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ニースのテロ事件が発生した「7月14日」は、フランスにとって特別な日だった

2016年07月14日 23時27分 JST | 更新 2016年07月16日 01時41分 JST
ASSOCIATED PRESS
French soldiers parade the Champs Elysees avenue, with the Arc de Triomphe in background, during the Bastille Day parade in Paris, Thursday, July 14, 2016. (AP Photo/Francois Mori)

フランス南部ニースで7月14日、花火を見ていた人々の中に暴走したトラックが突っ込み、少なくとも77人が死亡した。フランスのエロー外相はテロ事件だという認識を示した。この日フランスは「革命記念日」と呼ばれる休日だった。

■フランスでは、なぜ7月14日を「革命記念日」と呼ぶのか

7月14日が「革命記念日」とされる由来は、今から227年前の1789年にまでさかのぼる。

当時フランスはブルボン家が支配する絶対王政の国で、度重なる戦争による財政難にあえいでいた。しかし、聖職者や貴族などの特権階級には免税が認められ、広大な土地とあらゆる官職を独占していた。その一方、国民の90%を占めた平民たちは厳しい生活を強いられていた。農民は地主からの重税に苦しみ、市民は経済的な自由を求めていた。さらに折悪く、フランスでは天候不順による凶作も発生。経済的にも社会的にも、不安が高まっていった。

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当時の世相を風刺した絵。平民が、貴族と聖職者を背負って苦しむ様子が描かれている。

こうした中で平民たちは、自分たちこそが国民を代表するものだとし、議会をつくり、憲法の制定を目指した。これに対し国王ルイ16世や保守的な貴族たちは平民たちを武力でおさえこもうとした。

危機を感じた民衆たちは1789年7月14日、武器・弾薬を求めて政治犯が収容されていたバスティーユ牢獄を襲撃。この報が全国に伝わると、フランス各地でも蜂起が起こった。1793年1月、国王ルイ16世は断頭台で処刑され、フランスは国民が主権を持つ「共和制」の国となった(第一共和制)。

こうしたことから、7月14日という日はフランス革命の端緒となった日であると同時に、今の「フランス」という国を形づくるきっかけとなった重要な日とされている。

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バスティーユ牢獄襲撃事件

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ルイ16世の処刑

■現代では、軍事パレードや花火でお祝いも

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革命記念日の軍事パレード

現在のフランスでも、7月14日の「革命記念日」は重要な祝日とされている。2016年もパリ中心部のシャンゼリゼ大通りでは、3000人以上の兵士や約200両の車列が凱旋門からコンコルド広場までの約2キロをパレード。上空では軍用機がフランス国旗にちなんだ赤、青、白の煙をたなびかせ、人々の目を楽しませた。

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赤、青、白の煙をたなびかせる軍用機

7月14日はパリ以外でも各地でダンスパーティーや花火大会などさまざまなイベントが催され、夏のバカンスの始まりを告げる祭りの日でもある。ニースで発生した事件も、その最中に発生したものだった。

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ニースでも革命記念日を祝う花火が打ち上げられていた

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