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患者とも、スタッフともフラットな関係を保つ医師の信念

2017年04月19日 17時24分 JST | 更新 2017年04月19日 17時24分 JST

「ハッピードミノ」を倒すお手伝いをする

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在宅医療に移行した患者さんの生き生きとした様子を入院先の病院にレポートするプロジェクトや、重度の障がいがあっても夏は避暑地に旅行できるプロジェクトなど、5年間でいくつものプロジェクトが立ち上がっているクリニックがあります。福井市の紅谷浩之先生が立ち上げたオレンジホームケアクリニックです。柔軟な発想から次々とプロジェクトが始動する環境づくりの秘訣はどのようなことなのでしょうか?そして、そのような環境をつくり出せている紅谷先生の信念とは―?

事務職でも治療方針決定に関わるクリニック

―さまざまなプロジェクトを立ち上げている紅谷先生。スタッフからも多くのアイデアが出ていることがクリニックの特徴の1つだと思いますが、どのようにしてそのような環境をつくれたのですか?

クリニックの院長だからといって医師が偉いわけではありません。確かに医師は医学分野における知識はあるかもしれませんが、医師以外の人でないとできない部分も全て揃っていないと、患者さんや地域の人たちをハッピーにはできません。ですから私たちのクリニックではオープン時から意識的に非医療者を採用したり、「医師が言ったことを聞く」というルール自体がなかったりします。

このような環境の中でプロジェクトは、誰が発案者かということは問題ではなく、「それいいね!」という声が集まると動き始めます。私も共感を得られないと何もできないんです。5年前から「ラジオ局を作ろう」と言っているのですが、今のところ誰も共感してくれないので、動いていません(笑)。

医療方針の決定に関しても同様です。例えば痛み止めの量を増やすかどうかを決める際、私や看護師は「確かに寝ている時間が多くなるかもしれないけど、やっぱり痛みは取れるから楽になるよね」と話していたら、事務スタッフの一人が「でも、せっかくお孫さんに会いたくて自宅に帰ったのに、薬で眠くてお孫さんに会えなかったらどう思われるでしょう?ちょっとくらい痛くても、起きていたいという気持ちもあるんじゃないんですか?」との意見を言ってくれ、ハッとさせられたこともあります。

このように何でもフラットに発言できる関係性ができていることが、さまざまなプロジェクトが立ち上がるポイントだと思っています。

―具体的には、スタッフの方から出たアイデアでプロジェクトとして動いているものは何でしょうか?

病院から在宅医療に移行した患者さんの様子を病院スタッフにも伝えたいというアイデアから、「オレンジらしい」という在宅療養移行報告として病院に紹介するプロジェクトが始まりました。スタッフが患者さんに取材して写真入りのA4一枚のレポートにまとめ、これまでに30件ほど報告してきました。

病院スタッフも自宅に帰った患者さんの様子は気になっているので、フィードバックによって生き生きと暮らしていることを知ることができ、とても喜んでくれます。また病院ではなかなか生活目線が持てませんが、このように報告していくことで病院スタッフが、病状だけに注目していると退院できないと思われる患者さんでも、「この人も帰れるんじゃないか」と退院の可能性を探ってくれるように変化してきていると思います。

実際に医師から「これ以上病院でできる治療はもう見当たらなくなってしまったので、奥さんと思い出の公園を散歩したいという気持ちをかなえていただけませんか?」と、紹介状をいただいたこともあります。私たちの在宅診療では「こんなこともできます」というのが伝わった結果だと思います。

反対に在宅医療で診ていた患者さんが入院になった際も、その方の自宅での生活の様子を病院スタッフに知ってもらい、患者さんにとってハッピーな生活環境を整える努力も始めました。その患者さんに関わったクリニックの看護師が何度か入院先の病院に行き、どんな思いを持ってその方がこれまで生活してきたかを伝えています。

例えば「いつか転ぶよ」と言われながらも一人で暮らしてきた80歳の女性が、転んで骨折し入院したことがありました。病院スタッフはどうしても病状に焦点を当てる必要があるので「一人暮らしだから、退院後は施設を探しましょう」となってしまいます。

しかし在宅医療で診ていた私たちは、彼女は寝たきりで動けなくなっても家で暮らしたいことを知っていて、それができると思っていました。ですから、どんな思いで一人暮らしをしてきたのか、庭の手入れなど彼女が自宅で大事にしていることがあるからこそ生き生きと暮らせること、私たちがサポートできることを伝えています。入院後も私たちが積極的に関わることで、患者さんがハッピーな選択をできるようにすることが重要だと考えています。

一人の障がい児がもたらした変化

―障がいのある子どもたちのために「オレンジキッズケアラボ」というデイサービスのような支援も始められたと伺いました。

これは在宅医療で担当していた一人の子どものために始めたのです。文部科学省の管轄である高校までは、重度の障がいがある子どもは複数人の先生を配置した支援学級に通うことができます。ところが高校を卒業した途端、制度が整っていないために行く場所がなくなってしまう場合があるのです。恥ずかしながら、私もその子どもに出会うまでは全く知りませんでした。

彼は寝たきりで胃瘻と痰吸引が必要でした。高校3年生になり間もなく卒業という時期に、彼のお母さんに何気なく「もうすぐ卒業ですね、おめでとうございます。来年からはどうされるんですか?」と聞いたら、「本当に行くところがなくて......。福井県中探したんですが、重症のこの子を入れてくれる施設は全部いっぱいで入れないと断られてしまいました。残っている選択肢は2つで、病院に入れて離れ離れか、家に二人で引きこもりのように暮らすしかないんです」との答えが返ってきたのです。その事実に驚き、すぐにスタッフと「うちのスタッフがサポートに入るので、受け入れてほしい」と断られた施設を回ったのですが、制度上の問題もあり、どこも受け入れてもらえませんでした。

このままではもどかしいので、まずは彼が週3回通える場所を作ろうと考え始めたのが「オレンジキッズケアラボ」です。

「ラボ」と名付けたのは、なぜそのような施設がないのか「研究」したいという意味を込めたかったから。そして彼の親御さんにも「実験台ではなく、一緒に研究する研究員として通って来てほしい」と伝えました。それから2カ月も経たないうちに、障がいのある子どもでいっぱいになってしまったんです。それだけニーズがあることを知りました。

しかもその子どもたちは全員、在宅診療で会っている子どもたちだったんです。月に何回も会っているのに、やはり病気のことに目が向いていて、全然生活のことに気付けていないことを痛感した出来事でもありました。

―他にも障がいのある子どもたちのために始めたことはありますか?

2015年から夏の3週間限定で「軽井沢キッズケアラボ」を始めました。軽井沢町に場所を借りて滞在施設として開放し、障がいのある子どもたちに旅行の滞在先として利用してもらう取り組みです。運営スタッフの多くはボランティア、運営資金はクラウドファンディングを利用して集めています。

印象的だったのは、人工呼吸器をつけている3歳の男の子が、親御さんなしで1週間滞在したこと。健常な3歳の子どもは、一人旅なんてできません。彼ができたのは普段からオレンジキッズケアラボに通い、親以外の大人に身を委ねる、大人を信じることが高校生レベルにできるからです。できないところを探すと、呼吸も歩くこともしゃべることもできませんが、彼はそんな"強み"を持っているのです。そして、このことが長野県に住む障がいがあるお子さんがいる親御さんに衝撃を与えて、2016年、長野県に施設が立ち上がるきっかけになりました。

医療者の役割は患者をハッピーにすることではない

―3歳の男の子が親御さんなしで1週間旅行とは、すごい"強み"を持っているからこそですよね。

医師の仕事の1つは、悪いところや弱いところを探すことだと思います。しかし、これからの医療者は"弱い"ところではなく、患者さんの"強い"ところや"良い"ところを探す視点が必要だと思っています。

弱いところ探しをすると、オレンジキッズケアラボ設立のきっかけになった子どもは、寝返りも打てないしご飯も自分で食べられないし、痰も自分で処理できない。"できない"ことがたくさんあります。軽井沢に一人で1週間滞在した子どもは、呼吸もできない、歩くのもしゃべるのもできない子ども。

しかし彼らがいたからこそ、オレンジキッズケアラボも長野県の施設が開設され、他の障がいのある子どもたちも通える場所ができました。そして、子どもたちのお母さんは働きに出られるようになりました。先ほどお話した80歳の女性もこれまで1人暮らしをしてきたことが自信であり"強み"であり、それを病院スタッフに伝えていったことで、今度は別の方が自宅に帰れるかもしれない―。

それぞれの強みが他の人のハッピーにつながっていくことを、私たちは「ハッピードミノ」と呼んでいますが、このハッピードミノは地域に住んでいる誰もが倒せます。その社会の中で病気のある人や障がいのある人をサポートするのが、医療者の役割だと考えています。

以前は、「どうやったら在宅医療で関わる人たちをハッピーにできるのか」「ハッピーにするためにケアしてあげなきゃ」と考えていました。しかし、私たちの役割は「ケアしてあげる」のではなく、苦手なことは手伝けれどできることはどんどんやってもらい、フラットな関係性の中で関わらせてもらうこと。これは5年間を通して学ばせてもらい、医師としての私のスタンスとなっています。

―最後に今後の展望を聞かせていただけますか?

私の根底には、地域に暮らす人たちをハッピーにしたいという思いがあります。そのための1つは、在宅診療を地域で根付かせることで、最期の時まで家で過ごせる基盤を作ること。決して私たちが管理するのではなく、支えるだけで生き生きと暮らしてもらうということを、今までやってきましたし、これからも続けていきたいです。さらに、どんな病気でも家に帰れる環境を作っていきたいと思っています。死なないことは無理ですが、医療という側面からハッピーに最期の時を迎えられるように、しっかり模索しながら行動していきたいと思っています。

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■■■医師プロフィール■■■

紅谷 浩之

オレンジホームケアクリニック院長

2001年、出身地・福井市で「町医者」になるべく福井医科大学(現・福井大学)医学部を卒業。同大学附属病院に新設された救急総合診療部にてER型救急のトレーニング、福井県名田庄村(現・おおい町)や高浜町の診療所を経て福井市に戻る。市内には医療資源が豊富にもかかわらず在宅医療だけスポットが当たっていないことに違和感を覚え、勤務医として在宅診療クリニックの立ち上げに携わり、2011年にオレンジホームケアクリニックを開設した。

2012年に医療ケアが必要な子どもとその家族をサポートするチーム「オレンジキッズケアラボ」、2013年には福井駅前に「みんなの保健室」、2015年には軽井沢に期間限定の滞在スペース「軽井沢オレンジキッズケアラボ」、2016年には外来診療を立ち上げるなど、数多くのプロジェクトを実践している。