NEWS

黒柳徹子、疎開中の写真を公開。「セーラー服が私の一張羅」 戦争体験もつづる

「確かに、私は、緊張して生活していたのかもしれませんね」

2017年11月09日 12時34分 JST | 更新 2017年11月09日 12時51分 JST
Getty Images
黒柳徹子さん

女優の黒柳徹子さんが11月7日、自身のInstagramを更新し、太平洋戦争中に東京から青森へ疎開した頃に撮影した写真を投稿した。

写真には、セーラー服姿で、まっすぐレンズを見つめる幼い頃の黒柳さんがうつっている。黒柳さんは、疎開先で東京から持ってきた服がボロボロになってしまい、従姉妹から貰ったセーラー服が"一張羅"だったと戦争体験もつづった。

この写真は、戦争中に青森県三戸郡という所に、疎開していた時の私です。 お昼のドラマ「トットちゃん!」では、ちょうど、先週放送していた頃ぐらいです。 この写真を見て、「かわいそうに、随分緊張して暮らしていたんだね」と、言ってくれた人がいました。 夜になると、空襲や爆撃のある東京から逃れて、知り合いを訪ねて、青森に疎開。 父は、出征して兵隊になり、どこに行ったのかも、分かりませんでした。 確かに、私は、緊張して生活していたのかもしれませんね。 このセーラー服は、従姉妹から貰った、私の一張羅でした。 それまでは、横分けの髪に大きいリボン。母の手作りのかわいい洋服。そして、白いハイソックスに、黒いエナメルの靴。 お洒落をするのが、大好きでした。 そういう格好から、戦争になると、東京から持っていった洋服も、ボロボロになってしまい、足は、どんどん大きくなって、お気に入りの靴は入らなくなりました。 従姉妹に貰った、このセーラー服にモンペのズボン、そして、下駄というのが、私の唯一のよそゆきでした。

Tetsuko Kuroyanagiさん(@tetsukokuroyanagi)がシェアした投稿 -

当時は、出征した父がどこに行ったのかもわからなかったという黒柳さん。

小さい頃からおしゃれをするのが大好きで、疎開するまでは「横分けの髪に大きいリボン。母の手作りのかわいい洋服。そして、白いハイソックスに、黒いエナメルの靴」がお気に入りの格好だったという。

しかし、疎開先で東京から持ってきた服はボロボロになってしまい、足も大きくなってしまったため、お気に入りの靴も入らなくなったという。「従姉妹に貰った、このセーラー服にモンペのズボン、そして、下駄というのが、私の唯一のよそゆきでした」と振り返った。

黒柳さんのInstagramには、日々、おしゃれへの情熱やこだわりをうかがい知ることができる一面が投稿されている。セーラー服を着て、緊張した面持ちを浮かべる幼き日の黒柳さんの姿に、「戦争がいかに日常を変えてしまうか、改めて思い知らされました」「戦時中の写真は、何気ないものでも、訴えかけてくるように感じます」などのコメントが寄せられた。