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米艦「南シナ海作戦」で中国が「抑制的」な理由

2015年11月01日 01時39分 JST | 更新 2016年10月29日 18時12分 JST

 10月27日に米海軍のイージス艦が南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島近海で、中国が建設した人工島の「領海」内を航行した問題について、中国政府は現在までのところ、かなり抑制された反応を見せている。現在、北京で指導者が一堂に会して経済政策を議論する党中央委員会第5回全体会議(五中全会)が開催中ということもあり、報道のトップはすべて五中全会のニュースで、同日夜も南シナ海に関するニュースは、3番手、4番手という扱いだった。

 こうした主権にかかわる外国との対立では必要以上に強気の反応を示すのが中国だが、今回は相手が米国ということもあり、「米国に慎重な行動を求める」という部分が強調されているニュアンスがはっきりと伝わってくる。

 28日の朝刊でも、民族主義的な論調で知られる『人民日報』傘下の『環球時報』ですら、社説で「中国人はまず気を落ち着け、冷静と寛容を十分に頼り、怒りに走らず、理性的に米艦の嫌がらせを受け止めなければならない」と我慢を呼びかけ、いささか肩すかしを食わされる感じだった。これは、そうした「主旋律」に当面は徹するようメディアに指示する宣伝部門の方針があるからだ。

 米海軍イージス艦に対し、中国海軍はミサイル駆逐艦「蘭州」とフリゲート艦「台州」の2隻の軍艦を派遣し、追跡、警告を行ったという。中国政府は27日に外交部と国防部がそれぞれ談話で米国を批判したほか、駐北京の米国大使を外交部に呼び、「厳正な話し合いの要望と強烈な抗議」を伝えた。ただ、その言葉はどれもソフトかつあいまいで、総じて言えば、まだこの段階では戦闘モードには入らず、出方をうかがいながら、強制的に排除をするといった明確な態度表明は留保している段階にあるように見える。

 それは、米側の行動が中国の予想を超えて早かったこともあるだろうし、それなりに想定内の事態だった部分もあるだろう。そして同時に、この問題では、中国がいかなる論理をもって米国に対抗するのか十分に定まっていないため、いまひとつ、正面から反撃、反論しにくい事情もあるのではないかというのが私の感じたところである。

領有権主張にはチャレンジせず

 今回、米国は領海を12カイリと定めた国連海洋法条約の立場から、中国が支配する島嶼の「領海内」への艦船を派遣した。これは、海洋における自由航行を妨げる動きは認めない米国の意思表明だとされている。

 噛み砕いて言えば、今回、イージス艦が近づいたとされる「渚碧(スビ)礁」や「美済(ミスチーフ)礁」は、もともと満潮時には水面下に沈んでしまう「暗礁」であり、そこにいくら人工物を造って広げてみても、領海を設定できないと国連海洋法条約では定められている。中国がいくら人工島化しようとも、領海は設定できないので、その周辺は領海ではなく、米艦の自由な航行に中国が文句をつける根拠はないという立場を示しているのである。

 これがもしも仮に満潮時にも水没しない「島」であれば話は別になる。領海12カイリ内には「無害通航権(主権国の安全や法規を脅かさない限り、無事に航行できる権利と一般に理解されている)」はあるが、世界的には主権国に事前の通知を行うべきだという解釈が多い。領海内に突然他国の軍艦が現れれば、ペリー来航ではないが、パニックを起こして不測の事態を起こす種になるからだ。

 南沙諸島で中国が実効支配する島々には、永暑(ファイアリー・クロス)礁のように島として認められるものもある。その12カイリ内には今回、米艦は入っていない。だとすれば、米国は中国による島々の領有権の主張にまではチャレンジせずに中立を維持し、あくまでも人工島の建設による「領海」化には与さないとの限定的立場を示していることになる。

まだ我慢比べ?

 国連海洋法条約を批准している中国も、人工島には領海を設定できないことは法理的には十分に理解しているだろう。一方で、南シナ海の全島嶼は中国の領土であるという伝統的な主張を習近平国家主席は先の米中首脳会談で語ったばかりで、その整合性については十分に理論構築されているわけではない。だからなおさら、中国は今の時点では抑制的な対応を取っているとも考えられる。

 しかし、今回の措置を単なる自由航行の確保のためと受けとめる中国人はいない。冷静な対応を呼びかけつつも「南シナ海での海上の主導権をめぐる米中の対決の始まり」(中国紙)と見るような分析が広く行われている。米国にとっても、中国の南シナ海での攻勢に歯止めをかける示威行為であることは間違いない。

 まだまだ我慢比べのスタートの段階かもしれないが、米国との「不測の事態」のリスクを多少なりとも感じ取っている中国社会では深いざわめきが広がっている。

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野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2015年10月30日フォーサイトより転載)