「大切なのは全力で楽しむこと」世界で戦うフリースタイル・フットボーラー徳田耕太郎の"チャレンジ・スピリット"

2015年07月07日 00時00分 JST | 更新 2015年07月07日 00時00分 JST

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平凡な日常も、ささやかな「挑戦」にあふれている。仕事でもプライベートでも、何気ないルーティーンの中で、少しずつ変化を求められ、また自ら求めている。新しいことを習得しようとしたり、変えようとする過程の中で、無数の「挑戦」に臨むとき、私たちはどのようなマインドを持っていれば、凛として立ち向かうことができるのだろうか――。

世界チャンピオンになってもなお挑戦を続ける徳田さん

「挑戦する人を応援します」−−2013年より、EAFF東アジアカップのスポンサーをしているアメリカン・エキスプレスはこのコンセプトの下、挑戦する人々を応援してきた。EAFF東アジアカップ2015では、 「AMERICAN EXPRESS BLUE CHALLENGE 2015 SUMMER」キャンペーンを実施し、「チャレンジ宣言」を募集している。投稿されたチャレンジ宣言が世界の舞台で挑戦する選手たちへのメッセージとなり、エールとなるように――。

同キャンペーンでは、一度は世界の頂点に立ってもなお“挑戦し続ける” フリースタイル・フットボーラーの徳田耕太郎さんのチャレンジを通して、「挑戦することの素晴らしさ」を伝えている。

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医者からの“サッカー禁止”宣告が人生の転機に

フリースタイル・フットボールは、サッカーのリフティングやドリブルなどを“魅せる”技として磨き上げ、その技術力や芸術性を競い合う競技である。選手たちはアップテンポな音楽に合わせて、全身でボールを自在に操りながら、流れるように次々と難易度の高いトリック(技)を決めていく。その一連のパフォーマンスは躍動的かつリズミカルで、動きの激しいストリートダンスを彷彿とさせる。

徳田さんは13歳からフリースタイル・フットボールの世界に足を踏み入れ、17歳の時に史上最年少での全国大会優勝。そして2012年、イタリアで開催された世界大会で、アジア人初のワールドチャンピオンに輝いた。現在、世界でも100人ほどしかいないプロのフリースタイル・フットボーラーとして、国内外を問わず活躍の場を広げている。

一見すれば順風満帆なキャリアのように思えるが、徳田さんがここまで歩んできた道のりは決して平坦なものではなかった。

徳田さんがフリースタイル・フットボールを知ったのは中学生の頃。当時はサッカー部に所属していた。サッカーの技術書を買うつもりで立ち寄った本屋で、フリースタイルの技を紹介している本を見つけ、思わず「カッコいい!」と購入したのがきっかけだった。それからしばらくは、部活ではサッカーをやりつつ個人的にリフティングとトリック(技)の練習に励む日々が続いた。

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少しずつできる技も増えてきた中学3年の時、徳田さんは不運なアクシデントに見舞われる。練習に没頭していたある日、高い場所にあるボールを取りに行って、頭から地面に落ちてしまったのだ。すぐさま救急車で運ばれて診察を受けると、診断結果は脳挫傷。打ちどころによっては、命を落としていたかもしれない大ケガだった。

幸いにも命に別状はなかったものの、「いつ後遺症が出るかわからないから」と、身体に負担の大きいサッカーなどのスポーツにドクターストップがかかってしまった。6歳からボールを追っていた徳田さんにとって、“もうサッカーはできない”という宣告は大きな衝撃だったに違いない。しかし彼は文字通り、転んでもただでは起きなかった。

「サッカーができなくなるのは残念だな……とは思いつつ、その場で先生に聞いてみたんです。『リフティングはしてもいいですか?』って。そしたら、『それぐらいなら大丈夫ですよ』と許可してもらえて。今でも、僕はこのケガにそれほど悲壮感は持っていないんですよ。むしろ、フリースタイル・フットボールに専念するきっかけであり、今では“自分の人生を変えた大きな転機だった”と、ポジティブに捉えてるんです」

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勝ち負けではない、挑戦の本質は“自分自身との戦い”

このケガ以降、フリースタイル・フットボールに傾倒し、世界チャンピオンまでの道のりを全速力で駆け上がることとなる徳田さん。2009年に初出場した全国大会で見事に優勝を果たし、2010年に行われた世界大会「Red Bull Street Style World Final」に日本代表として出場。ここでの結果は振るわなかったが、2011年には国際大会「World Freestyle Football Championship 2011」に出場し、4位入賞を果たす。その翌年の世界大会「2012 Red Bull Street Style World Final Italy」にて、アジア人初の優勝という快挙を成し遂げた。

その過程は、「“圧倒的な強者”への挑戦」の連続だと言える。高校3年で大会に出始めた彼にとって、バトルの相手はみなキャリアも実績も遥か上をいく格上ばかりだ。しかし、彼はどんな時も笑顔でステージに上がり、堂に入ったパフォーマンスで審査員だけでなく観客をも魅了し、次々とジャイアント・キリングを起こして見せた。なぜ徳田さんは、どんなに大きな舞台でも、どんなに強敵を相手にしていても、臆することなく立ち向かうことができたのだろうか。

「勝負時で大切なのは、“ポジティブなあきらめ”だと思っています。僕がそれに気付いたのは、初めて出た全国大会の時でした。その初戦の相手が、前年の世界大会で準優勝していたトッププレーヤーだったんですね。あの時は観客の誰もが、僕ではなくその相手が勝つと思っていただろうし、僕自身も『さすがに勝てないだろうな……』ってあきらめていたんですよ(笑)。けれども、このあきらめが身体の力みをスッと抜いてくれて『負けてもいいから、できることを冷静に全部出しきろう』と気持ちを切り替えられて。結果的に、その試合ではそれまでで一番のパフォーマンスを見せて勝利することができました」

そして、徳田さんにとって最大の壁――挑戦すべき相手は、どんな時でも「自分自身」であると続ける。

「全国大会の時とは反対に、勝敗にこだわって失敗してしまったのが、初めての世界大会でした。『世界2位の選手に勝ったんだから、目指すは優勝か準優勝しかない!』と気負いすぎてしまったためか、思ったように体が動かなくて、予選で負けてしまったんです。決勝トーナメントを観客席で見ていたのが悔しくて……。しかも、決勝のステージがあまり盛り上がっていなかったんですよ。『自分が今ステージに立っていれば、会場を沸かせていたかもしれない』と思うとさらに悔しい気持ちがこみあげてきました」

その後、徳田さんは無我夢中で、練習に励むようになる。「もう大舞台でミスしたくない」、その思いで寝食以外の時間はほとんどボールを蹴り続けたという。

「やっぱり、どんな挑戦も最後は“自分との戦い”になってくるんじゃないかなと思います。2年後に再び出場した世界大会では“自分のための、自分への挑戦”だと割りきって、とにかく『ステージを楽しもう、観客を楽しませよう!』という意識で臨みました。優勝という結果を残せたことはもちろんですが、決勝でオリジナルの大技を決めてパフォーマンスを終えた時、観客が最高潮に盛り上がってくれたのが本当にうれしかったです」

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高度な技を追求するより“カッコよさ重視”で魅力を伝えたい

世界を制し、その後すぐにプロ契約が決まった徳田さんだが、ここから新たな苦悩が始まる。立て続けに入る取材対応やショー出演などの業務に追われ、練習時間が激減してしまった。そのせいもあって、ここ数年の大会では目立った結果を出せていない。そんな現状を、彼は冷静に見つめていた。

「1度優勝してしまうと、同じ決め技ではなかなか勝てなくなってしまうんです。世界大会で勝てたのは、Tokuraクラッチ(オリジナルの大技)があったから。だから今は、新しいオリジナル技に挑戦しています。自分はスキル(技の難易度)より、スタイル(独創性)で魅せられるプレイヤーでいたいので」

そして、徳田さんがこの先に描くビジョンは一個人の範囲に留まらない。彼はもっと大きな、フリースタイル・フットボールの未来を見据えている。

「次の世界大会では、もちろん優勝したいです。それは単純にリベンジしたいというだけではなくて、フリースタイル・フットボールの流れを変えていきたいという思いがあって……。大会の勝敗を決めるジャッジは、スタイルよりもスキルが重視される傾向にあります。だから選手たちは、勝つためにこぞって難しい技ばかりをプログラムに組み込む。でも、難しすぎる技って一般の人が見てもよくわからなかったりするんですよね。今後もこの傾向が進んでいけば、フリースタイル・フットボールがどんどんマニアックでニッチな競技になってしまうんじゃないかと危惧しているんです。

高度な技ができるより、ちょっと上手くできてカッコイイほうが、たくさんの人に魅力が伝わりやすいんじゃないかと思うんです。フリースタイル・フットボールを一時的な流行に終わらせたくはないという気持ちがあるので、もっと文化的に、世界に根付かせるためには、競技そのものをカッコイイものにしていきたい。だから僕は、スタイル重視の魅せるパフォーマンスを追求して、これからもたくさんの人にこの競技の魅力を伝えていきたいと思っています」

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この夏、あなたも“挑戦”してみませんか

今回のインタビューで徳田さんは、今後の「挑戦」を私たちに力強く語ってくれた。それは、彼が常々「目標を明確にすることで向かうべき方向を見失わない」という思いで“言葉にする重要性”を意識しているからだ。

徳田さんは、最後に次のようなメッセージを残して、挑戦したい人の背中をそっと押してくれた。

「いつも練習大変だねって、いろんな人が声をかけてくれるんですけど、僕はフリースタイル・フットボールをやっていて大変だと思ったことは一度もないです。何よりも僕自身が好きでやっていることだから。みんな、やれって言われていることを一生懸命やっているように思うんですけど、もっと、自分がやりたいことを一生懸命やればいいんだと思います。大事なのは、やらずにあきらめるのではなく、あきらめがつくまでやること」。

アメリカン・エキスプレスは、東アジアカップを、徳田さんを、そして、挑戦するすべての人を応援している。この記事を読んでくれたあなたも、今年の夏は、思い切って何かに“挑戦”してみてはいかがだろうか。その第1歩として「AMERICAN EXPRESS BLUE CHALLENGE 2015 SUMMER」キャンペーンを通じて、この夏、「あなたのチャレンジしたいこと」を宣言してみよう。投稿された「チャレンジ宣言」は応援フラッグとなって、東アジアカップの期間中、大会会場内に掲出される予定だ。

「AMERICAN EXPRESS BLUE CHALLENGE 2015 SUMMER」キャンペーンに参加して、徳田さんのスペシャルムービーを見よう。キャンペーンへの参加はこちら

(執筆:西山武志/写真撮影:西田香織)