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「霞が関文学」など

2014年10月24日 22時40分 JST | 更新 2014年12月24日 19時12分 JST
Bloomberg via Getty Images
Shinzo Abe, Japan's prime minister, standing right, speaks during a budget committee session in the lower house of the Parliament in Tokyo, Japan, on Friday, Feb. 28, 2014. Abe's ruling Liberal Democratic Party is planning a governance code for Japanese companies to boost their competitiveness and enhance investor protection, an official said. Photographer: Haruyoshi Yamaguchi/Bloomberg via Getty Images

石破 茂 です。

仕事柄、毎朝全紙に目を通すのですが、本論を展開した上で、「ただ」と繋いで別の論を紹介し、「成り行きが注目される」「今後議論を呼ぶ可能性がある」と締め括る構成が多く見られます。

公平・公正を期すため両論を紹介するのは当然だ、ということなのでしょうが、この「ただ」という言い方が気になって仕方がありません。

なるべく自分は使わないように気を付けているのですが、時々使ってしまい、反省することがあります。政治家であれ、マスコミであれ、自分は何を言いたいのかをもっと明確にする話法が必要ですね。

久しぶりに政府に入って、委員会のための想定応答要領を読むようになったのですが、官僚諸氏の作成する文章の中には、何が言いたいのか「よくわからないように」委曲を尽くしてあるようなものが見受けられます。このような「霞が関文学」ばかりだと、委員会質疑を充実させるに資するとは言い難くなってしまいます。

防衛省や農水省に居た時も、「答弁は裁判の判決文と同じように、まず結論を先に書いて、その後論理を展開する構成にして貰いたい」と随分言ったものですが、なかなか文化は変わらないようです。

それでもまだ委員会であれば、その場での多少のアドリブが効くのですが、これが本会議となると、時間の制約もあって書かれたものをそのまま読むという誠につまらないことになってしまいます。

本会議で答弁書を読んでいると、時折野党席から「よくわからないぞ!」との野次が飛んできますが、よくわからないのは民主党政権時代も同様でした。

「霞が関文学」から脱した「永田町文学(?)」を作るのは与野党共通の政治家の責任です。決して容易なことではありませんが、これを真剣に考えなければ国会論戦の形骸化が進み、政策以外の「わかりやすいネタ」ばかりがクローズアップされることになってしまうのではないかと危惧しています。

経済産業、法務の女性二閣僚が辞任し、国会は変則的な運営となっています。

政党同士で競い、有権者が政権を選択する、という小選挙区制の導入により、選挙や日常活動にかかる資金は中選挙区制の時よりも格段に少なくなりました。

中選挙区制の下では「五当四落(五億円使えば当選するが四億円では落選)」ということがまことしやかに言われ、実際の感覚もそれに近かったように思います。小選挙区制、公費助成、公職選挙法の改正という三点セットの導入・施行により、選挙のスタイルも、資金のかけ方も劇的に変化したと感じています。

団扇問題や観劇問題の真相は知る立場にもありませんが、そのような手段によらなくとも議席を獲得できたはずなのであり、残念かつ不可解な思いが致します。

週末は久しぶりに選挙区に帰り、行事参加、街頭演説などの政務をこなします。

26日日曜日、「時事放談」(TBS系・午前六時・収録)に出演の予定です。

朝晩には寒さを感じるようになりました。お元気でお過ごしくださいませ。

(2014年10月24日「石破茂オフィシャルブログ」より転載)