らない。時には、辛辣な批判も書くだろうし、中にはクレーマーになってしまうケースだってあるだろう。本当のところ、有効な策はあるのだろうか。

もちろん、昨今『口コミマーケティング』と言えば、猫も杓子もという感じなので、有象無象は大変多い。だが、大抵は気前よく試供品等を渡して、ユーザーにブログやフェイスブック等で好意的な記事を書いてもらうような、いわゆる『ステルス・マーケティング』すれすれのものばかりだ。企業とユーザーの関係が透明になっていれば、違法ではなく、社会的な非難を買うような行為とも言えないとはいえ、ユーザーがそんな記事を信頼するかといえば、全部が全部無効とまではいわないが、いかにもパワーを感じない。

■アンバサダー・マーケティング

だが、米アップルの成功に貢献した伝説的なマーケティング・コミュニケーション会社レジス・マッケンナの元パートナーでもある、『アンバサダー・マーケティング』のパイオニア、ロブ・フュジェッタ氏の著書、『アンバサダー・マーケティング』を読むと、少なくとも米国では新しい可能性が開けてきていることを感じる。

米国発なので、また何やらよくわからない概念(アンバサダー・マーケティング)と敬遠する人も少なくないと思うが、アンバサダーとは『会社ないし、会社の商品を熱烈に応援する顧客で、その会社(商品)を強く周囲に薦めてくれる人』というのが一番シンプルな説明だろう。具体例を言えば、アップルやスターバックスの熱狂的なファン/信者と言えばわかるだろうか。アンバサダーは、本書によれば、『あなたの商品の魅力をアピールし、見込み客を紹介し、ブランドの良さを語り、『批判者』から守ってくれる存在』でありながら、『見返りもポイントも、クーポンもキャッシュバックも求めずに、あなたの商品の魅力を広めてくれる』存在だ。

さらに、こう続く。

靴のネット販売会社ザッポス、スーパーマーケットのトレーダージョーンズ、アマゾン・ドット・コム、メソッド、レッドブル、ボディショップ、グーグル、ソーダストリームはいずれも広告に頼らずに有力ブランドに成長した。こうした企業においては、アンバサダーこそがマーケティング戦力だった。(中略)

フェイスブック、ツイッター、リンクトインというソーシャルメディア業界のビッグスリーは、広告費を一銭も使ったことがない。誰かにカネを払って自社のサービスを推薦してもらったこともない。というより、その必要もなかったのだ。アンバサダーがソーシャル・メディアを通じて、こうしたサービスを友人に薦めてくれたからだ。

手の込んだマーケティング・キャンペーンに数百万ドルを注ぎ込むのもよいが、アンバサダーによる信頼性の高いおススメほど効果があるものはないはずだ。

アンバサダー・マーケティング』より

■本当にいるのか?

そして、本書では、アンバサダー・マーケティングの輝かしい成功について連綿と語られている。確かにここでいうアンバサダーがいれば、どの企業にとっても心強いことこの上ない。それはよくわかる。だが、こんな、企業にとって都合のよい存在が本当どの企業にもいるのだろうか。本書を積極的に推す、アジャイルメディア・ネットワーク社の徳力社長もそこのところは案外慎重だ。

ちょっと読んでもらえばすぐわかると思いますが、「インフルエンサーは注目を集めるのは得意だが、必ずしも売上に貢献するとは限らない。アンバサダーがオススメすれば売上に直結する」とか「アンバサダーに報酬を払わない」や「カネや無料サンプルを渡さなければ動いてくれないような顧客は、本物のアンバサダーではない。傭兵である。」など、一般的な日本のキャンペーンの現状からすると、かなり過激な発言が続きます。 ここまで純粋にシンプルに考えて本当に機能するのか?というのは当然大勢の方が思うはずで、実際米国でも賛否両論を含んだ議論を他のマーケッターと、そこここで交わしているようです。

解説にも書かせていただきましたが、そうはいってもソーシャルメディアユーザー比率の高い米国の成功事例ですので、日本でこれをこのまま真似するのは、ツイッターやFacebook活用と同様良くないと正直思っている面もあります。

[徳力]アンバサダー・マーケティング(ロブ・フュジェッタ)を読むと、釣った魚にエサをやらない従来のマーケティング手法は、すごいモッタイナイと感じられると思います。

■どうすればつくれるのか?

私は、日本でも『アンバサダー』が存在することを否定するつもりはない。少なくとも、アップルやスターバックスには沢山いそうだ。そして、これからはもっと多くなってくることも予感できる。そうであれば、アンバサダーの多い企業と少ない企業の格差はこれから決定的に広がることになる。いわば、勝ち組と負け組を分ける分岐点になるとさえ言えそうだ。とすれば、今一番に問うべきは次の問いだ。『企業はどうすればアンバサダーをつくったり増やしたりすることができるのか』

『アンバサダー・マーケティング』にはちゃんとその答えが書いてある。だが、幾つかの書評を拝見した限りでは、この点はあまり注目されていないように見えるのが私には大変意外だ。少し長いが、非常に大事なところなので引用しておく。私に言わせれば、本書のエッセンスはこの部分にこそある。

1 "ヤバいぐらい最高の製品 ー "ヤバいぐらい最高(insanely great)は故スティーブ・ジョブズの名言の一つだ。ありきたりの商品やサービスを熱心におススメする人などまずいないだろう。(中略)

2 記憶に残るサービス ー 同じような商品やサービスがあふれている今日、サービスは強力な差別化要因となる。百貨店のノードストローム、靴のネット販売のザッポス、フォーシーズンズ/ホテルは類を見ないサービスを提供することで、多数のアンバサダーを生み出した。

3 "良い利益"を得る努力をする ー 顧客ロイヤリティの権威であるフレッド・ライクヘルドは、"良い利益"と"悪い利益"を説明している。悪い利益とは、例えば詐欺のような価格設定、顧客サービスのカット、隠れた費用を顧客に押し付けることで得た利益のことだ。

4 コストが増えても正しいことをする ー 余計な費用がかからなければ、企業は進んで正しいことをしようとする。だが、正しいことをするとコスト増につながる場合は、安易な道を選ぶ企業が多い。しかし、たとえばレモン一個の返品を認めるとコストが増えるとしても、認めたほうがいい。それによって批判社を作ってしまうよりはるかにましだ。(中略)

5 社会的良心を持つ(持っていなければ早いうちに身につけよう) ー 社会的良心のある企業やブランドのほうが、おススメされる可能性は高い。ナイキは労働者を低賃金で働かせていたことが明らかになったため、アンバサダーに見放されてしまった。社会的問題に対して良心的な立場を取ったり、コミュニティに利益を還元したりしよう。

アンバサダー・マーケティング』より

■ミッションが先行すべき

経営学者の故ピーター・ドラッカー氏も、成功している企業は金銭的利益から出発して計画を立てるようなことはしないと主張していた。ミッションの実行から始めるのであり、金銭的利益は後からついてくるのだと。マーケィングの神様、フィリップ・コトラー氏の昨今の主張も同様だ。氏が著書『コトラーのマーケティング3.0』*3で語っていた内容を私なりの理解でまとめた部分を再掲してみる。実は『アンバサダー・マーケティング』の含意も案外近いところにあることがわかるだろう。

企業が自らの追求すべき価値を決め、本気で、全身全霊でそれに取組み、それに共感するユーザー(ユーザー・コミュニティ)を引き寄せ、ユーザー(ユーザー・コミュニティ)と共に創造する。創造性豊なユーザー(ユーザー・コミュニティ)との関係をつくることができれば、企業が追求する価値の中心に有能な人材が集まり、従来ではおよそ想像することも難しかったようなユーザーの協力を惹き付けることができる、それがこれからの企業の競争力のコアとなる。そしてそのような構想力こそが企業の競争の決めてとなっていく。

荒海を航るための新しい羅針盤?『コトラーのマーケティング3.0』 - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る

昨今話題になる、『ブラック企業』には、アンバサダーがつくことは考えにくい。

■好かれる『マーケター』へ

これから伸びて行く企業は、小手先の似非口コミ・マーケティングに右往左往する企業ではなく、企業のファンをさらに熱狂的にするような活動を経営の根幹に据えることで、レベルの高いアンバサダーを沢山引きつけ、しかもそのアンバサダーと共創する企業、ということになると思う。経営の根幹にアンバサダーを惹き付ける理念を持つ企業なら、自分自身の価値を自分で発信して、ユーザーとのコミュニティを構築するという意味での『インバウンドマーケティング』も問題なくこなすだろうし、『アンバサダー・マーケティング』の様々な手法をこなすのもお手のものだろう。そんな企業では、嫌われる『マーケター』から、好かれる『マーケター』への転換も自然に出来て行くだろう。

(この記事は、2013年11月4日の「風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る」から転載しました)