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一人で生きていくためには、ピラミッドを作ればいい【これでいいの20代?】

2017年08月09日 14時29分 JST | 更新 2017年08月09日 14時29分 JST

私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話、この連載小説で紹介する話はすべて実話に基づいている。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女の子の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

5年前に就職のために遠く離れた東京に引っ越した。

東京には知り合いが一人もいなかった。

住む家もなかったし、友だちもいなかった。

手元に20万円だけお金はあった。

ちょっとわけがあって同級生たちと同じときに就活ができなかったので、秋に東京に来た時にはもう卒業から数ヶ月が経ってた。

東京に着いた最初の日の夜、一泊3000円の南千住のビジネスホテルに泊まった。

そのビジネスホテルの部屋の窓から街を眺めた。初めて見る東京の夜景。

捕食者から逃げている小動物のように胸がドキドキして少し吐き気がした。

その瞬間、ここで生き残るために何をやらなければいけないか、分かった。

私の頭の中に「ピラミッド」の形が浮かんできた。人間の生きるための欲求・要求を表すピラミッド。

ピラミッドの一番下の最も広い部分は食べること。食欲。次の階層は住む場所。寝たり自分のものを置く場所、つまり「空間」を確保する欲求。その次の階層は仕事をして、お金を稼ぐ欲求。食べ物と家と生計を立てる方法が見つかれば、人間は他の人の温かさが感じたくなる。だから第四階層は人間関係を築く欲求。ピラミッドの一番上は自己実現的な欲求を表す階層。

(ずっと後になってからアメリカの心理学者アブラハム・マズローが40年代に同じような欲求段階説を唱えていたを知ってびっくりした。当時はテンパっててそれどころじゃなかった)

そのピラミッドはこれから私が起こすべきアクションを示すロードマップだった。

まずは食欲を満たして、そして家を探す。食欲はコンビニがどこにもあるから簡単に満たせられる欲求だけど、身体を休めるところを探すのは手間がかかった。

ひとりで知り合いもいない大都会に出てきた私は、銀行口座も持ってない。当然保証人もいない。普通のマンションやアパートには住めないことは最初からわかっていたので、ネットでシェアハウスを探した。

2番目に見た笹塚のシェアハウスが気に入った。女性専用で、家賃月56000円。支払いは現金払いでOK。憧れの下北沢までチャリで15分。部屋の広さは3畳。シェアメイトは4人。

次は仕事探し。

笹塚から新宿まで歩いて東京都庁にのぼって、南展望台からの景色をじっと眺めた。(東京都庁は入庁料をとらないから好き) 地平線までずっとビルが続いていた。何万棟も、何十万棟も。そのなかの一棟に空いてる席が私を待っているはず。

tokyo

消去法で考えてみた。私を待っている席のある建物を探すために、いらない建物を外していかなければならない。

第一の希望として大学で多数の言語を勉強し、様々な国の人と仕事をしたかったので外資系企業が良かった。次に業種。書くことが好きだったので文章力を必要なスキルとする広報・メディア業界で探すことにした。(時間がない時はあれこれ考えず、自分でこれだと思う選択肢を恣意的に絞るのが重要だと思う。これは真理だ)。

可能性のある「建物」をピンポイントで絞って、下北沢のマックの2階の窓際席に陣取ってメールをたくさん書いた。(シェアハウスにWi-Fiは入ってなかったから。私もスマホ持ってなかった。フリーWi-Fiのあるマックやスタバは私たちのような若者にはとてもありがたい)。

メディア業界を目指していたので、リンクトイン、コンファレンスの資料、色々なところで関係者を探して、直接連絡した。

返事をくれた人とランチミーティングして、他の人たちを紹介してもらって、またマックに戻って同じ作業を繰り返した。そうやってネットワークを少しずつ広げた。大体「あなたのようになりたい。あなたの仕事についてもっと知りたい」と素直にお願いしてくれれば、人はたいてい会ってくれるね。

大学を出たばかりで何のスキルもない、しかもいきなり連絡してきた私のような若者にみんなは本当に親切だった。私のことを信じる理由は何もないのに、みんなが私を手伝ってくれた。今思い出してもとてもうれしかった。心から感謝しています。

4社ぐらいで面接を受けて、一社、外資系の大手PR会社の東京支社からオファーが来た。仕事探し、終了。ピラミッド工事がその分、進んだ。

会社に入って、急に冷たい氷水の谷に落ちた気がした。朝の満員電車、会社の人たちの会話、コピー機の音、定期券、締め切り、飲み会、笑い声。カオスだった。

東京オフィスの人手が足りなかったため、最初から偉いお客さんの仕事を任された。しかし、最近まで「就職できないと餓死するんじゃないか」と毎日心配していた私にとって彼らの「こういうサービスを売りたい」「こういうキャンペーンをやりたい」という話を聞くのは辛かった。

この日本という国は水がいっぱいたまっている広い谷にたくさんのピラミッドが建っている、っていう感じだと考えればいいと思う。社会が人の基本的欲求を殆ど満たしてくれているので、人は自分のピラミッドがほぼ出来たまま生まれてきて、水上に見えているピラミッドの先端だけを意識して育てられていく。

彼ら・彼女らと違って、私は「自分の基本的要求さえも満たせないのではないか」という不安を常に抱えている時期があった。クマから死に物狂いで逃げているような怖さを常に抱えていた時期があった。

あの就活時代、そして就職したての頃の経験を、私は一生忘れない。ピラミッドのない状態を経験したことがあるからこそ、私は自分の夢に向けてリスクをとることができる。失敗をしてもいい。私はゼロに戻ることが怖くない。