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山口洋子さん死去 「よこはま・たそがれ」など作詞 五木ひろしさんに改名踏み切らせる

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時事通信社
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ヒット曲の「よこはま・たそがれ」などで知られる作詞家で直木賞作家の山口洋子(やまぐち・ようこ)さんが9月6日午前1時6分、呼吸不全のため東京都目黒区の病院で死去した。77歳だった。15日、朝日新聞デジタルなどが報じた。

56年、19歳の時に東京・銀座にクラブ「姫」を開店。俳優、作家、実業家、スポーツ選手らが集うサロン的な店として知られた。その傍ら、作詞を始め、五木ひろしさんの「夜空」(日本レコード大賞)や「よこはま・たそがれ」、中条きよしさんの「うそ」など、作曲家の平尾昌晃さんとのコンビで70年代の歌謡界を彩った。ほかに、石原裕次郎さんが歌った「ブランデーグラス」や、98年に日本作詩大賞を受けた山川豊さんの「アメリカ橋」などがある。
 
小説は80年に「情人(アマン)」でデビュー。84年に「プライベート・ライブ」で吉川英治文学新人賞、翌85年に「演歌の虫」「老梅」で直木賞を受けた。
 
(朝日新聞デジタル「直木賞作家の山口洋子さん死去 よこはま・たそがれ作詞」より 2014/09/15 21:24)

山口さんは1937(昭和12)年、名古屋市で生まれた。高校中退後の1957年、東映の俳優オーディション「東映ニューフェース」4期生に選ばれた。同期には佐久間良子、山城新伍らがいた。

■「五木ひろし」の名付け親

「よこはま・たそがれ」の発売と同時に五木さんに4度目の改名に踏み切らせたのも山口さんだった。

五木さんは1965年に「松山まさる」の名前でデビュー。続いて一条英一、そして三谷謙と名を変えた。読売テレビ系のオーディション番組「全日本歌謡選手権」に出場したとき、審査員だった山口さんがプロデュースを買って出た。その際に売れっ子作家だった五木寛之にちなんで「五木ひろし」という名に改めさせたという。「いいツキを拾おう」の意味もあった。

五木さんは山口さんについて次のように話しているという。

「先生がいなかったら、僕の人生はない。いろんな作家の先生と仕事をさせてもらったけれど、山口先生は別格。恩人中の恩人。命の恩人」と語気を強めた。(中略)
 
山口さんに「都会的でありながら土のにおいもする、格好いい隣の兄ちゃんでいなさい」と言われたことが忘れられないという。「挑戦すること、いい歌を継承すること」が山口さんから常々言われたテーマだったと明かし、「この2つを胸に刻み込んで歌い続けるしかない」と遺言を守る決意を示した。
 
(スポニチ『五木ひろし 大恩人に「先生がいなかったら、僕の人生はない」』より 2014/09/16 07:25)

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