あの人のことば

菅官房長官への追及は「政治や権力に一石投じたい」から 東京新聞・望月衣塑子記者に聞く

誹謗中傷受けても「家で子供と触れ合い、落ち着く」

2017年10月05日 15時12分 JST | 更新 2017年10月05日 18時14分 JST
Huffpost Japan/Kei Yoshikawa
東京新聞の望月衣塑子記者=東京都千代田区

菅義偉官房長官の記者会見で質問を繰り返す東京新聞社会部の記者、望月衣塑子さんが注目されている。菅長官に果敢に攻め込むその姿は政治部記者が中心となっている首相官邸の記者会見の慣習とは一線を画すもので、市民らの支持を得る一方、与党を支持する一部ネットユーザーらからは批判的な声も出ている。

「報道機関は政権・権力の監視チェックをしないといけない」と話す望月さんは、2児の子育てにも奔走する毎日だ。ハフポスト日本版は、望月さんに安倍政権のことや、また政治取材などについてインタビューした。

Toru Hanai / Reuters
記者会見する菅義偉官房長官=2017年5月

■「疑惑隠し解散」と言われても仕方ない

――臨時国会の招集日に冒頭解散しました。安倍首相は国会で「森友・加計疑惑」の追及を受けないままで総選挙に突入しました。この現状をどう見ていますか。

「疑惑隠し解散」と言われても仕方ないと思います。安倍政権はこれまで、北朝鮮の核実験やICBM(大陸弾道弾ミサイル)の発射を非難していて、その一方で有事によって支持率を回復してきました。民進党が混迷し、若狭勝衆院議らによる新党の準備が終わらない現状で「いまなら勝てる」と解散に踏み切ったということでしょう。

北朝鮮有事といいつつ、選挙によって政権の空白を作ることにもなります。解散へのそういった表向きの理由が、解散への大義として理解してもらえると思っていたのでしょうか。首相の言う「丁寧な説明」とは一体なんなのか。毎回のこととはいえ、私たち市民を愚弄(ぐろう)しているよう感じます。

――菅官房長官の会見で8月の後半以降、記者の追及が弱まっているようにみえます。

私が初めて官邸会見に行ったのは6月6日です。以降、官邸会見は、記者の手が上がり終わるまで続けられ、30分ほど、時には40分に及んだこともありました。しかし、8月末ごろから「あと何人、あと何問」という官邸広報官の打ち切りが始まっています。私自身は、もうだれも手を上げない状況になるまで決して指されません。1、2問聞くと、広報官が「公務があるのでご協力を」と言い始めて、その後「あと何問まででお願いします」と言います。連続して質問させないようにしているのだと感じます。

森友・加計疑惑で問われているのは、首相や和泉洋人首相補佐官ら、官邸中枢部での判断や指示がどうだったのかです。質問の打ち切りを菅長官側が言い出したのは、森友・加計をはじめとする疑惑追及から逃れるためではないかと思っています。

――社会部の望月さんは、政治部記者中心の官房長官会見に頻繁に出席し、厳しい質問を繰り返しています。きっかけは何だったのですか。

事件記者として森友学園と加計学園の問題を疑問に思い、取材していたことがきっかけです。6月1日に、加計学園の問題をめぐり、前川さん(文部科学省前事務次官の前川喜平さん)への単独インタビューをしたのですが、事務次官経験者が内部告発をするとは前代未聞で、並大抵のことではないと感じました。疑惑の中心にいるのはだれなのか、だれに話をぶつけるべきかを考えたときに浮かんだのが菅官房長官でした。それで、6月6日に初めて菅房長官会見に出ました。

――6月8日の会見では、計20分にわたって23回もの質問をしました。

ええ。気づいてみたら...という感じで、自分でもしつこいなと(笑)。初めて参加した6日はなんとなく「ああ、こんなふうに聞けるんだ」と感じました。その時の菅長官はきっちりと言葉を選んで考えて答えてくれたのですが、2回目に出席した6月8日からは、「問題ない」「他の人に聞いてください」「私の管轄外です」などと言って、まともに答えてもらえなくなりました。コメントとして抜き取られないような慎重なコメントをするようになっています。

――望月さんに対し、政治部の記者たちはどういう反応ですか。

まったく良くは思われていないと思います。今までのやり方や空気をぶち壊していますから。でも葛藤もあると思います。政治部の番記者にとっては、菅さんや菅さんの秘書官が日常の情報源です。その菅さんたちが怒るのは、それはそれで結構きついことなのではと察します。その点、番記者の方々には申し訳ないと思っています。

最近は、質問を繰り返す骨のある他社の記者も出てきました。たった一人でもそういう人がいてくれると勇気づけられますね。

Huffpost Japan/Kei Yoshikawa
インタビューに答える望月衣塑子記者

■会見の場でどれだけ浮き彫りにできるか

――事件記者が長かったですよね。地検や警察の会見では、他社の記者も畳み掛けるように質問したりもします。一方、菅房長官会見の雰囲気やルールは事前に知っていたのですか。

東京地検特捜部を担当していたときなどは、会見では、やはり私も他社も結構しつこく聞いていました。いまも、菅房長官会見では事件を追及していた時と同じ感覚でやっています。

週刊誌など雑誌に出ていることは質問しない、などといった菅房長官会見のルールは知りませんでしたし、テレビの記者さんから会見が閉鎖的だとも聞いていましたが、実際、官房長官会見の動画を見て驚きました。「もり・かけ」(森友学園と加計学園)問題が連日報道されている最中にもかかわらず、記者はこれに関して1、2問しか聞かず、菅長官の「問題ない」「文科省に任せている」といった答えで終わってしまうのです。「えっ、それ以上、畳みかけて聞かないんだ」と不思議に思っていました。

――事件記者の流儀で質問を繰り返して、周りから浮いたように感じたりしませんか。

シーンと静まり返っていますよ。ただ同時に、先ほどの話とも重なりますが、官房長官番の記者たちは、本音ではここをもっと追及したいと思っていても、菅長官との関係性上聞けないということも多々あるのではないかとも感じます。だから必ずしも全員が冷ややかな目線だとは思っていません。

――一方、望月さんは怯まずに聞き続けています。

そうですね。応援もたくさんいただいています。菅さんが何度も何度も「問題ない」と答えている姿が動画で映されるだけでも、世の中の人に「この人きっちり答えられないのかな」というのが伝わるという思いもありました。菅長官にしてみれば、それだけで自分のイメージダウンにつながると思うかもしれませんし、私に対しての「なんだあいつは」という感じが態度や表情にも出るようになったのだと感じます。少し前からは指名するとき顔を背けられたりしています。よほど嫌われているようです(苦笑)。

――そういう会見の雰囲気や、政治部の取材の仕方をどういうふうに見ているのですか

菅さんはあらゆる情報を持っています。政治記者としては、担当している政治家が偉くなればより政権の中枢部からの情報が得られますし、ひいては自分の会社内での発言権が高まります。そういう意味では、政治家と対峙するのではなく、担当した政治家からいかに情報を取るかということが最も大切となってくるのでしょう。でも、事件記者とはベクトルが全然違うんですよね。ですから、政治部の番記者に、私のような質問をしろというのはおそらく難しいんです。

この4カ月の中で、いかに会見の場で菅長官に疑問をぶつけ、そこで上手に聞き出すことが大切かを感じています。官房長官会見を見ていると、最近は、ひたすら秘書官らが準備したと見られる原稿を読み上げていますね。記者から事前に質問をもらっていることが多いのではないでしょうか。これは効率よく会見を行うために使われる手法ではありますが、ただ最近のように、ほとんどが事前に用意されているのはやはり問題ではないでしょうか。その予定調和は物事をスムーズに運ぶにはいいですが、一方で馴れ合いにも見えます。

――その点は、変えたほうがいいと思っているのですね。

そうですね。切り込みの質問がないと、ただの政府広報になってしまいます。事前に知らせた方が相手も用意できる利点はありますが、アメリカのホワイトハウスのような記者との丁々発止は起こりません。政府の答弁の先にある本音や隠そうとしてる事柄を、会見の場でどれだけ浮き彫りにできるか。そのためにどんな質問をするのかは、私のような社会部記者の立場では問われていることの一つと思います。

――記者は、聞くべきことを聞くのが仕事だという捉え方がある一方、ネットを中心に、「なんだ、あのしつこい女性記者は」などと批判するような反応もあると思います。

ありますね。報道機関は政権・権力の監視チェックをしないといけないという意識は、政治部であっても何部であってもどこか持っておくことが必要だと思います。相手におもねるような質問だけではだめですよね。

Jiji
参院予算委員会で菅義偉官房長官(左)と話す安倍晋三首相=24日、国会内 撮影日:2017年03月24日

■ネットの誹謗中傷にさらされると、やはり落ち込みます

――ところで、事件記者のときは会見でしつこく聞いたうえで、「夜討ち朝駆け」(記者が関係者の自宅などに行って取材する手法)もしますね。でも、お子さんが生まれてからは、やり方も変わったと聞いています。

1人目の子供を産んだ後に経済部の経産省担当になりました。当時は3.11(東日本大震災)の1年後で、まだ経産省内は混とんとしていました。たとえば、枝野(幸男)さんの大臣会見が夜の7時から、有識者を集めた経産省が主催する勉強会が夜9時から始まったりしていました。

でも、子供のお迎えに行かなくてはなりませんから、とても参加できません。「熱が出ました」と保育園から呼び出されることもしょっちゅうです。会見を初めの3分だけ聞いてメモを会社に上げて、「もう帰ります」という感じでした。省庁の流れを全然キャッチアップできず、どうしたらいいのかと、悶々としていました。

そんなあるとき、上司が「昼間できることをすればいい。自分のテーマを見つけてやりなさい」と言ってくれたんです。子供の夜泣きで寝不足も続いていましたし、仕事は満足にできないし......よほどしんどそうに見えたのかもしれませんね。

上司とも相談し、2014年4月に47年ぶりに解禁となった武器輸出をテーマに防衛省や防衛企業を追いかけることにしました。早朝や夜に勝負するほどの大特ダネは取れないかもしれませんが、一方で手応えも感じられるようになりました。最初は口を閉ざしていた防衛企業や下請けの会社の人、防衛官僚たちも、取材を続けるうちにポツリポツリと本音を話してくれるようになったからです。昼だけしか取材できなくても、できないことはないと思えたのです。

官邸会見はいつになっても緊張しますし、読むと気分が落ち込むような私に関する記事を書かれたときやネットの誹謗中傷にさらされると、やはり落ち込みます。でも、家に帰って子供と触れ合ってるとなんとか落ち着きを取り戻せますし、凹んだ気分から解放されますね。

――かつて事件記者だった時は、生きがいは1面に特ダネを書くことだったんでしょうね。変わりましたか。

かつては、特ダネだけを書いていればいいと思っていました(笑)。でも40代となり、「トップ屋」(トップ記事を書く記者)でい続けることには厳しさも感じています。特ダネを取るための夜討ち朝駆けはできなくなりましたからね。今は政治や権力に一石を投じていきたいという思いが大きくなりました。「トップ屋精神」だけではもうだめだという意識も強まっています。

最近では、自分の媒体だけではなく、テレビやほかの新聞、ネットなど、様々な媒体に関わるメディアの記者や識者との繋がりが強くなりました。骨のある記者や識者というのは様々な場所にいます。その方々と情報を共有し、問題意識を持って記事を書くのはもちろんですが、さらにFacebookやTwitter、講演など、様々な手段で、政治や社会の抱える問題を地道に市民の方々へ伝え続けることが大切だと思うようになりました。

――ちなみに菅長官とは、会見以外で直接対話したことはあるんですか。

ないです。「実は2人は裏で乾杯してる」なんていう四コマ漫画をファンの方からいただきましたが(笑)。権力を批判するためにも、あまり相手のことは知り過ぎたくないですね。権力者とは一定の距離を置いておくことが、いまの私の立場では必要だと思います。

菅さんたちを尊敬する面もたくさんありますよ。政治家は、会見をすることで自分がさらけ出されます。いいときもあるけれど叩かれ放題のときもあり、そして最終的には選挙が待っています。

その一方で、私は記者として原稿を書きますが、表舞台ではなく、あくまで裏側にいて、顔を出すことはありませんでした。でも会見で質問することで、取材を受けたり、講演に呼んでいただいたりするようになり、意図したわけではないのですが自分をさらけ出すようになると、攻撃をされることも多々あることを知りました。

政治家はこれをずっとやり続けているのですから、その覚悟というのは半端なものではないと思います。その意味では菅さんもすごいと思うし、野党も与党の議員も同様です。安倍さんも、いいときもあれば悪いときもあり、叩かれる時もあります。記者である私は会社の看板に守られている中で批判し、疑惑を追及していると思いますが、政治家は自らがその矢面に立って、最後は選挙でその審判を受けています。

■講演会やネットは、新聞を読まない人たちにも伝えられる場

――必ずしも「安倍憎し」との思いで矢継ぎ早に質問をしているということではなくて、おかしいと思うことを聞いているということですね。

そうですね。「もり・かけ」問題は、まさに安倍首相や昭恵夫人自らが関与している可能性が疑われている案件です。森友学園では、「瑞穂の國記念小學院」通称〝安倍晋三記念小学校〟をめぐり、8億円もの土地値引きがなぜ行われたのか。加計疑惑をめぐっては、「総理のご意向」は本当にあったのかなど、政府、首相官邸、内閣府がきちんと資料を出して、説明しない限り、疑惑の念を拭い去ることはできないでしょう。安倍首相も丁寧な説明といっているわけですから、まずは関係者を国会に招聘し、正々堂々と疑惑を晴らせばいいと思うのですが。今はそれがかなわないので、その問題を繰り返し繰り返し、しつこく問いていきたいと思っています。

――ネットから批判されることもあるとのことですが、ネットをどう見ていますか。

私の武器輸出の講演に来てくださった人たちに、「どうして武器輸出に関心を持ちましたか?」と聞くと、「この講演会で初めて知りました」とか、「ラジオで」「テレビで」とか、「Facebookで知りました」とか、問題を知ったきっかけが本当にバラバラなんです。みんなが東京新聞を読んで貰っているのでしたらいいのですが、そうではない時代になってきたことを実感しています。

もちろん、私の軸足は新聞であり、まずは新聞で書くことを第一に考えていますが、一方で、あらゆるツールを使って伝えていくことも重要だと思っています。その意味で、SNSはとても大切だと考えています。また講演会やラジオ、ネットなどは、新聞を読まない人たちに対しても、伝えたい政治の現状を伝えられる場だと思っています。

――今後の目標はなんですか。

取材した記事や講演などを通じて、人々に政治や社会の問題点をしっかり伝え続けることです。そして政治を少しでも市民の手になるような身近なものに変えていけたら、と思っています。最近の官房長官会見は、「安倍一強」の中、あるものを「ない」「知らない」と言っても、官房長官会見では通ってしまう、それでいいのかと思っています。

実は私自身、以前は事件、事件、事件で政治への関心が薄く、武器輸出に関しても知らないことばかりでした。でも今は、自分が取り組む武器輸出問題や、教育基本法のあり方が変えられてきたことなど、政治や社会が抱えている問題について、現状のままでいいとはとても思えません。未来の子供たちのためにも、いまの自分にできることを、一つ一つ積み重ねていきたいと思っています。

――最近、新著『新聞記者』(角川新書、10月10日刊行)を書かれました。

現状は、わかるまで質問できる機会が官邸会見では奪われていますが、新聞記者としての矜持やこれまでの記者人生を振り返った思いを込めました。

「なぜ質問し続けられるのですか」とよく聞かれますが、やはり積み重ねです。幼少期や両親とのやり取り、熱い先輩記者たちからの教え、取材相手だった警察や検察とのだましだまされ。そのなかで私は、記者として、警察や権力者が隠そうとしている事実を明らかにすることにやりがいを感じ、テーマにしてきました。

会見の様子を見て、期待してくださる方からは「正義のヒーロー」のように言われたり、批判的な方からは「攻撃的な反権力記者」のように言われたりしますが、どちらも実際の自分とは少し距離があるように感じています。この本で「望月って面白いやつだ」と思っていただけたらいいなと思います。そして、一歩でも二歩でも自分で踏み出して行こうという、そんな気持ちを読者の方に持ってもらえたらとてもうれしく思います。

Huffpost Japan/Kei yoshikawa
インタビューに答える望月衣塑子記者

望月衣塑子(もちづき・いそこ) 1975年東京都生まれ。慶応大学卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉、横浜、埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。著書に防衛省取材をもとにした『武器輸出と日本企業』(角川新書)など。

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