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「地球を守るために、採集狩猟の感性を取り戻せ!」 市民活動家と生態学者の顔を持つ岸由二さん

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あなたは体調が悪くなったらどうするだろうか? きっと医者に診てもらい、症状に合わせた処方をするだろう。今でこそ当たり前だが、このような治療が確立したのは19世紀半ば以降、細胞説に基づく医学が発達したからだ。それ以前欧米では、身体から血液を抜く療法が権威を持ち、過度に採血した結果、命を落としてしまう人も数多くいたという。理不尽な治療は、致命的な傷を与えかねない。

環境危機の分野では、実は現在でも、当時と同じような処置がなされている。警鐘を鳴らすのはNPO法人鶴見川流域ネットワーキング(TRネット)の代表理事を務める生態学者、岸由二さんだ。

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慶応義塾大学名誉教授、TRネット代表理事など多くの顔を持つ岸由二さん

岸さんは自身のことを「学者としてしっかり生きてきたけれども、同時に市民活動家としても活きて(いきて)きた」と語る行動派だ。研究の傍ら1991年に現TRネットの設立に参加。他にも2つのNPO法人の代表を務め、三浦半島は小網代の流域保全や北上川の再生、ひいては海外でも活躍の幅を広げる。

形式ばかりの学術活動では、世界は変えられない

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鶴見川は東京都町田市を源流とし、川崎市や横浜市を経由して東京湾に流れる。下流域は京浜工業地帯。195万人もの莫大な人口を抱える都市もある。

鶴見川は、洪水の厳しい暴れ川、水質の悪い汚れ川というイメージが強かった。しかし今は、治水安全度はあがり、アユやウナギも暮らす自然豊かな川になっている。この防災・環境改善活動における仕掛け人の1人が岸さんだ。そのきっかけをこう語る。

「私はここ、鶴見川の河口で育ち、川や雑木林で魚や虫をひたすら捕まえていた採集狩猟少年でした。でも1950〜60年代当時は、急激な都市開発に治水対策が応じきれず、洪水が頻発し、自然破壊も進んだ時期。水害のない自然豊かな流域をつくりたい。そんな仕事ができたら最高だなと思っていました」

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東急電鉄の綱島駅から歩いてすぐの鶴見川河川敷

「もちろん今でも保全に必要な論文は書いていますが、形式ばかりの学術活動からは引退しました。『学会をなんだと思っているんだ!』と怒られたこともあったけれど、いまの自分の軸は市民活動ですからね。流域活動をするために家族を説得して源流の町田市に引っ越しました。とはいえ、環境活動にかかりっきりで、下流にあるNPOの事務所にいることがほとんどなんですけれどね(笑)」

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「昨日は雨が降ったから滑りやすいと思って。転ばないように渦巻きのツルをしいて滑り止めを作っておきました」と狩猟採集民族的な気遣いをしてくださった岸さん。

環境保全と聞くと「地域住民のゴミ拾い」などの美談を思い浮かべるかもしれない。しかし水質の改善は、国の法律や企業の方針、下水処理場の努力も大きいそうだ。市民レベルでできることの他に企業・行政の協力を励ますことも大事だと岸さんは言う。こういった連携をとるために提唱するのが「流域思考」だ。

流域=人間の細胞 地球=細胞の集まった人間の身体みたいなもの

「流域」は一体どういうものなのか。岸さんはそれを「雨が降る大地の広がり」だと語る。雨が大地に降ると、尾根によって分かたれた大地に水が流れ、川へ、そして海へ続く生命圏を形成する。このように自然に出来た区画が流域だ。そのため、洪水や渇水といった自然災害は流域単位で起こる。行政区画単位ではない。

しかし、現実の環境保全や災害対策は、市区町村ごとで行われることが多い。この齟齬によって、生態系が崩れてしまっているのだ。だからこそ、人工的な区分を越えて、地球本来の「流域」という単位で手を取り合う必要がある。

「地球は流域というピースのジグソーパズルのようにできています。人間の身体が細胞の集積であるのと同じく、地球の雨降る大地は、流域の集まりでできているのです。しかし世界的に見ても、行政区画で開発や保全を進めるのが一般的。都市開発の名のもとに、汚染され、氾濫を繰り返した70年代の鶴見川流域は、この方式の誤りを気づかせるきっかけとなりました」

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その地で育った採集狩猟少年が、地球が刻んだ「自然の単位=流域」で、環境保全に取り組もうと動き出したのは必然だろう。

都市開発は必ずしも悪ではない

岸さんは、人間の生活を二の次とするような自然保護主義者ではない。都市開発を否定するのではなく、地球と寄り添いながら街づくりをすることを理想としている。開発と環境という一見相反するものを両立することは可能なのだろうか? その決め手は意外な「協力」だ。

「鶴見川流域では市区町村が国土交通省と連携して、『総合治水』や『水マスタープラン』という計画を進めています。緑を減らして市街地を1つ作るなら、その分の保水力に対応できる雨水調整池を作る。一方保水力のある緑は、その力を評価して、保護と管理をする。そんな努力を励ます計画です。地方と国が流域で連携することで洪水を防いでいるんです」

都市開発を進める省庁は、自然を壊していくイメージがあるかもしれない。しかしそんなことはないのだ。実際、鶴見川流域は国と企業とNPO、自治体など多くの人たちが相互協力することで環境改善がなされている稀有な場所となった。

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行政区画をまたにかけたスタンプラリーも開催。水系・流域の広がりを訪ねて体感してもらう試みだ。スタンプラリーの景品は一部、今まで岸さんが書いてきた著作の印税(!)で賄っているとのこと。

「1人でも多くの都会人が、都市に住みながら狩猟採集の感覚を取り戻すのがいい、というのも私の主張の1つです。足元の大地の凸凹。流域という地球の姿を親しむには、余暇活動や学校の学習をとおして採集狩猟の楽しみを体験するのがとってもいい」

そもそも人間には進化の産物として採集狩猟の感覚が宿っているはず

岸さんいわく、ホモサピエンスは、相互に協力して木の実を採集し、大きな生物を捕まえる「社会性の採集狩猟哺乳類」に育つよう進化してきたという。

「幼児は、誰でも土や、水や、植物や、動物に“触る”のが大好きです。少し大きくなると身近な生物などを“捕まえたい”と思い、ママゴトなどにも夢中になります。10歳くらいになれば、どんぐり採集や、虫とり、魚とりに熱中する。同時に秘密基地づくりにも没頭し、親しい友だちと大冒険にでかけていきます。映画『スタンド・バイミー』の少年たちのように。この時に磨いたセンスと技術によって、採集狩猟民族は衣食住を築いていったのでしょう」

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取材中、河川敷で秘密基地ごっこをする子どもたちに遭遇。

本来、人間には地球人としての感覚が宿っているはずなのだ。しかし産業文明の産物である人工的なものは、コンクリートで地面覆い、この感覚を弱めてしまう。生物多様性破壊、温暖化豪雨時代の危機が深刻化している今こそ、人は採集狩猟の感性を取り戻す必要がある。そんな教育は、ビルの立ち並ぶ都市の中でも可能だと岸さんは言う。

「今の大人たちには、子供たちにモニターの中の仮想世界ではなく、現実の川や、街や、森や、流域を構成する世界につなぐ工夫が必要です。そういう活動は、都会でもできると思っています。洪水と、汚染と、大開発に覆われた鶴見川流域の河口の街で、自分のような都市型採集狩猟少年が無事に育ってきたことが、その証拠ですね」

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この大地の感覚を欠如したまま都市開発を断行してきた歴史は、19世紀に細胞学が確立されるまで、人体に適切な治療がほとんど実践されなかったのと似ているそうだ。血を抜けば体調が回復するという根拠の乏しい認識で多くの人が命を落としたように。しっかりとした区切りで環境と向き合わないと治るものも治らない。流域思考はリアルな地球に再適応するための基盤なのだ。

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外来種アレチウリを除去するボランティア。「緑」だから生態系が守られ、自然豊かだというわけではない。正しい知識で自然と向き合うことが必要だ。

地球人の感覚を学ぶのは「ことば」を修得するのと同じ

そんな流域思考を実践する活動の1つがトヨタ主催の「AQUA SOCIAL FES!!」だ。これは全国47都道府県でボランティア活動がお祭りのように企画されているプロジェクトで、岸さんはアドバイザーを務めている。ここには、子どもたちはもちろん、学生などさまざまな若者たちが集まる。

「地球とつながっている感覚は、発育の段階で身につけるものなので、原体験なしに成長すると習得は難しい。一定の年齢をすぎてしまうと、素直に楽しいとは思えないかもしれません。重労働ですからね。でも、そこに友だちと参加したり、新たな出会いがあったり、SNSでの投稿を見たり、複合的な因果が重なると、地球と触れ合うって心地いいことなんだな、実は楽しいことなんだなと思う時が来ます。最初は辛いけど、一度覚えると無限の喜びがある。外国語を勉強するのと同じです」

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「AQUA SOCIAL FES!!は今年で4年目を迎え、累計参加者は3万人を超します。これだけ多くの人を巻き込むのも、楽しい仕掛けを作るのも、やっぱり企業の支援なしには難しいんですよね。NPOだけじゃなく、国も企業も一緒にやっていくのが大事」

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「産業文明で深く傷ついてしまった私たちが住む地球。まっさらに戻すのではなく、人間も自然も心地よい地球にしていくのが理想です。もちろん流域ごとでそれぞれ自然な形、社会や文化の個性は異なります。それぞれのペースで、市民が共通の流域で連携して“地球とつながる秘密基地”のような場所を作る。それがこれからの未来につながる一歩だと思います」

岸さんは、終始少年のように目を輝かせながら自身の軌跡を語っていた。河川敷の不安定な地面もすいすいと背筋を伸ばして進んでいく。論文だけでは世の中は変えられない。泥だらけになりながら、日光を浴びながら、汗をかいて刻んだ軌跡がこの美しい自然なのだ。

幼かったあの日、きっと世界は彩りに満ちていたはずだ。歳を重ねるごとに繰り返される毎日に退屈さを覚えていった。地べたの感覚を、もう一度、あるいはこれから手に入れた時、きっと世界は違って見えるだろう。岸さんの眼差しは、そう語っていた。

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