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菅谷明子 Headshot

歪められたネットの情報に惑わされないために

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■ 公共財としてのメディア

あなたが車を買うとしたら、まずどうやって情報を集めるだろうか。テレビCMや新聞雑誌の広告。モーター雑誌の解説記事。自動車会社のウェブサイト。車のレビューをネットでチェック。あるいは、ショールームで話しを聞き、乗り心地を体験してみるだろうか? アメリカには「コンシューマー・レポート」という読者から絶大なる信頼を得ている月刊誌がある 。なかでも年に一度の自動車特集への関心は高く、走行性能、安全性などの評価は、北米の新車や中古車販売に大きな影響力を持つ。私もアメリカで車を買った時には、お世話になったし、大事なもの、高価なものを買う時には、必ずチェックする情報源だ。

刊行は約80年前の1936年にさかのぼる。 非営利消費者組織コンシューマー・ユニオンが発行する商品レビュー誌で、紙とウェブ版の合計で730万(うち雑誌発行部数は400万)もの購読者を誇る。ネット時代で多くの雑誌が苦戦するなか、なぜこれ程、成功を収めているのか。そして、他のメディアと何が異なるのだろうか。

まずその秘密は、徹底した独立性にある。 一般企業による広告は一切掲載せず、広告を目的にした記事の使用も認めず、財源は購読料で賄われる。商品テストも徹底し、年間予算に2100万ドル(約21億円)を投入する。テスト用商品の購入にしても、社員は決して身元を明かさず、一般ルートから個人的に購入する徹底ぶりで、無料サンプル商品は一切使わない。商品テストは独自の試験施設で行われ、専門家が繰り返しデータを取るなど綿密だ。また調査センターも抱え、ここでは独自のモニター調査やアンケートを行う。こうした商品のレビューに加え、商品のリコール情報も日々アップデートし、政府に対する法規制整備の呼びかけや、企業には製品の質向上も積極的に訴えるのである。
 
扱う商品の幅の広さも魅力で、家電、コンピュータから、航空チケット、金融商品、加えて、住宅建材、化粧品、ベビー用品 などとバラエティに富む。かつては月刊雑誌購読のみだったが(年間20ドル)、過去のレビューが検索可能で、データベース的にも使えるデジタル購読(年間30ドル)、また、ひと月のみのデジタル購読(6.95ドル)も可能で、こちらは単発リサーチに格好だ。

コンシューマー・レポートは、アメリカでは「公共財」と捉えられていると言っても過言ではない。公共図書館の閲覧コーナーには、必ずといって良い程バックナンバーがストックされ、私が利用する米国の地元公共図書館では、市民のためにオンライン購読し、図書館サイトの「消費者情報」のリンクを辿って、図書館カード番号を入力すると、自宅からの無料閲覧が可能になる。情報過多と言われる中、コンシューマー・レポートの成功は、いかなる組織からも独立し、専門的に検証された情報が、実は、いかに希少であるのかを物語る。その証拠に、これまでコンテンツは全て有料で提供してきた。その価値を理解するメディアリテラシーの高い市民が、こうしたメディアを下支えしていると言えるのである。

■ 市民の賢さが問われるソーシャル時代

メディアリテラシーとは、メディアの特性を理解し、情報を批判的に読み取ると共に、メディアを使って表現したり、社会をより良い方向へ導く為のコミュニケーション能力である。情報テクノロジーを使いこなす力と混同されることもあるが、メディアリテラシーは、実用的なメディア活用のノウハウをマスターするのが目的ではなく、メディアの特性やビジネスモデルが情報のあり方にどう影響しているのか、情報にどんなバイアスがあるかなど、情報と社会の関係を理解していくものだ。

メディアが我々の日常にこれほど深く浸透しているにも拘らず、メディアが伝える情報がどのような性質を持ち、どんなプロセスを経て送り出されているのかといった基本的なことさえ、体系的に学ぶ機会は実はほとんどない。私は、現代社会に空気のように漂うメディアを「可視化」する必要性を痛感するなかで、1980-90年頃から先進国を中心に、メディアリテラシーが学校教育の「国語」(母語)などに取り入れられているのを知り、イギリス、カナダ、アメリカで調査を行い、「メディア・リテラシー~世界の現場から」(岩波新書)という本にまとめた。
 
こうした国々では、メディアリテラシーは、メディアの消費者、発信者、市民として、また、民主主義社会に積極的に参加するためのスキルとして捉えられている。コンシューマー・レポートを例にすれば、この雑誌の読者は、広告の特性を理解しており、商品情報を得る為には広告では不十分だと考える。そして、広告とは、突き詰めれば、企業や組織がメディアの枠を買い取り、そのスペースを使って、自分たちが伝えたい情報を一方的に発信するものだと理解している。確かにアメリカでも、大半のメディアが広告から収入を得ており、また、広告はメディアを成り立たせる上で、大事な基盤となってきたが、それでも、独立した情報の価値を信じる一定層は、メディアリテラシーを基盤とした健全なメディア社会を支えてきたのである。

■ 新しいメディアのカタチの可能性と限界

日本でもインターネットの登場以来、メディア環境が大きく変化を遂げ、ネットメディアのお陰で、マスメディアだけでは知り得なかった多様な情報や視点に、容易に触れられるようになった。日本では、新聞や放送など、本来、権力をウォッチする役割を担うマスメディアが、その責務を十分に果たしていないことへの不満がある。そのため、日本のネットメディアは、反マスメディア的色彩が強く、伝統的マスメディアに欠けている視点を知る上では、意味ある存在である。

しかし一方で、多くのネットメディアは、資金や人材不足も手伝い、 ごく限られた個人的経験や意見がコンテンツの多くを占め、 事実を積み上げ、大局的な視点から検証した情報の提供が不足しており、また、議論の場としても、建設的というよりは、むしろ不毛な対立の場に陥っているという感も否めない。

加えて、多くのネットメディアがマネタイズで苦戦しているせいか、ページビューやソーシャルでの拡散を目的に、インパクトの強い極論、派手な見出しや過激ゴシップ、また、広告であることをあえて明記しないネイティブアドで、経営を成り立たせざるを得なく、読者は無料の情報提供を受ける代償として、マネタイズのために「歪められた」情報を消費させられているとも言える。

■ 民主主義をささえるメディアの新潮流

勿論、アメリカメディアも様々な課題を抱えているが、同時にそれを補完するメディアが続々と生み出されているのは興味深い。ジャーナリズムで言えば、広告収入と読者減少で、新聞業界の業績不振が続いており、ジャーナリズムの神髄である調査報道を担う手間と資金の余裕がなくなっている。しかし、こうした状況は民主主義の危機との考えから、富裕層、財団、個人の寄付金などを財政基盤とする、ネットオンリーの非営利報道組織がこの10年程で急増している。なかでもニューヨークに拠点を置く2007年設立のプロパブリカは、クオリティの高い調査報道で、設立3年目の2010年と翌年2011年に二年連続でジャーナリズム界の最高栄誉であるピューリッツアー賞を受賞している。

プロパブリカが目指すのは、アクセス数やソーシャルメディアでの拡散ではなく、ましてや広告収入とも無縁だ。 公益の為のジャーナリズムをミッションとし、商業メディアでは難しい権力の不正を徹底的に追及する。自らの評価基準は、報道がいかに世の中を変えたか(状況の改善、法改正など)という社会へのインパクトと明快だ。今では世界の調査報道の頂点に立つ組織だが、全スタッフ数はわずか30数名だ。

■ 市民がデザインする、新しいメディア社会

ソーシャルメディアの影響がますます強まるなか、言論空間を豊かにし、メディア社会を成熟させるためには、発信と消費の両方に関わる、私たち一人一人のメディアリテラシーの確立が強く求められている。

市民のメディアに対する反応や評価、また、閲覧履歴をもとにしたアルゴリズムなどにより、どのような情報が提供されるかが決まってくるからだ。また、自らの好みにカスタマイズした情報ばかりを受けることで、むしろ、自分の世界を狭めてしまう、フィルターバブルにも注意が必要だ。

我々が考えるべきことは、そもそも私達は何の目的で、どんな情報を必要としているのかを再考することである。無料サービスの代わりに支払う代償は何か。また、社会的に価値あるメディアをいかに経済的に支えて行くか。加えて独立性を保ちながらも、パブリックな使命を持つメディアを支える個人や組織が、尊敬と支援を得るような成熟した文化作りも不可欠だ。

ネット社会は、まだまだ大きなイノベーションの可能性を秘めている。メディア批判は盛んだが、単なる批判を超えて、意志ある各個人の建設的な意見が反映されやすい環境は、見方を変えれば、市民がより主体的に新しいメデイア社会作りに参画できるチャンスでもある。

ネット民主主義の基盤作りのためには、まず読者一人一人の意識レベルの質の向上が求められる。そして社会的に重要なテーマがより広く読まれ、地道な調査報道に支えられた質の高い記事を生み出すメディアを、読者が支援する、成熟した文化風土が求められる。

ネット社会の未来は、メディアの特性を深く理解し、自分の意思で情報を選択し、そして社会を変えてゆくために積極的に情報発信することができる、「メディア・リテラシー」を身に付けた、市民の存在にかかっているのではないだろうか。