暴露本『炎と怒り』著者はどうやってホワイトハウスに食い込んだか--青木冨喜子

日本でもしっかり報道されたらしい。

目が覚めたら零下15度という100年ぶりの超大寒波に襲われたニューヨークの新年がマイケル・ウォルフの新刊『炎と怒り』(原題『Fire and Fury』)の評判で持ちきりになったことは、日本でもしっかり報道されたらしい。

「トランプ政権の内幕」

発売日の1週間前、雑誌に抜粋が掲載されただけで、これだけ巨大な反応を呼び起こした本など、前代未聞である。「トランプ政権の内幕」と副題のついた「暴露本」であることは間違いないが、ホワイトハウスに頻繁に出入りした著者が、大統領や側近に18カ月かけて200人以上ものインタビューをしてまとめたというだけあって、ただの暴露本とは言えないのだろう。

どこまで裏付けの取れた事実に基づいているのか疑問ではあるものの、ホワイトハウスにかなり食い込んでいないと、とても掴めない詳細な逸話にあふれている。インタビューは録音したのかと問われて、著者はその多くをしていると語っている。マイケル・ウォルフという、大手メディアではほとんど知られていないジャーナリストが、どうやってホワイトハウスにそうも簡単に入り込めたのか、何よりわたしは気になった。

まして、ウォルフが大統領首席戦略官兼上級顧問だったスティーブ・バノンの部屋によく出入りしていた姿が確認されているというし、大統領には就任直後に15分ほどインタビューをしているという。彼はなぜ、ホワイトハウスへの出入りを許されたのだろうか。

「喜び」ではないメラニアの涙

『炎と怒り』の発売日は、もともと1月9日だった。抜粋が発表され突然大騒ぎになった3日の晩、わたしは早速、アマゾンにハードカバーを予約注文した。ドナルド・トランプとホワイトハウスはその日、出版の差し止めを請求したが、版元の「ヘンリー・ホルト・アンド・カンパニー」はそんなプレッシャーに屈せず、逆に発売日を5日に前倒した。

初版のハードカバー15万部は発売された途端、全米の書店で売り切れになり、アマゾンでも在庫切れ、どこへ行っても買えない状態になった。電子書籍やオーディオブックも含め、予約販売数を合計すると、8日までに100万部以上が売れたという。

わが家にハードカバーが届いたのは、9日夜のことだった。明細を見ると、7日には発送済みになっているのに、大雪による大混乱のため、配達が遅れたことがわかった。

やっと届いた本は336頁。巻末には索引もある堂々とした分厚いノンフィクションである。第1章「大統領選挙の日」から始まって、第22章「ケリー将軍」まで、つまり2016年11月8日から、ラインス・プリーバスの後任としてジョン・ケリーが大統領首席補佐官におさまり、スティーブ・バノンが辞任した2017年8月までの政権内輪話である。読み始めると確かに面白い。なるほどと唸りながら、どんどんページが進む。

初めに目に留まったのは、大統領選に勝利した2016年11月8日のトランプ陣営の反応だった。トランプ自身がまさか当選すると思っていなかったことは伝えられていたが、負けても6ポイント以下で抑えられれば実質的な勝利だと踏んでいたというのだ。当選しなくても、世界で1番有名な人物になれる。ところが、当日の夜8時すぎに、トランプが本当に勝つかもしれないという予想外の流れが出てくると、長男のドナルド・トランプ・ジュニアは自分の父がまるで幽霊でも見たかのような様子だったと友人に語ったという。

「1時間余りというわずかな間に、状況を面白がっていないこともないスティーブ・バノンの観察によると、『まごついたトランプ』は『何が起こったか信じられないトランプ』に変身し、さらに『恐怖に怯えるトランプ』に変貌した。しかしその後いきなり、『自分は合衆国の大統領にふさわしい、能力を完全に備えた人間なのだと信じるトランプ』に変わったのだ」

本書では、本文は引用を正確にカッコつきで記しているわけでなく、全体の流れを汲みやすいよう、平明に綴っている。これに続いて、妻のメラニアは夫の勝利を予測していたほんのひと握りの人たちの1人だったとある。勝利が決まると、そのメラニアが涙を流したというのは驚きだ。

著者は「その涙は喜びの涙ではない」と指摘し、

「夫が大統領になることにメラニアはぞっとして、夫から身を守るシェルターのような生活が脅かされることを恐れた」というのである。

夫人と寝室を共にしない大統領

ホワイトハウスに入った頃の描写も面白い。トランプは自分の寝室にある1台のテレビの他に、もう2台入れるよう命令。夕方6時半に当時はまだ政府の要職に就いていたスティーブ・バノンと夕食をとらない晩には寝室で1人、3台のテレビを見ながらマクドナルドのハンバーガーを食べるというのだ。トランプのマクドナルド好きは有名だが、その理由は、毒をもられる恐怖感が強くて、安全に調理されたマクドナルドなら大丈夫と信じ込んでいるという説には、膝を打つ思いだった。

また、「自分の寝室をもっている」ということは、ケネディ大統領以来、初めて夫人と寝室を共にしない大統領であることが暴露されたのである。

さらに大統領選挙中の2016年6月、トランプタワーでドナルド・ジュニアや娘婿のジャレッド・クシュナー現大統領上級顧問などが、ロシア政府と関係する弁護士に面会したことについて、「反逆的で非愛国的な行為」だったとバノンが鋭く批判をしたことも明記されている。

ジュニアらがヒラリー・クリントンに不利な情報をもつというロシア人弁護士に会ったとき、トランプ側には弁護士が1人もいなかったことも、バノンは指摘。「(これが)売国的・非愛国的で最悪だと思わなかったとしても、ちなみに自分はそう思ったわけだが、ただちに連邦捜査局(FBI)に連絡すべきだった」とバノンが言ったというのである。

トランプは長男と娘婿を「売国的」と批判したバノンの言葉に激怒し、「(昨年8月に)解任されたとき、(バノンは)仕事だけでなく、正気も失った」と非難。バノンはこの本によって、トランプ陣営から完全に決別させられたのである。

ホワイトハウス入りのパスポート

マイケル・ウォルフはスティーブ・バノンの部屋によく詰めていたというだけあって、この本にはバノンの言葉や、彼から聞いたと思われる発言や逸話が多い。著者はそれだけバノンに接近し、ときにはワシントン市内に借りたアパートに呼ばれるほど親しくしていた様子が読み取れる。バノンはウォルフのことを、トランプお墨付きのジャーナリストだと認識していたに違いない。

「巻末のノート」によると、2016年5月末、トランプへのインタビューを成功させたことが、この本のそもそもの始まりになったと著者は書いている。

ハリウッド映画やテレビなどの業界誌に、『ハリウッド・リポーター』という週刊誌がある。そこの編集者がニューヨークに住むウォルフに連絡してきて、そのときまだ大統領になるとは誰も思わなかった共和党候補のインタビューを依頼してきた。

早速、ニューヨークからハリウッドへ飛んでいくと、トランプはウォルフにビバリーヒルズの家に来るよう促し、その晩、ハーゲンダッツのアイスクリームを食べながら、取材に応じた。

トランプが表紙を飾った『ハリウッド・リポーター』2016年6月10日号の特集記事「ドナルド・トランプとの会話」を読むと、ウォルフが敢えて政治的な質問を避けたためか、驚くほど攻撃的でも怒ってもいないトランプが、自分の選挙キャンペーンと自分の生活について語っている。

トランプはこのインタビュー特集がよほど気に入ったと見えて、報道官が「素晴らしい記事だ」とウォルフに伝えてきた。

『ハリウッド・リポーター』(2018年1月4日号)によると、ウォルフは大統領選が終わるとトランプに連絡し、この記事の"続き"としてホワイトハウスの内側をジャーナリスティックにリポートしたいと提案した。トランプはウォルフが仕事を探していると勘違いしていたが、「いや、ホワイトハウスを観察して本を書きたいのです」 とウォルフが答えると、「承諾しないわけではない」という言質が取れた。これがホワイトハウス入りの"パスポート"になったというのだ。

お墨付きをもらったウォルフは向かいにある「ヘイ・アダムス」ホテルに毎週投宿しては、多くの上級スタッフに会うアポを取り、彼らの"システム"(登録名簿のようなもの)に名前を載せてもらった。毎日のように、ホワイトハウスの西ウイングにあるカウチに、ごろりと横になっていたというのである。

マードッグへの「絶大な信頼」

著者マイケル・ウォルフという名前を聞いてどうもピンとこなかったのは、最近、エンタテイメント系の雑誌に目を通さなくなったせいだろう。彼の経歴を見てみると、ニューヨークの情報誌『ニューヨーク・マガジン』で毎週コラムを書いていたほか、エンタテイメント系で最大部数を誇る月刊誌『ヴァニティ・フェア』では、コラムニスト(メディア担当)だったという。2008年には『21世紀フォックス』や『FOXニュース』、英国の『タイムズ』などを傘下におさめる「ニューズ・コーポレーション」のオーナーで、世界的なメディア王ルパート・マードックの伝記を発表している。

ウォルフがホワイトハウスへのパスポートを入手できた理由は、ハリウッドでトランプにインタビューできたという幸運もさることながら、彼が『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』のような大手硬派メディアの記者ではなく、政治的コラムを書くような気鋭のジャーナリストでもなかったからに違いない。

さらに、ルパート・マードックに長時間インタビューした本を書いていたことが、トランプの虚栄心をくすぐったことは間違いないと思えるのである。

ウォルフの本にあるように、夜になるとトランプは自分の寝室に引きこもり、マクドナルドを食べながら3台のテレビを見て、電話をかけまくる。毎晩のように話した相手はマードックであり、そのためにマードックはトランプに絶大な影響を与えているというのだ。「マードックはトランプの耳になっている」とまでウルフは書いている。

「マードックはアメリカの政治のことなど何もわかっていない」

オーストラリア生まれのマードックのことを、こうこき下ろしたのはバノンだが、1931年生まれのマードックはトランプによれば、ヘンリー・トルーマン以降の歴代大統領と面識があるというのだ。それだけ米国の政治史に造詣が深いと思っているのだろうか。ともあれ、トランプがマードックに寄せる信頼と親愛は、マードックが究極の勝者だと思っているからだと著者は観察している。

マードックについてもう少し記すと、マードックはトランプの娘婿クシュナーにとっても良き相談相手になっている。ジャレッド・クシュナーとイヴァンカの2人の仲を取り持ったのがマードックの3番目の妻で、中国生まれのウェンディ・デンだった。また、クシュナーの相談役としては元英国首相のトニー・ブレアも顔を揃えている。 1999年、70歳近かったマードックは30歳のウェンディと結婚し、2人の娘をもうけた。上の娘の名付け親がブレアだというのである。そのうえ、13年に及んだマードックとの結婚が破綻したとき、ブレアとウェンディの仲が噂されたというから、トランプを取り巻くアドバイザーの人脈構造は、小さなサークルのなかで複雑なものがあるようだ。

「現実」と「認識」の恐ろしい落差

そのマードックの本を書いたマイケル・ウォルフにお墨付きを与え、その結果、ホワイトハウス入りを許したのは、トランプはこの著者なら同じ価値観を共有できると思ったのであろうか。それとも、ホワイトハウス内でウォルフが取材すれば、米国史を記録するような本が生まれると思ったのか。あるいは大した考えもなく、あいつなら良いと思っただけだったのだろうか。

一方のウォルフは、先に触れた『ハリウッド・リポーター』2016年5月末のインタビューで、わざと政治的話題に触れず、トランプが気にいるような1本でうまく顔を売っておいてから、その続編を書こうと狙っていたのだろうか。

それにしても、ホワイトハウスの黄金の扉が開かれたのだから、物書きとしてこれほどのチャンスはないと思ったことだろう。スタッフが1人また2人と辞めていったことも幸いした。辞めた後なら気兼ねなくすっかり話してくれただろうから。

トランプ政権が内側から取材されて世に出ることになれば、まずいことになると、トランプが思わなかったとしたら、現実と彼の認識との落差が、恐ろしいほど大きいことを端的に語っているではないか。それは、トランプがどれほど子供であるか、この本で見事に暴露されていることからもわかる。認識と現実の落差への理解など、子供に要求しても所詮無理というものなのだろう。

一方、スティーブ・バノンはウォルフにすっかり心を許して、トランプの長男と娘婿を「売国的」とまで非難するほど本音を語っている。そのバノンも、ホワイトハウス内の混乱と背信が描かれることになるとは思わなかったのだろうか。バノンに心を許させたウォルフの方が一枚上手のように見えてくる。

大統領首席戦略補佐官を辞任したバノンは、右派ニュースサイト『ブライトバート・ニュース』に戻っていたが、1月9日に同社の主要な出資者であるレベッカ・マーサーが、バノンとの関係を断つ決定を下し、バノンは辞任に追い込まれた。彼を支えてきた金づるから見放されたのである。

さらに、この暴露本が契機になったのかどうか、16日には、ロシア疑惑を捜査しているロバート・モラー特別捜査官から、バノンが大陪審で証言するよう召喚されたと報じられた。

『炎と怒り』という題名は、トランプが北朝鮮に対して、これ以上の脅しをすれば、「世界が見たこともないような"炎と怒り"に遭うだろう」と言い放った言葉からつけられた。しかしこの本が逆に、トランプ自身に『炎と怒り』を呼び起こしたことは間違いない。著者がそこまで計算済みであったとしたら、やはりこれは歴史に残る暴露本である。

それにしても、信じられないほど知識も情報も経験もない大統領と政権スタッフが、世界を揺るがすような重大な決定を下している恐ろしさを突きつけられ、改めて背筋の寒くなる思いになる。

青木冨貴子 あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。

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(2018年1月19日
より転載)

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