「夏目漱石『こころ』の賞味期限は切れている。なぜなら…」 歌舞伎町ホストが語る“男の自己愛”

【カリスマホストの裏読書術 #2】 夏目漱石『こころ』(新潮文庫)

"本好き"のカリスマホストとして知られる手塚マキさん。新宿・歌舞伎町で、ホストが書店員の「歌舞伎町ブックセンター」を営む。

現代社会を映し出すヒントは、本にある。国語の教科書でもおなじみの『こころ』(夏目漱石)を手に取り、手塚さんは「終始、胸糞悪い小説ですね」と話す。

不朽の名作が一体なぜ? 手塚さんにワケを聞いた。

現代の若者は「こころ」を読んではいけない

男社会には、「マウンティング」が溢れています。

相手より自分がいかに優れているかを示すためだけの、くだらない行為。僕がいるホスト業界でも見られる現象ですが、「こんなことが許されるのか」といつも疑問に思っています。

夏目漱石の「こころ」は"愛"と"友情"の葛藤を描いた名作として知られ、教科書に載っています。しかしながら、僕には、登場人物のひとりである「先生」が、歪んだ自己愛にまみれ、友人の「K」をはじめ、周囲の男性をマウンティングし続けただけの小説にしか読めない。それも、女性を道具に使ったりしているところが許せません。

だから、僕は後輩のホストや若い人にこの小説はすすめたくないのです。

手塚マキ

友人にマウンティングするために結婚した男の話

「こころ」は、大学生の「私」が、「先生」という謎の男性との交流を描いた物語です。

そこには、先生が友人の「K」を裏切って、今の奥さんと結ばれた経緯が書かれていました。

Kは当時、親から勘当されて経済的に困っていました。そこで先生は、Kを助けてやろうと自分の下宿先に迎え入れます。

やがてKから、下宿先の「お嬢」を好きになったと告白されると、先生は自分と、お嬢との婚約を成立させるのです。Kはその後自殺。

「先生」は親の遺産を武器に、Kを養うという優越感を得ただけに飽き足らず、同じ女を狙って自分が手に入れることでまたまた優越感にひたる。

「お嬢」をマウンティングの道具としてとらえ、Kを悔しがらせるためだけに結婚したように見えます。くだらない男社会の見栄の競争においてKとの勝負にこだわりました。

先生のひとり相撲的なマウンティングは、自殺という人生の最後の瞬間まで徹底されています。

先生は、明治天皇の崩御、乃木大将の後追いという形で自殺をしました。「二、三日して、とうとう自殺することにした」と本の中では、死があまりにフランクに描かれています。

"自死ブーム"の先頭を走ることで「かっこいい男だろう?」と「私」をマウンティングしたようにしか見えません。

人生をかけて周囲の男性を威嚇し続けた先生。自分を慕う女性もその道具にして。終始、胸糞悪い小説です。

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いま「こころ」に共感する男性は正直危ない

先生の不愉快な言動を、漱石がわざと「人間の業」として描き、男性の共感を呼んでいる可能性もあります。でも、それって健全でしょうか。

2018年の現代の男性読者が「俺にもそんなところがあるなあ」なんて、安心感を覚えているのだとしたら、女性を道具として扱うマウンティングが、憂いある人間の葛藤として受け入れられてるのだとしたら、危ない。

ホストとして、現代の「こころ」と向き合う

正直に言います。僕の経営するホストクラブという場所は、お客さんである女性をマウンティングの道具にしている面も否定できません。

多くのホストクラブ従事者はそれに気づいていませんが(むしろ女性が普段感じる、ジェンダーの抑圧から解放するための「社会的意義のある場所だ」と誇りを持っています)。

ホストクラブは、もちろん女性を楽しませる場所だし、ホストの男性は誠心誠意、女性に接しています。

でも、ホスト同士の争いに女性が巻き込まれていることもある。

どんな売れっ子のホストでも、お客さんの9割には選ばれない屈辱を味わいます。別の同僚ホストが代わりに選ばれてお客さんのテーブルに付き、一緒にお酒を飲む。自分は選ばれない。

ホスト同士に負けず嫌いの気持ちが芽生え、同僚ホストを出し抜こうと、もっと女性客に尽くします。そしてお店にお金が落ちる。

新宿・歌舞伎町の夜
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新宿・歌舞伎町の夜

ホストクラブがビジネスモデルを変えるとき

でも僕、いつかやめたいんです、このシステム。女性を楽しませると言いながら、背後にはマウンティングを利用したビジネスモデルがある。理想は、もっと男女が対等な立場でお酒を飲める場所にすることです。

女性の社会進出が叫ばれている中、「ホスト」というビジネスとはいえ、あるいは「小説」とはいえ、変わらないといけないところは変わらないといけない時期にきている。

「こころ」は明治に書かれたものだから「時代状況が違う」という意見があるのは分かります。でもそろそろ「賞味期限が切れている」ということを私たちは自覚しないといけない。

「こころ」が教科書から消えて、ホストクラブが今の競争システムをやめる。男性がマウンティング中心の男社会の夢から覚めて、女性を対等な存在として認識する。そんなことが実現した時、日本人はもっと健全で新しいジェンダー観を手に入れているのではないでしょうか。

手塚マキさんが名著を独自の見方で読み解いた新刊『裏・読書』が4月20日、「ハフポストブックス」から刊行されました。全国の書店、ネット書店で販売されています。