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ブッシュ氏にのしかかる兄の「負の遺産」

2015年05月20日 23時11分 JST | 更新 2016年05月18日 18時12分 JST

2016年大統領選挙の共和党候補指名獲得争いには、現時点で6名が出馬を正式に表明している。今後、さらに複数の有力政治家の出馬表明が行われると見られているが、最も注目されている1人は、父、兄に続いて一族から3人目の大統領を目指すジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事である。だが、最近、正式の出馬表明を控え、ブッシュ氏のある一連の発言が非常に注目される事態が生じた。それはイラク政策を巡る発言であり、兄のジョージ・W.ブッシュ大統領が決断、遂行したイラク戦争について、ブッシュ氏は自らの見解を説明するうえで二転三転してぶれる事態を露呈したのである。

ブッシュ政権は、サダム・フセイン大統領が大量破壊兵器(WMD)を保有しているとして、2003年3月に対イラク武力行使に踏み切った。だが、開戦の大義名分であったWMDは、フセイン体制打倒後にイラク国内ではその存在が確認されず、WMDに関する情報自体が誤りであったことが判明したのであった。イラク戦争ではイラク国民に多数の犠牲者が出るとともに、米国側にも多くの米兵の死傷者の発生と戦費負担による巨額の財政赤字の増大をもたらした。その結果、2008年大統領選挙で、民主党候補であったオバマ氏はイラク撤退を主要争点に位置付けて大統領の座を獲得したのである。つまり、オバマ大統領の誕生は、イラク戦争に対する米有権者の反発がもたらしたということもできる。

結局、米国社会に厭戦ムードを生み出したイラク戦争に終止符が打たれたのは、イラク駐留米軍が完全撤退した2011年12月であった。だが、米軍の完全撤退後にイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」がイラク、シリアで勢力を拡大し、現在、米軍はイラク国内で「イスラム国」に対する空爆を継続している状況にある。

相次いだ批判発言

ブッシュ氏のイラク戦争を巡る発言が二転三転した経緯は次のようなものであった。

まず、5月11日に放映された保守系テレビ局『FOXニュース』のインタビューの中で、「イラク国内にはWMDが存在していないとの正確な情報があった場合でも、対イラク武力行使を行っていたか」との質問に対してブッシュ氏は、「対イラク武力行使を行っていたであろう」と発言した。これに対し、指名獲得を目指す他候補から相次いで異論が飛び出した。たとえばイラク戦争を開戦前から批判し、米国の対外的関与には懐疑的立場を明確にしてきた「リバタリアン」のランド・ポール上院議員(ケンタッキー州選出)は、「イラク戦争は間違った戦争であり、当時の情報に基づいても、個人的には間違った戦争との認識であった」と反応。また、米国の対外的関与を積極的に支持しているマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)も、「(情報が間違っていることを当時知っていたならば)対イラク武力行使を個人的には支持していなかっただけではなく、ブッシュ大統領自身も諜報活動が誤りであったことを後悔していると発言している」と述べている。さらに、指名獲得争いへの出馬を現在検討中のクリス・クリスティ・ニュージャージー州知事も、「現在分かっていることが当時分かっていれば、対イラク武力行使を行わなかったであろう」と、ブッシュ氏とは対極的な見解を示したのである。

ぶれ続けたブッシュ氏

これらの発言を受け、翌12日にブッシュ氏は、質問を取り違えていたと釈明したが、前日の発言を修正することはしなかった。

さらにブッシュ氏は13日になると、「仮定の質問について検討することは、イラク戦争で犠牲になった遺族に対して迷惑な話である」と発言。ところが、14日になってようやく、滞在先のアリゾナ州で3日前の発言を修正する形で、「現在明らかになっていることを知っていたならば、誤った情報に基づいて対イラク武力行使は行わなかったであろう」と釈明したのである。

こうした4日間ぶれ続けたブッシュ氏と他の候補者らの発言を考えると、米国の有権者の間でブッシュ前大統領の対イラク武力行使にいかに批判的な評価が行われているかを改めて理解することができる。

その意味で、今回のケースは、現在の米国内の対「イスラム国」政策を巡り、イラク戦争の判断が2016年大統領選挙にも影を落とし、外交・安全保障分野の主要争点の1つとして改めて議論される可能性があることを浮き彫りにしたと筆者は考えている。ブッシュ氏にとり、イラク戦争は外交・安全保障分野における「アキレス腱」であることが明らかになったわけだ。

有権者は「クリントン政権」を評価

一方、現在、民主党支持者の6割以上が民主党候補指名争いでヒラリー・クリントン前国務長官を支持しており、クリントン氏の指名獲得は確実視されている。だが、イラク戦争を巡る議論がクリントン氏にとり必ずしも有利に作用するとは限らない。

共和党としては、第1期オバマ政権で国務長官の要職にあり、オバマ外交を政権中枢から展開していたクリントン氏の外交政策を批判することが、政権奪取に向けて重要な選挙キャンペーン戦略となる。その点、上院議員時代の2002年10月に票決が行われた対イラク武力行使容認決議案について、クリントン氏は賛成票を投じており、それが2008年の民主党大統領候補指名獲得争いでオバマ氏に敗れた最大の要因であった。しかも共和党は、米軍のイラク完全撤退後の「イスラム国」の台頭に象徴される中東情勢の不安定化はオバマ外交の「失政」と批判しており、第1期オバマ政権で国務長官を務めたクリントン氏の責任が問われる可能性が高い。

 だが、イラク完全撤退から約3年半が経過しようとしている中、最近の各種世論調査では、米国の有権者の6割以上はイラク戦争について「戦う必要がなかった戦争」と回答しており、ブッシュ前大統領のイラク政策については歴史的評価が形成されている。

さらにブッシュ氏にとって不安視されるのは、クリントン政権とブッシュ前政権に関する各種世論調査で、クリントン政権については「経済繁栄」、「雇用創出」、「財政赤字の削減」をもたらした業績への評価が多くの有権者の間で共有されている点である。他方、ブッシュ前政権については、有権者の多くが「イラク戦争」や「対テロ戦争」を通じて同政権を記憶しており、有権者がいずれの政権をより高く評価しているかといえば、クリントン政権の方である。

その意味でも、ブッシュ氏は父や兄の大統領としての判断をそれぞれ擁護、評価するだけではなく、誤った政策については一定の距離を置く必要がある。そうした観点からも、兄の「負の遺産」であるイラク戦争は、ブッシュ氏の大統領選挙キャンペーンに重くのしかかるリスクがある。

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足立正彦

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。

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(2015年5月19日フォーサイトより転載)