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「一夫多妻制に賛成?」から考える多様性

2014年02月12日 01時56分 JST | 更新 2014年04月13日 18時12分 JST

皆さんは

「一夫多妻制に賛成ですか? 反対ですか?」

もちろん反対が圧倒的多数だと思います。現代の日本で生まれ育った私達にとって、このような質問は問題提起自体が馬鹿らしい、そういうことでしょう。

私は数年前に、アフリカの絶対貧困層(1日1ドル以下で生活する人達)の自立支援をサポートするプロジェクトで、ケニアとウガンダに行く機会がありました。

アフリカで私が訪れた非常に貧しい村では、人々は牛の糞で作った家に住み、電気もなく、食べること、生きることすら難しい環境でした。そういった環境を色々と視察している内に、彼らの一夫多妻制は現実的には合理的な制度かもしれない、と感じるようになったのです。

というのは、結婚をすることによって、夫は妻を養う義務が発生し、妻は経済的なサポートを得ることができるのです。逆に言えば、そうしたサポートがなければ女性達が生きていくのが非常に厳しい環境でした。

無論、根本的には、そんな激烈な貧困環境が改善されることがベストなのですが、急激に変わらない現実を目の当たりにして、ここで「一夫多妻制はとにかくありえない!」と強硬に主張することは正しいのだろうか、と考えるようになりました。

それまでの私であれば、一夫多妻制と聞いただけで、そんなことはあり得ないと思考も議論も止まっていた訳ですが、広くて違う世界に直面して、自分があまりにも当然だと思っていたことが、時には違うのではないか、と考えるに至ったわけです。新たな世界を知り、視野を広げることができた経験でした。

さて、ここで私が言いたいことは、一夫多妻制の是非の議論ではありません。大切なことは、「未知なる新体験で視野が広がる重要性」と、「違いを理解することは、絶対に正しい考えなどないと知ること」です。

簡単な例をもう1つ。日本に住む外国人で、日本とその方の出身国での「常識」の違いについて、色々と不平不満を言う人に会ったことがあります。

例えば、彼女曰く、「日本の女性は毎日お化粧に30分も1時間も使っていて、全くおかしい」と。こういう感じで彼女は、自分からみた日本人の変な点をたくさん列挙して、ただただ嘲笑していました。

こういった指摘をする彼女は、もちろんこうして日本という異国に住み、たくさんの違いを「知って」はいます。しかし、その違いを「理解」していると言えるのでしょうか。

彼女の言い方から私が感じたことは、「彼女の国の常識が一方的に正しくて、そうでない日本はおかしい」、そういったメッセージでした。

本当にそうでしょうか。

そうした物事の見方しかできなければ、逆に日本側から彼女の国を見た時に、「異なるものは全ておかしくて、間違っていること」になってしまいます。

これが「違いを知っているだけ」と「違いを理解する」ことの差であり、その原因は多様性を受け入れる姿勢です。

自分と違う考えや人に会った時こそ、この人はどうしてそういう考え方を持っているのだろうか、と自分の視野を広げ学ぶ良い機会です。

「一夫多妻制は絶対にいけないもので、議論の余地がない」、この姿勢では違う世界に出会っても、広い世界の違ったものの見方・考え方を学ぶことができません。

違いを知るだけではなく、その違いを理解しようとする姿勢が大切なのではないでしょうか。

ただ1つ誤解して欲しくないことは、違いを理解するということは、違うものに何でも賛成することと同じではありません。自分が賛成できないことでも、その考え方を理解しようとする姿勢が大切です。

アフリカの例で言えば、「アフリカの現実を見て、一夫多妻制に賛成するようになった」という単純、極端なものではありません。

「世の中には正しい意見などない」

というよりも、正確には

「正しい意見はたくさんある」

のだと思います。

そういう姿勢でいることで、ワクワク大きな世界を探求して、視野を広げられるのではないでしょうか。