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仏教は、束縛から人を自由にする教えです

2014年05月06日 19時29分 JST

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11月後半もいろんなことがありました。

お寺の女塾の開催、女子高での講演、お寺の過疎対策講習準備のため長崎の離島にあるお寺を訪問、蓮花寺佛教研究所の研究会に出席、リヴオンによるダライラマ法王猊下の講演会を聴き、大手企業のCFO/CIOが集うサミットでの講演、大阪大学の学生と講演・対話、京都・法然院の梶田住職と念仏会200回記念の対談、徳島での未来の住職塾1Dayプログラムの開催、The Economistに私の名前が掲載され・・・ いつもながらいろいろあった半月でした。

さて、私が研究員として籍を置く蓮花寺仏教研究所ではここ数年、共通の研究テーマとして「仏教と経済」を掲げて研究がなされていますが、歴史を訪ねても今ほど日本人の価値観における経済と霊性のバランスが崩れている時代はないのではないかと思います。そして、秘密保護法案など、気になる動きも活発化しています。内田樹先生が、「日本のシンガポール化」「国民国家の株式会社化」と表現されていましたが、その通りだと思います。今に始まったことではありませんが、ますます息苦しい世の中になってきました。

世の中が息苦しくなれば、宗教に光を見いだそうとする人が増えるのが世の常ですが、果たしてその求めに応じるだけの力が今の仏教界にあるのかどうか。実際のところ、お坊さんでさえ経済に負けてしまっている人が少なくないのではないでしょうか。住職として経済(娑婆を支配するシステム)を理解して適切な付き合い方を身につけることは大切ですが、経済に飲み込まれては元も子もありません。住職たる人の価値観が経済に負けてしまうことは、長い目でお寺の未来を考えても危険なことです。自らの本分を忘れて栄え続ける老舗など、どこにも存在しません。

お坊さんはのんびりとした人が多いので現状認識が甘くなりがちですが、お寺とそれを支える人たちを取り巻く環境は、年々厳しくなっています。こう言うと、お寺の財政の話かと思われるかもしれませんが、違います。霊性の話です。「お寺の未来が厳しい」と聞いて「なんだ、お寺の財政の話か」と誰もが反応するほどに、経済至上主義がこの世を覆っています。危機的状況なのはお寺の財政ではなく、私たちの霊性です。

小池龍之介さんの本に『「自分」から自由になる沈黙入門』がありますが、無意識のうちに自分で自分を縛って苦しむ人は本当に多いと思います。自分の日常を振り返ってみても人は無意識のうちにいろんなものに支配されていますが、現代社会の特徴は、その支配システムが複雑化・巧妙化して、人が支配されていることに気づかないどころか、そのシステムを応援する側に回ってしまっていることです。人が自分で自分を縛るように操作するシステムが強化されつつある時代こそ、お坊さんが最も頑張らなければならないと思います。

仏教は、束縛から人を自由にする教えです。

(2013年12月1日「Everything But Nirvana 」より転載)