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レーニン遺体、保存継続か埋葬か ロシアで議論二分

2017年04月21日 18時24分 JST | 更新 2017年04月21日 18時24分 JST

ロシアの前身、ソ連の建国を実現した革命家、ウラジーミル・レーニン。その遺体は永久保存され、死後90年以上たった今でもモスクワ中心部の「赤の広場」で展示されている。遺体の保存を続けるべきか、あるいは埋葬すべきか--。4月22日はレーニンが生まれた日。ロシア国民の間で意見が割れたまま、節目を迎えた。

lenin mausoleum

「レーニン廟」に安置されているレーニンの遺体

レーニンはロシア帝政時代の1870年、今のロシア西部にあるウリヤノフスクで生まれた。大学時代に経済学者カール・マルクスの思想に影響を受け、社会主義運動を開始。別の革命政党が帝政ロシアを倒して臨時政府を設立したが、レーニン率いるグループがさらにこの政府を打倒。ソ連建国を実現させた。

1924年1月にレーニンは亡くなったが、ソ連指導者たちは、「ソ連建国の父」である彼の遺体を保存することを決定。特殊な保存液につけるなどの方法が生み出され、今なお赤の広場にある「レーニン廟」に安置、展示されている。

1991年にソ連が崩壊した前後、ソ連各地でレーニン像が倒された。平等で公正な社会を理想として掲げたソ連だったが、国民らが直面したのは国家権力による監視と弾圧、官僚の腐敗、経済の停滞などだった。像はこうした「暗い時代」の象徴物とも見なされた。

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撤去されるリトアニア・ビリニュスのレーニン像=1991年8月23日

ソ連の残滓を排除したいというロシア人の思いはレーニンの遺体にも向けられ、これまで何度も議論されてきた。ロシアの世論調査機関「レバダ・センター」が4月19日に発表した調査結果によると、レーニンの遺体は、親族が眠るサンクトベルクの墓地か、あるいはソ連の歴代指導者らの墓がある「クレムリン(ロシア大統領府)の壁」に埋葬するのに賛成と答えた人は6割近くに上った。現状のまま廟に残すことに賛成したのは3割にとどまった。

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赤の広場の一角にある「レーニン廟」。中にレーニンの遺体が安置されている=2005年2月16日

国会でも動きがあり、プーチン政権の与党「統一ロシア」と、政権を事実上支持する自由民主党の一部の議員らが4月20日、レーニン埋葬を実現するための関連法案を下院に提出したと国営メディア「RT」などが伝えた。また、ロシア正教会側からも埋葬を支持する発言が出ている。ノーボスチ通信によると、在外ロシア正教会の幹部らが2017年3月、「レーニンの遺体から赤の広場を解放することが、主とロシア人民とが和解したという一つの象徴になる」と話した。レーニンがソ連時代、正教会の弾圧を指示していたことを念頭に置いた発言とみられる。

ただ、遺体埋葬がすぐさま実現する可能性は低そうだ。ロシア紙「イズベスチア」の取材に対し、統一ロシアの幹部は「遺体を埋葬すれば社会の分断を招くことになり、党としては法案を支持しない」。また、RTによると、ソ連時代に一党独裁を維持していた共産党の後身、ロシア共産党幹部も「埋葬すれば社会に不和をもたらす」などと法案に反発している。

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