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放射線と健康リスクを超えて~復興とレジリエンスに向けて~ 第3回福島国際専門家会議参加報告記

2014年09月17日 01時59分 JST

2014年9月8-9日、福島市において日本財団が主催、笹川記念協力財団と福島県立医科大学が共催、長崎大学が協力して「放射線と健康リスクを超えて~復興とレジリエンスに向けて~」というテーマを掲げた「第3回福島国際専門家会議」が開催された。

9月8日の午前中には2011年に起きた原子力発電所事故の影響について、福島県立医科大学が主になって行われている県民健康調査の結果や他の国内の研究者からの報告が行われ、午後にはWHOや国連科学委員会、ICRPなどの国際的な機関からの報告が行われた。

この会議で討論された内容を踏まえて作成された提言書Recommendationsの冒頭には、「福島県立医科大学および他の日本人専門家、世界保健機関(WHO)、原子力放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告はすべて、原発事故による被ばくレベルは放射線による影響が見られない程に低く、また将来的にもその可能性は低いだろうということをデータが示しているという点で一致した」とまとめられている。しかしこれで安心できる状況が確定した訳ではなく、今後も計測と評価を継続していく必要性があることも確認された。

筆者は基本的にこの意見に同意している。そして強調したいのは、この成果が福島県内外のさまざまな立場の人々の尽力によって成し遂げられたという事実である。特筆されるべきは、食品の流通過程における被ばく量の低減に成功し、内部被ばくの水準が抑えられたことであろう。住民たちは苦しい避難生活に耐え、恐ろしい事件に巻き込まれ翻弄されながらも、自らの住居や食品などの線量を計測し、被ばく量を低減するための努力を重ねた。それを支えるために、まだ安全性が確認されない状況で現地に入ってそれらの活動を支えた研究者たちも複数存在した。もちろん、官の立場のあったさまざまな個人も、それぞれの状況で献身的な独力を続けたことを顕彰されるべきである。チェルノブイリ原子力発電所事故後には発生したとされる、放射線被ばくの影響を過度に悲観しての人工妊娠中絶率の上昇が今回の福島の事故後に認められなかったのは、喜ばしい知らせである。それと同時に、肥満・脂質異常症・糖代謝異常・高血圧および腎機能障害の増加が示されたことからは、現在でも住民の生活が安定せず、生活習慣の変化などの心理社会的なストレスの影響が持続していると考えられる。

会議初日の結びで行われたパネルディスカッションで、筆者は一つの質問を行った。「2011年の事故で飛散した放射性物質の影響が懸念される水準でないことは理解できたが、現在行われている福島第一原子力発電所の廃炉に向けての作業が、安全に行われるか否かという不安については、どのように考えるべきであるのか」という内容だった。これについては、2011年のような事故が再現される可能性が低いことについての技術的な回答が行われた。しかし、「厳しい労働環境にある原発作業員の、質・量をどのように長期にわたって確保するのか」という疑問に対しては、科学的な立場にある研究者から回答を行うのは難しいのではないか、という印象を持った。

会議2日目の午前中の前半では「心理社会的な問題について~福島及び海外からの証言」として3つの報告が行われた。そこでは、伊達市の主婦の大槻さん、会津で保健師として活躍された草野さんと並んで、南相馬市で活動する精神科医として筆者も発表を行った。なお、この会議の様子はUSTREAMで配信された。

http://www.ustream.tv/recorded/52461515

筆者は発表の中で、原子力発電所事故後の介入が、心理学的な観点からは問題があることを指摘した。特に賠償金の運用の不適切さの問題が大きい。近隣の市町村や同一地域内での些細な条件の違いによって支払われる賠償金の額に大きな差が生じてしまっていることが、地域の分断と不和をもたらし、それぞれの住民が抱く孤立感(「本音を言えなくなった」)を高めていることが、地域住民の団結した上での問題解決能力、および心身の負担への抵抗力を弱めていることを説明した。それと関連して、いわゆる「自主避難者」に対して行われる賠償や支援が乏しいことに言及し、このような状況下では「放射線の低線量被ばくによる直接的な健康被害の可能性は低い」という発言が、「原子力発電所を容認すること。とにかく地域に帰還すること」という政治的な目的のために行われていると理解されやすく、科学的なメッセージと受け止められにくくなることを説明した。

東日本大震災後に南相馬市の住民が経験している心理社会的な葛藤や負担として、筆者がこの発表の中で指摘した内容について以下に列挙する。

・地震および津波の恐怖に由来するトラウマ反応。特に、津波を直接経験した人の中には、深刻な再体験症状などを有する人が多く、未治療のまま放置されていることも少なくないと予想される

・家族や知人、財産などの重要な対象を失ったことによる喪失体験の影響

・放射線災害と関連して、自宅に戻れるか戻れないのか判然としない状況で長期間を過ごさねばならない、「あいまいな喪失」という心理状況

・震災直後、放射線の影響を懸念して援助の人員や物資が極端に少なかった時期の苦悩の記憶(食品とガソリンが特に不足した)

・放射線の影響について、家族の中や地域の中で意見が分かれ、それによって分断がもたらされたこと。避難生活を継続している人は故郷に対して「申し訳ない」という感情を抱きやすく、地元に留まった人は避難をしている人を責めたいような感情を抱いてしまう可能性もあること

・世代による価値観の違いが明確になってしまったこと。高齢者は地元に留まることや帰還することへの希望が強いが、小さい子どもを持つ親(特に母親)は避難生活を望む傾向が強いこと

・勤労者世代の一部では、本人も被災者でありながら、過労に陥る状況が継続していること。これは避難によって働き手が減少したことに加え、震災後に新たに発生した業務の膨大さが関連している

・仮設住宅など、悪化した住環境での避難生活が継続していることの影響

・外部の放射線の影響について敏感な立場の人々からの、地元で生活している人々の感情や活動の意義を激しく貶めるような言動がなされることへの不満。また、突然にメディアなどに注目されることに由来する負担

・人口の高齢化の進展(これについては、次のような報告を筆者はすでに行った「南相馬市の高齢化問題について」http://www.huffingtonpost.jp/arinobu-hori/minamisouma_b_5245673.html

・市内が警戒区域に指定された原発から20km圏内、緊急時避難準備区域とされた20~30km圏、30km圏以遠に三分割され、特に賠償金の運用の違いなどから地域間での葛藤が生じてしまったこと。また、同一地域内でも賠償金等の運用が異なり、地域内でも一体感が大幅に損なわれていること

・福島第一原子力発電所で行われている現在と将来の作業の安全性についての不安

本来ならば、地震・津波の直接的な恐怖とそれに伴って生じた喪失に対する心理的な反応だけであっても、それをこころが受け止めるのに何年もかかるような内容である。それにも関わらず、原子力発電所事故の影響によってさまざまな葛藤や分断に曝され、生活の再建が遅れるという実際的かつ心理的な負担がさらに加わる状況が、ほぼ全ての地域住民の上に続いている。

震災関連死が、福島県で突出して多いこと(平成26年3月31日現在で1704人、その中で南相馬市が452人と最大である)について報告したところ、海外の研究者の中には、この事実を知らなかった方もおられたようで、その死亡原因等についての質問があった。

地域生活において、農業や漁業などの産業が壊滅的な影響を受け、自らの生産手段が失われたことによる自信や誇りの傷つきは極めて大きい。そのような人々が精神医学的に扱うべきうつ病やアルコール依存症を発症させる前に、将来に向けて希望を持てる職業生活の再建を目指した支援が必要である。単純に賠償金が支払われるだけでは十分ではない。それだけでは逆に地域のモラルの低下や、依存性や他罰性を助長してしまう可能性すらある。地域住民の自発的な意思決定を尊重した上での、産業・教育・医療などの地域生活全般の再建が求められている。

筆者はトラウマについての古典的な研究者であるハーマンから、被災者の「誇り・自己の有能感の回復」「新しいつながりの形成」が回復の基盤となるという発言を引用し、住民参加型で実践しているNPO法人みんなのとなり組の、ささやかな健康づくりのための活動も報告した。

2日目の午後には、「将来に向けて」というパネルディスカッションが行われ、国内外の研究者に混じって筆者も参加させていただいた。「コミュニケーション」が話題となる場面が多かった。専門家が、放射線についての専門知識や現状での危険性の低いことの説明を行っても、地域住民に届きにくいことについて話し合われた。専門家たちが、対象となる地域住民の生活全般の回復に関心を示し、信頼関係を構築していくことの重要性が話し合われた。

しかし、そのパネルディスカッションの席上で、私は多少のフラストレーションを感じていた。「地域住民が今回の原子力発電所事故について、どれほど強い怒りや恨みの感情を秘めているのか、この場にいる人たちの多くには自覚が足りないのではないか」と考えた。地域で放射線についての対話を積極的に行っている研究者の具体的な名前を挙げながら、地域の人々がどれほど厳しく目の前の研究者を試すのかということについて、説明を行った。それを乗り越えて信頼関係を構築した共感的な少数の研究者のみが有効な双方向的なコミュニケーションを成し遂げている。しかし、それも十分ではなく、そのような人々が不当と思える非難にさらされることがある。

基本的な信頼関係が回復されていない。放射線について教育する具体的な内容の検討に入る前に、住民の抱いている怒り・悔しさ・恥などの感情を理解することが必要である。そもそもの信頼関係を回復するまでの段階に至っていない住民も、少なくないのである。その段階を省いて、「コミュニケーション」が達成されると考えているのならば、それは厳しい拒絶に出会う可能性が高いであろう。

そのことと関連して福島県立医科大学精神科の矢部教授・前田教授が重要な指摘をされた。住民の怒りを直接受け止める機会の多い公務員に、精神的な不調が疑われる人が増加しているのである。筆者は、現場で直接被災者にかかわっている人々の負担が大きいことを説明し、具体的な処遇の改善と人員の増強が必要であることを訴えた。

翌9月10日に政府への提言書を作成する会合が開かれたが、筆者はそこへの出席と発言も許された。その提言書の内容の日本語への翻訳文は以下から調べることができる。(http://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2014/64.html

提言

1.放射線防護基準は、地域の状況や個人・コミュニティのあらゆる生活局面に応じて柔軟に設定されなければならない。居住地域の被ばく管理は、空間線量や理論的に計算された線量ではなく、実際の個人線量に基づいてなされるべきである。個人線量は、空間線量が同じで、同様の防護行動を取っている地域でも、人々の生活習慣によって大きく異なる。

2.被災した人々それぞれが個々の放射線状況を理解し、自分たちの放射線状況をコントロールすることができるよう、情報伝達のインフラを整備しなければならない。

3.避難を余儀なくされた人々が、十分な情報に基づいて決定を下して避難状況を終えることができるよう、個人の意志決定を支援する仕組みが必要である。現在、多くの個人は、避難を余儀なくされたが次の移転先を決めることができないという不安定な状況にとどまっている。自宅に戻ったり、移住したり、家族が一つになることを選択する人たちもいるだろう。地元の雇用再生、現在および将来の安全の確保、(教育を含む)適切なインフラの提供、補償の進め方などの諸問題およびその他の問題を、検証、再評価する必要がある。帰還以外の選択肢を取る者の権利も支持されなければならない。

4.地域の様々なレベルで、レジリエンス、復興、再活性化に関わる成功事例や活動事例の奨励、認定、支援、公表、共有、実施を進めるべきである。地域の人々や自治体は、自分たちの特定のニーズにもっともふさわしい解決方法を提供してくれるのは何かについての深い知見を持っており、その点でユニークな立場にある。すでに多くの個人や自治体が、革新的で成功をもたらした解決策を開発している。

5.保健医療・地域福祉のサービス従事者の数を大幅に増やして、福島第一原発事故で被災した人々の心理的・社会的福利の向上とレジリエンスの強化を図ろうという努力が現在進められているが、これを支援することはきわめて重要である。個人とコミュニティの心理的・社会的な安寧の確保は、レジリエンスの核心である。震災後3年が経過し、現在のサービス?